1-12 メルトプリズン6
意を決して貨物用ダクトに飛び込んだ出雲であったが、飛び込んで数秒後、出雲は思わぬ窮地に立たされていた。
「あ、あの!! あ、足場がないんですけどっ!!! どんどん落ちて――」
『あー。基本上から下への一方通行用ですからねぇー。ほら、不死身のSレートさんですしぃ、地上32階からの着地くらいどうにかしちゃうかなーってぇ』
「そういうのは先に行ってくださいよぉおおぉぉぉおぉおお!!!!」
徐々に加速して落下していく最中、もはや口に出さずとも伝わるという事すら忘れて叫んだ出雲の声がダクトを反響する。
さすがにダクトの中まで白く染め上げる意味もなかったのだろう。鈍色の配色の金属のわずかな凹凸に出雲の指が掠り、カンカンカンカンカンと、速いテンポの規則正しい音が鳴る。
明かりのないダクトの中は昼夜を問わず明るく、時間感覚を麻痺させる個室に慣れていた出雲にとっては底知れない恐怖心を煽り、耳元を抜けていく風を切る音が焦燥を増大させてゆく。
「どうやって着地すれば良いんだよもう……ッ!」
思わず普段の整えた調子が外れた悪態を付きながら、出雲は両手足を僅かに広げてダクトの内壁に触れる。
皮膚が擦れる痛みに唇をかみ締めて涙目で耐える事暫し、ほんの数秒の出来事があまりにも長く感じる中、ようやく停止した落下にほっと息をつく。
改めて周囲を確認すれば等間隔にダクトに扉が取り付けられており、そこから各階の部屋に通じているようであった。
ダクトの内側からでは現在が何階近くにいるのか分からず、かといって一度止まった以上ここからまた自由落下に任せるというのも勇気がいる。
自身の手足の皮膚が再生するのを自覚しながら出雲は呼吸を落ち着かせてオペレーターへと声をかける。
「(……一応歯止めはかけましたけど、ここからどうしたらいいですか?)」
『はいはーい! ……えーっと、今はちょうど11階と10階の間あたりですねぇ。それじゃー、少し下がったところに10階の出口があるんでそこから倉庫に出ちゃってくださぁい』
「(わかりました)」
『10階に到着したら扉の前で待機してくださいねぇ。タイミングみて指示出しますからー』
頭にキンキンと響く元気な声にも慣れた物で、出雲は会話を終えるなり突き出した両手足の力を緩めてすぐ下に見えている扉へと近づいてゆく。
扉は閉まっていた物の特に施錠をされていた訳ではなく出雲の力でも内側から簡単に開けることができた。
漸く地に足をつけて人心地つき、改めて薄暗い部屋をきょろきょろと見回す。
どうやら物品資料室であるらしく、ファイル等といった物よりも、焼け焦げたバットやひしゃげた拳銃などが但し書きと共に棚に収められていた。
部屋の出口まで向かう最中、興味本位でそれらを眺め、あわよくば武器になりそうなものはないかと巡らせていた出雲の視界にある物が舞い込んでくる。
それは、袖口が破りとられ、腹部に大穴の開いた黒の学生服であった。
「……こ、れは……」
思わずそちらに足を向け、但し書きの書かれた紙を覗き込む。
【験体番号:68 証拠物品No:7】
手にとって確認すれば、紛れもなく出雲自身の身につけていた学校指定の制服である事が分かり、出雲は自身の現在の格好に目を落とす。
どこからどうみても病院を抜け出してきましたと言わんばかりの無地の白い半袖シャツと七分丈のズボンに同色の外套のみ、靴はおろか靴下すら履いていない素足といった有様の格好と、破けているもののまだマシだと思える制服を交互に見やって、オペレーターへと躊躇いがちに声をかける。
「(……すみません、少し時間を貰ってもいいですか?)」
『ん? どーしましたぁ?』
「(僕の荷物が置いてあったので、着替えてもいいですか? ボロボロですけど、今の格好よりはマシかなと……時間がかかるのは分かるんですけど、ダメでしょうか?)」
『できればそーゆーのは勘弁して貰いたいんですけどぉ。 ……って、“ミナミさん”。集中してよー!!』
急に別口へと声をかけるような様子のオペレーターに出雲は思わず首を傾げてしまう。
「(……どうかしましたか?)」
『あー。もう、はい。わかりましたよぉ。その代わり、手早くお願いしますねぇ』
「(すみません。ワガママ言ってしまって)」
『いーですよぉ。私たち仲間じゃないっすかぁ』
何の気負いもなく仲間と断言するオペレーターの明るい調子に、出雲はくすぐったい様な嬉しさと、迷惑をかけてしまっていることへの申し訳なさに苦笑を返す。
しかしすぐに表情を改め、あまり時間を掛けてはいられないと外套を脱ぎはじめる。
制服に袖を通せば、外にいた頃を思い出すようで、制服特有の懐かしい窮屈さに思わず懐かしさが込み上げた。
さすがに腹部にあいた穴や破れた袖等はどうしようもない為、元々着せられていた白いシャツを下に着たままにする事でお茶を濁し、靴を履いたところで久しぶりの感覚に若干の戸惑いを覚えた。
文明人として悲しいと感じる反面、靴音は邪魔かなという合理性の狭間で揺らぐこと数秒。
結局は制服を着ているのに下は素足では格好がつかないという、半ば意地の境地で出雲は靴を履く事に決めた。
もはや制服もズタボロで格好などつきようもないのだが、鏡を久しく見ていない上にそもそも一般人であった時分より衣装に関する頓着は薄いほうであった出雲はその事実に気づきようもない。
服の横に置かれていた学校指定の鞄や、そこに入っていた文房具と教科書類。
そして、妹へ渡すために購入し、結局渡せずじまいになってしまった小奇麗な包装紙の小箱。
「……」
包装紙を手に取り、文房具やノートと共に鞄につめて扉の前へと移動して大きく息を吸って吐き出しながら、オペレーターへと声をかけた。
「(おまたせしました)」
『りょーかいですぅ。今は丁度近くの巡回もいないみたいですから、今のうちに廊下を右に進んでくださぁい』
必ず外へ出るという決意を新たに、出雲は扉へと手をかけた。