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6-18 アフタースクールライフ4

 誰もが次の瞬間待ち受けるであろう悲惨な光景を前に動きを止め、思考の空転が身体を硬直させる中、


「――!」


 小柄な影が躍る(・・・・・・・)

 影が顔面蒼白で固まってしまっていたイメチェン女子を突き飛ばし、



 ――直後、瓦礫が叩き付けられる重く耳鳴りを伴う衝撃が大気を震わせ、地面を舗装していたコンクリートと砕け合って細かな破片が煙を立てた。



 目の前でおきた光景に理解が追いつかず、または、理解できて(・・・・・)しまったが故に(・・・・・・・)

 惨劇を傍観していた側は言うに及ばず、起こそうとした側までもが絶句する中、彩華の足元に転がされるように突き飛ばされた被害者が声を上げる。


「いっ、た……ッ、なにがおき――」


 地面を転げた時に擦りむいたらしい腕をさすりながら身を起こし、悪態とも愚痴ともつかない悲鳴を上げかけ、目の前の光景に同様に言葉が途切れ――


「……え、あ……あぁ……ああああ!?」


 変わるように吐き出されたのは、驚愕と悲痛の交じり合った金切り声が上がる。

 そこにいたのはひとりの少年だ。

 女子生徒達と同い年の割には身体が華奢で、黒髪と同色の、やや濁り気があるものの年上受けの良さそうな目鼻立ち。

 つい先ほどまで、彼女たちが話題に上げていた少年、迎坂黄泉路がそこにいた。

 ただし、瓦礫が掠って切れてしまったのか、右目を塗りつぶすように髪の合間から流れだした鮮血がぽたぽたと滴り制服に赤黒い染みを作っていた。


「黄泉路くんっ!?」


 悲鳴に釣られて正気に戻ったのは、終始比較的冷静であった女子だ。

 彩華を除ける様に押しやって駆け出したのに続き、彩華をこの場へと連れ出したグループの中心人物も黄泉路へと駆け寄ってゆく。


「ああ。目立った怪我がなくて良かった」


 血が目に入らないように、右目を瞑ったまま立ち上がった黄泉路に小さな悲鳴が上がるが、ふらりと傾いで体育館の壁に背をついて安堵したように吐き出した黄泉路に、駆け寄ったふたりが悲鳴染みた声でまくし立てる。


「全然良くないよぉ!? 黄泉路くんすごい怪我してるのに!!」

「ほ、保健室――救急車!?」


 抱きつくような勢いで詰め寄った女子ふたりに対し、黄泉路は安心させるように小さく息を吐く。


「頭の怪我は派手に見えるらしいからね。慌てなくても大丈夫だよ。ああ、でも、高桐さん。もし良かったら保健室に連絡してくれるとうれしいな。救急車は保険の先生の指示次第ってことで」

「う、うん!! 千草先生すぐに連れてくる!!!」

「自分で歩けるから、先生には手当ての準備だけして待っててもらえるように言っておいてくれるだけで大丈夫だよ」


 集団の中では終始冷静で、彩華を呼び出すことに対してもさほど乗り気ではなかったらしい高桐はすぐさま駆け出してゆく。

 この中では一番体育の成績がいいらしく、その走りは後ろから見ていた黄泉路にしてもなかなかだと思わせるものであった。


「……さて、と。安藤さん、大丈夫? ひとりで立てる?」


 後姿を見送った黄泉路が改めて、先ほど突き飛ばしたイメチェン女子――安藤へと声をかければ、現実の出来事への理解の処理と、次々に湧き上がる感情が混ざり合いすぎて言葉を失っていたらしい安藤がびくっと反応する。


「あ、だ、大丈夫!!! 黄泉路くんのお陰で……」


 黄泉路の怪我への心配と、それ以上の、自分を庇って助けてくれたと言うシチュエーションに浮かされた様に顔を赤らめた安藤がはにかむように笑みを浮かべる。

 その様子にさすがに眉をしかめたのは彩華を連れ出した主犯だ。

 配慮が得意ではないのは周知の事実であるが、それにしても自分を助けようとして怪我をした相手に対して白馬の王子様的シチュエーションを優先してしまうのはどうかと思ったからだ。

