表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/605

6-17 アフタースクールライフ3


「……はぁ?」


 あまりにも不意打ち過ぎる、それでいて予想もしていなかった言葉に彩華は困惑しつつもかろうじてそれだけを搾り出す。


「(え? 何? 私そんなベタでくだらない理由で呼び出されてるの?)」

「ちょっと席が隣ってだけでベタベタすんなよ!」


 そもそも、付き合うどころか彩華からすれば友人かどうかも怪しい。

 彩華の側がやったことと言えば連日向けてくる会話を無視したり、脅迫まがいの事をしたりと、一歩間違えなくてもいじめや傷害に該当する行為そのものだ。

 相手が度を越えた我慢強さと人の良さを発揮している黄泉路でなければとっくに破綻している関係である。

 さすがに脅迫云々を言うわけにもいかないが、仮に言ったところで理解する知性があるならば、そもそもこんな短絡的な手段には及ばないだろうとまで思考し彩華は嘆息する。

 まさかクラスメイトが――中高一貫とはいえ進学校で高等部まで進める程度には学力があるはずの同級生が――そこまで愚かだったという事実など永遠に知りたくもなかったと。

 もはや呆れを通り越してある種の憐憫すら孕んだ沈黙。それを自身らの優勢だと取った3人は、畳み掛けるように姦しい声で捲くし立てる。


「黙ってちゃ何もわかんねーだろ!?」

「早く答えなさいよ!」

「……ごめんなさい。貴女たちが何の話をしてるかわからないわ」


 横合いからきゃんきゃんと喚く取り巻きを一瞥し、彩華をここまで連れて来た正面の主犯(・・)へと淡々と返す。


「ハァ!?」


 それに激昂したのは右に陣取っていた女子だ。

 耳元とは言わないまでも、決して小さいとはいえないヒステリーな声――体育館裏などと言うベタな場所へ呼び出しておいて自分たち側から騒ぐ愚を理解しているのだろうかなどと突っ込む気力はもはや彩華にはない――に顔をしかめ、声を上げた女子を咎める様に見つめれば、彩華の無言の抗議に気圧されたように僅かに身を捩る。


「な、何よ……!」

「(結局、金魚のフンはフンなりってことね。自分に矛先が向いた途端に腰が引けるくらいなら最初から絡んでこなければいいのに)……いいえ。なんでもないわ」


 もはや取り繕うことすら億劫になりつつも、ここで罵倒をしてしまえば相手と同列になるという自分への矜持から内心で抱いた感想を飲み下す。

 代わりにとばかりにじっと見つめていた彩華であったが、ふと、顔を見ているうちに、この女子はたしか以前は眼鏡だったような、という、現時点では何の役にも立たない情報が頭を過ぎる。

 大きな変化に気づけば小さな変化と言うのも自ずと見えてきてしまうもので、今までは目元に被るかどうかと言う、若干の野暮ったさを感じる髪型であったのが、今は眼がしっかりと見える多少垢抜けた――おそらくは美容室でファッション誌を見せたのだろうとわかるものになっているのが見て取れた。

 そこまで理解する間に思考はどんどん空転し、先ほどの衝撃的過ぎる言葉からイメージチェンジに乗り出した理由までの道筋を自然と推察してしまった彩華は堪え切れず笑みを浮かべてしまう。

 先ほどまで無感情に睨みつけてきていた相手の突然の笑顔に動転したのか、明らかに腰が引けた状態の少女は耳に悪そうな高い声音で彩華へと吠え立てる。


「な、なに!? その余裕ぶった顔! 私に何か言いたいなら言ってみなよ!!」

「ふ、く……いえ、貴女、ずいぶんと派手になったようだけど、前のほうがきっと好みだったと思うわ」

「なっ、あ――っ!?」


 誰のための(・・・・・)イメージチェンジだったのかを暗に指摘され、顔を真っ赤にする右側の女子に、そうして黙っていればまだマシなのにね、と。抑えきれない笑みを浮かべて断言する。


