6-16 アフタースクールライフ2
図書室を出た彩華が連れて来られた先は、校舎を出てすぐの場所であった。
校舎のすぐ近くに併設された大きめの体育館の裏手にあたる、敷地を囲む2mほどの高さの塀と大型の建物の間という絶妙に人を寄せ付けないスペースは暗い。
西日も届かず影が蟠ったような印象を受ける、人を避けるにはうってつけとも言える立地で、先導する彩華のクラスメイトを――否。彩華を待っていた複数の人影が立ち上がるのが見て取れた。
体育館裏へと足を踏み入れた時点で彩華は内心で辟易とした呆れにも似た感情を抱いていたが、近づくにつれて見えてくる相手の顔を見てその思いは確信に変わる。
「……くだらない用事だったらどうしてくれようかしらね」
最近、感情を揺さぶられる事が多いなという自覚とともに、彩華は深々とした嘆息に混ぜてぼそりとつぶやく。
どうやら眼前でお仲間と合流を果たしたらしいクラスメイトには聞こえていなかったらしく、彩華は渋々といった具合で集まっていた人物へと眼を向ける。
そこに並ぶのは、どの顔も彩華にとっては見覚えのあるものだ。
毎日嫌でも顔を合わせるのだからそれも当然といえるが、大抵の人間と同じく、それは彩華にとっても親しい人物という評価とイコールではない。
瞳の奥に隠しようもない一抹の悪意。それから、態度や立ち振る舞いによって前面に露出した敵意や侮蔑といったものが複数、彩華へと突き刺さる。
「(ああ、……もう)」
慣れ親しんだ悪意。
そこに安堵を感じる自身と、それを異常だと自覚してしまう情緒。
ふたつが相反して混ざり合い、胸のうちで苛立ちへと変わってゆく。
後者に関しては最近黄泉路によって取り戻させられてしまった外付けの良心であり、それが理解できてしまっているからこそ、彩華はどうしようもなく苛立ってしまう。
ただ、それはあくまで彩華の内心であり、この4年の間で取り繕うこと、表情を変えないことに長じてしまった彩華の表面は変わらず凪いだ様な無表情であった。
彩華を連れ出した女子はそれが気に入らないとばかりに改めて彩華へと口を開く。
「澄ました顔してんじゃねーよ」
「……あら。あれでも猫被ってるつもりだったのね」
取り繕おうにも中身が透けて見える言葉選びだったのだなと、先ほどの図書室での短いやり取りと、どうやら仲間の前では取り繕う気もないらしい女子に、彩華は率直な感想を口に出し、体育館の壁も合わせて自身を取り囲むようにして立つクラスメイトを観察する。
その顔はやはりどれも教室で見かけた顔で、常にクラスの端のほう、この集団のリーダーらしき女子の席に固まって談笑しているグループであったと思い出し、自分が呼び出される理由が思い当たらない事に肩をすくめる。
「アンタさぁ、ちょっと最近調子乗りすぎじゃない?」
そうした自然と滲み出る余裕がまた気に食わないらしく、眦を吊り上げて彩華を睨んだままの正面の女子が声を張るが、彩華にとってそれは久しぶりの悪意というだけのものでしかない。
故に、彩華は内心の呆れを隠しもせずに問い返す。
「ごめんなさいね。私、貴女達と交流あった?」
無関係。彩華の認識するクラスメイトへの印象であり、全てだった。
一言に集約された眼中にないと明言する問いは彩華を取り囲んだ3人の琴線に触れるには十分すぎる威力を孕んでいた。
「ふざけんなよ!」
「マジでこいつなんなの!?」
「ちょっと構われてるからっていい気になってんなよ!」
きいきいと、今にも掴み掛からんとするほどに近くまで詰め寄ったクラスメイトに、彩華は嘆息する。
「用件がないなら帰らせてもらうわ。貴女達も試験が近いんだから勉強したほうがいいんじゃない?」
「待てっつってんだよ! 何勝手に話終わらせた気になってんだよ!」
「っつかさ。この状況で普通に帰れると思ってるわけ?」
明らかに染めたであろう校則ギリギリの髪色をした女子のにやにやと見下すような視線が、付き合いきれないとばかりに来た道を戻ろうとした彩華の前に立ちふさがる。
「(……どうしようかしらね)」
押し通ることくらい、彩華にとっては容易い事だ。
だが、それによって発生する不利益を考え、彩華は自身の内側に芽生えた苛立ちを抑えようと小さく息を整え口を開き、
「そもそも、用件を聞いたのに何もいわない貴女達に非があるでしょう? ほら、聞いてあげるからさっさと言いなさい。時間の無駄は嫌いなの」
その結果としてガス抜きとして喧嘩腰の物言いになってしまった事を、言い切った後特有の内心を微かに通り抜ける清涼感と共に、堪え性のない自分への呆れでゆるゆると首を振る。
当然、囲まれているにも関わらず見ようによっては見下すような言動を向けられた女子達は一様に険しい表情になるが、ここで騒いでも時間の無駄だと理解できる程度には理性が残っていたらしい。
彩華の左側に立った女子が2人を諌める様に手で制して代表するように用件を告げた。
「黄泉路君と別れて」
突拍子もないその一言に、身構えていたはずの彩華は咄嗟に反応することができなかった。