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6-19 アフタースクールライフ5

 不穏な感情を湛えた瞳に睨まれ、黄泉路はいつものように浮かべていた苦笑を慌てて引っ込めるが、納得したと言う風に――切り離したような彩華が淡々と言葉を紡ぐ。


「貴方が私の事情を知りたかったのもそういう理由ってわけね。詰めが甘いからこうして騙されるって良い勉強になったわ」

「え、ちょっと、そんなつもりは――」

「私は確かに異常者だけど、別に異常者同士の傷の舐めあいに興味なんてないわ。だから関わるのもこれっきりにして」


 誤解――というよりは、何かの地雷を踏み抜いたらしいと悟った黄泉路が弁明する間もなく吐き捨てるように立ち去ろうとする彩華の腕を咄嗟に掴む。


「まって!」

「……離してくれないかしら。能力者だって分かった今なら、腕の一本くらいは良心の呵責なしに切り落とせるのよ?」

「黙ってたのはごめん。……けど、そんなつもりで声をかけたわけじゃない!」

「じゃあ、どんなつもりなのよ!!!」


 ジャキンッ、と、研ぎ澄まされた怒気が形を成したように、掴んだ手のひらに食い込む冷たい感触が走る。

 だが、黄泉路はそれでも彩華の腕を掴んだまま――いっそ、制服の袖の繊維から編み出された刃が手の甲を貫通したことでより物理的に強固に結びついたまま、黄泉路は彩華の顔を見る。


「――な、によ。その眼は」


 普段と変わらない黄泉路の瞳に見つめられ、刃から繊維へと染み、腕へと伝う暖かく粘り気のある感触に腕を動かそうとするが、びくともしない黄泉路の思わぬ膂力に微かな恐怖心が湧き上がる。

 それでも、黄泉路の瞳はただ、真剣に彩華だけを見つめていた。黒々とした全てを飲み込みそうなほどに深い色の瞳に鏡写しに描かれた自身の引きつった表情まで観察できそうな錯覚に陥りかけていた彩華に、落ち着かせようとする意思を感じられる黄泉路の声が届く。


「あの日も言ったけど。彩華ちゃんの助けになりたい。それだけだよ」


 あの日と同じ言葉を再度口にする黄泉路に、彩華は鼻で嗤うように冷淡ながらも激情が垣間見える声音で告げる。


「必要ないわ。私は私一人で生きる。生きていける。今回だって軽い怪我で済む程度にするつもりだったのに、貴方が飛び込んできた所為で大事になっただけよ! 格好付けて飛び込んできて勝手に大怪我して、バカじゃないの」

「それでも、彩華ちゃんが困るよりはずっと良い」


 全て余計なお節介、そう言ったつもりの彩華であったが、黄泉路の相槌によって口が止まり、思考に僅かな空白が発生する。


「……呆れた。どうしてこんな事で私が困るって思えるのよ。私が私の意思で行動しただけなんだから。何があっても自己責任で良いじゃない」

「だって彩華ちゃん、能力のことは秘密にしたいんでしょ?」

「それは……じゃあ、貴方の時はなんなのよ! 明らかに能力を見せて脅したでしょうが」

「あれは僕が、能力以上に知られたくない事を確信を持って推理したから、その口止め――だろ?」

「無駄になったけれどね」


 思わず彩華の口から自虐的な感想がこぼれれば、黄泉路は困ったように眉根を寄せる。

 その表情は普段と変わらず、常識を逸脱している自認があるはずの彩華ですら、自分が本当に常識側に身をおいているのではないかと錯覚してしまいそうになる。


「今回安藤さんが怪我をしていたら、いくら何でもさすがに勘付く人は現れるよ。ましてや元々噂になってるならなおさらね」

「何よそれ。脅してるつもり?」

「違うよ。心配してる」

「……もういいわ」


 それはこれ以上の問答に対するものか、はたまた、黄泉路が彩華を心配する、気にかけるという事を拒絶する事への諦めか。


「手、離してくれないかしら。別にもう逃げないわよ」


 既に抵抗らしい抵抗もしていない彩華の腕を離せば黄泉路の手の甲を貫いていた金属の棘が抜け、ほぼ同時に始まった修復は手のひらから棘の先が離れると同時に完了する。

 脅威の再生力を目の当たりにした彩華は幾度か目を瞬かせていたものの、自身の服の袖を元に戻そうと意識を向けて、先ほどまであった黄泉路の血の感触すらないことに気づく。


「……便利な能力ね」

「そうでもないよ」


 声のトーンは抑えられ、普段の淡々とした彩華が戻ってきたことで、黄泉路は内心でそっと胸をなでおろす。


「これ以上長居するとさすがに人が集まるんじゃないかしら」

「そうだね。送って行こうか?」

「馬鹿言わないで。私は帰るけど、貴方は保健室に行かなければならないでしょう。人を待たせるなんて最低よ」

「あっ……」


 咄嗟のこととはいえ、既に連絡済のはずの保健室に顔を出さず、翌日けろりとした顔で出てきてはさすがにまずいだろうという事に今更思い至ったらしい黄泉路が露骨に顔を顰めれば、彩華は苦笑ともつかない表情を浮かべて追い払うように手を振る。


「ここは私が片付けておくから。貴方は適当な言い訳でも考えながら保健室に行きなさい。今日のことはどうせあの3バカも吹聴できないでしょうし、何も起こらなかったし誰も居なかった。それでいいわね?」

「あー……うん。ごめんね」

「意味のない謝罪は聞きたくないわ」

「そうだね。ごめん」

「天丼ネタはもういいから」

「あ、はは……とにかく、何か僕に手伝えることがあったら相談してくれると嬉しいな」

「……」

「それじゃあ、また明日」

「ええ。また明日ね」


 これ以上時間をかけられないというのも本当であるため、黄泉路は足早に体育館裏から離れてゆく。

 その足音が遠ざかり、場に似つかわしい静寂が舞い戻ってきた頃。


「貴方の気遣いだけど」


 瓦礫を撤去――というよりは、瓦礫を適当に細かくし、頭上の切り口を自然に見せかける細工――する彩華がぽつりと呟くように声をにじませる。


「――不適格(・・・)。よ」


 自分自身へと向けられたような言葉は撤去する微かな物音に紛れて消える。

 それは当然――この場の出来事を見ていた第三者にも、聞かれることはなかった。

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