「貴女達勘違いしてるわ。私と迎坂君はそういった関係ではないし、こんな無駄なことに時間を割くくらいなら迎坂君に直接アピールしたほうがまだ建設的でしょう」


 彩華の口にした正論に、勢いで喋っていた女子達は言葉を失ったように、しかし、何かを反論しなければとばかりに口をパクパクと小さく開閉させる。

 多少なり頭が回るらしい左側に陣取っていた女子は先ほどから黙りこくったまま、もうやめようとばかりに彩華の正面で逡巡している様子の主犯へと目配せする。

 その視線に気づいた主犯の女子の意識が解散へと傾いていた所に、先ほど彩華が火に油を注いでしまった女子がダンと足を踏み鳴らした。


「……一応、感情論以外の反論なら聞いてあげるわ」


 靴がコンクリートの地面をたたく音の余韻を、胡乱なものを見る眼で淡々とつぶやいた彩華の声が上書きする。

 感情が噴出して反射的に地団駄を踏んだらしいイメチェン女子が我に返り、彩華へとぶつける言葉を捜すように僅かに視線をさまよわせ――


「あんたみたいな異常者に言われたくない!!」


 口をついて出た言葉を本人が理解している様子はない。

 反射的に普段陰口として彩華へと使われていた言葉を暴言として選び取って発してしまったイメチェン女子に対し、さすがに擁護しきれずどちらの味方をすべきかと主犯や冷静だった左側の女子が僅かに眼を剥いた。

 だが、女子の言葉はそれだけで止まらない。いっそ、頭に血が上った状態で口を開いてしまった為に、普段ならば本人の耳に入る所ではさすがに触れていなかった言葉が止め処なくあふれ出していた。


「だいたいあんたおかしいのよ!! どうして強盗が入って家族が皆殺された癖に同じ家に住んでんのよ!? 普通引っ越すでしょ!? 普通に学校来てんじゃねーよ!! キモいんだよ!!!」


 キンキンと耳に響く声。

 その言葉を耳に入れ、咀嚼し、噛み潰す彩華に表情はない。

 さきほどまでの、無表情を努めていたものとも違う。ただ、感情がそぎ落とされ、一点に研ぎ澄まされていくような剣呑さに気づいた正面の女子が小さく息を呑むような悲鳴を上げた。

 だが、右側で、既に現実の光景を見れているかも怪しいほどに息を乱して暴言を吐き散らしている女子には彩華の様子はわからない。

 故に――彩華へといってはいけない。決定的な禁句を口にしてしまう。


「どうせあんたが助かったのだって犯人にヤらせたからなんでしょ!? みんな知ってるんだから!!! あんたみたいなバケモノ、家族と一緒に死んでれば良かったのに!!!!」

「――ああ。もう、いいわ」

「……あっ?」


 淡々と、刺すような短い声音。

 だが、そこに含まれた日常では決して向けられることのない明確な感情に、激昂していた女子すらも言葉を詰まらせて動きが止まる。


「バケモノに喧嘩売ったんだからそれなりの覚悟でいるんでしょうし」


 殺意。

 激昂していた女子の、害意の延長線上のような、エスカレートした暴言の上っ面の殺意などではない。

 純粋にして苛烈、冷徹にして隔絶した、本物の殺気が彩華からあふれ出し、先ほどとは打って変わって血の気の引いた女子を射抜く。


「そこまで知ってるなら当然知ってるわよね? ――私の近くにいると不幸な事故が起きる(・・・・・・・・・)って」


 静かな一言が終わると同時、彩華たちの頭上で、日常ではまず聞かないであろう音が響く。


 ――パキン。


 金属が切れるような高い音が響く。何事かと上を向いて悲鳴を上げたのは、果たして誰であったか。

 天を仰ぎ見た瞳が、体育館の外壁の一部が崩れて頭上へと降りかかってくる光景をいっぱいに写していた。


「きゃああああああああ!?」


 そんな非日常的な光景の前に、悲鳴を出せただけでも褒められるべきだろう。

 一般的な生活をしてきた、一般的な女子高生に、咄嗟の危機に身体を動かすだけの意識などあろうはずもない。

 数秒間が際限なく引き伸ばされるような走馬灯ともいえる瞬間――




 その最中に、割り込む影があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