 安藤ほどではないが、自身も黄泉路に対して並々ならぬ感情を持っているだけに、そういった辺りに対しては特に敏感であったともいえる。


「ちょっと、黄泉路くんが怪我したの元はといえばミキの所為なんだからもうちょっと心配したらどうなのよ!」

「ッ、ユキだってさっきから黄泉路くんにベタベタしすぎじゃん! 怪我人なんだからそっとしてあげなさいよ!!」

「……はぁ、安藤さんも、星野さんも。ちょっと落ち着こうね」


 今にも言い争いをはじめかねない両者に、小さいながらも良く通る黄泉路の声が割って入れば、さすがに口答えできるはずもなく両者の声は萎んでゆく。


「あまりこういう事を言いたくはないんだけどさ。――僕、こういうのはあまり好きじゃないな」

「え、え……?」

「――迎坂君がどうして、貴女達が人目を避けて私を囲もうとした場所に都合よく現れたと思ってるの?」


 決まってるじゃない、と。事故(・・)が起きてからずっと黙ったままだった彩華が、黄泉路を代弁するように告げる。


「趣味が悪いわ。いつから聞いてた(・・・・・・・・)のかしら。ねぇ、迎坂君?」

「っ!?」


 その言葉で、言わんとしている事を、意図している意味を察してしまった安藤と星野は、彩華へと向けていた怪訝な顔色を驚愕へ、そして窺う様な視線を黄泉路へと投げかける。


「忘れ物はするものだね」

「居たなら最初から誤解だって言ってくれれば良かったでしょう」

「僕が出れる雰囲気だったかな?」

「はっ。私に対して初めて空気読んだんじゃない?」

「かもね」


 とんとんと、間をすり抜けて成立する会話。

 それがとても気安いものだというのを肌で感じた女子ふたりが落胆したように顔をうつむける。

 一番知られたくない相手に最初から見られていたという事もさることながら、彩華当人は勘違いだといっていても、これを見てしまえば方便だと察してしまうには余りあるほど、今までの彩華を見ていればその態度の柔らかさを突きつけられるようであった。


「とりあえず、僕のことはいいから。人が集まる前に離れようか」

「え、でも……」

「こんな、如何にも自分には後ろ暗いことがありますって場所で、事故とはいえ(・・・・・・)流血沙汰が起きたら、そこに居た人ってだけで悪目立ちするよ。安藤さんも星野さんも、それが嫌だからここを選んだんでしょ?」

「う、うん」


 有無を言わせない、普段の柔らかな黄泉路の様子からは想像もつかない真剣な声音に思わず同意してしまった安藤を見て、黄泉路は緩やかに頷いて離れるように示す。

 意図を察した星野が安藤の手を引き、最後に彩華をちらりと一瞥してから黄泉路に泣きそう顔で謝って駆けてゆくのを見送っていると、彩華が呆れたように声を上げた。


「事故って。強引にも程があるでしょう」

「唯一の怪我人の僕が良いって言ってるんだから良いんだよ。体育館って最後に改修したのは20年も前なんだし、こういうこともあるさ」

「あんなに綺麗な切り口なのに?」


 頭上を指差せば、確かに。先ほど落下してきた縁に沿った雨樋の一部、その断面は見事に鋭利な刃物(・・・・・)で切り取られた(・・・・・・・)ように直線を描いていた。

 あまりにも不自然すぎる光景に黄泉路は苦笑し、しかし、緩やかに首を振る。


「事故だよ。彩華ちゃんの能力なら自然っぽく加工する事だってできるんだろ?」

「……はぁ。呆れた。私も短気だった自覚はあるし、軽率だったと思ってるし、申し訳なくも思っているけれど。さすがに人間の怪我までは治せないのよ?」

「ああ、それは大丈夫」

「さっきから大丈夫大丈夫って――」


 黄泉路の額、瓦礫がぶつかった(・・・・・・・・)衝撃でぱっくりと裂けた傷口が跡形もなく消えているのに気づき、彩華の言葉が途切れる。

 加害者である彩華は、最初から冷静であったが故に良く見えていた。

 安藤が硬直していれば軽く腕を切る程度に落下位置を調整した瓦礫へと飛び込み、安藤の無傷と引き換えに頭に瓦礫が直撃する黄泉路の姿を。

 その怪我がどこにも見当たらない事に言葉をなくしていた彩華は、やがてひとつの結論へとたどり着く。


「……ああ。そう。心配して損したわ」

「まぁ、そういう事」

「貴方もこっち側(バケモノ)だったってわけね。どうりで。噂を聞いても、殺意を見せても、怯まないはずだわ」


 憤懣とも、咎めるともつかない感情が渦巻いた彩華の瞳が、苦笑を浮かべた黄泉路を睨みつけた。

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