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6-14 休日の邂逅4

「妹さんも怯えさせてしまったし、これ以上もてなすと言う空気でもないわね」

「……そうだね。あまり長居するのも片付けの迷惑だろうし、僕たちはこれで」

「ええ。……でも謝らないわよ?」

「いいよ。気にしてないし。ね、姫ちゃん」

「うん。大丈夫」


 そのようなやり取りがあった後、黄泉路と姫更は戦場家を後にして公園への道を引き返していた。


「ごめんね姫ちゃん。怖い思いさせちゃって」

「ううん。大丈夫」


 歩幅に合わせるように緩やかに歩く黄泉路が問いかければ、隣を歩く姫更がふるりと小さく横に首を振る。

 春の終わりのじわりとした暑さすら感じる日差しに透けるような深い藍にも見える黒の髪が纏まって揺れた。

 未だ言葉の節々にたどたどしさの残る少女を見やり、出会ったころよりも差が埋まったことで見上げる幅が小さくなった姫更の頭を軽く撫でる。


「私が、黄泉にいのお手伝い。したかった、だけだから」

「……そっか」


 心地よさそうに目を細めてはにかむ姫更の姿は以前までの子供らしいあどけなさから徐々に大人の兆しを見せ始める少女のものへと移り変わる最中であり、見ようによっては恋仲の様にも見えないこともない。

 しかしながら黄泉路からすれば実年齢にして8歳も差がある実妹よりも幼い少女をそういった目で見るという発想すらなければ、姫更にしてもそもそも家族以外の接点が極端に乏しくそういった距離感を知る機会もないため、互いにそうした可能性というものを根本から失念しているのだった。


「あれ」

「どうしたの、黄泉にい」


 交差点へと差し掛かる手前、住宅街の中に存在する休憩所という意味合いの強い公園の敷地に存在する唯一の遊具であるブランコに腰掛けている存在に気づいて黄泉路が小さく声を上げれば、姫更は首をかしげて黄泉路の視線を追うようにして人影へと目を向ける。

 腰掛けているのはパッと見て冴えないという印象を与える青年だ。

 墨をぶちまけた様な黒髪は自然のものというよりは脱色後に染めなおした風であり、それでいて筋肉とは無縁の小太りな後姿はどうあっても運動が得意そうにはみえない。

 服装にしても、休日であるからして当然私服なのだが、上下黒、それも差し色もないことから髪も合わせて黒子を想起させるような、もうじき夏もやってくるという時期には到底似つかわしくない野暮ったいものであることも、そうした印象というものを強調していた。


「ああ、うん。ちょっとね。見覚えのある顔があったから」

「……クラスメイト?」

「うん。ごめんね、ちょっと気になるから、姫ちゃんは先に帰ってて」


 全体をして、どこの学校にもひとりやふたりはいるだろう印象に薄い中肉中背というにはやや横に太い姿を一瞥し、姫更は小さく頷く。


「ん。わかった」


 周囲を一瞥しつつ、ほかに人影もないことを確認した姫更の姿が一瞬にして掻き消えれば、黄泉路は交差点を渡って公園へ、


「こんにちは、小室君」

「うぇっ……む、迎坂!?」


 態々横合いから声をかけたというのに、初めて気づいたという風にブランコから飛び退く勢いで身を引いた青年、小室が黄泉路の声に応じる。


「お、おま、なんでこんな所にいるんだよ」

「うん? 何でって言われても、僕はただの散歩だよ。もしかして、邪魔しちゃった?」


 動揺を隠せずしどろもどろに喋る小室を落ち着かせるようにゆっくりと言葉を返せば、僅かな沈黙。

 その視線が鋭く黄泉路を頭の上から足元までを行き来し、小室の口の中で舌が鳴る。

 当然黄泉路にもそれは聞こえてしまっているのだが、何を持って不興を買っているかがわからないため、いつものように困ったような苦笑を浮かべるに留めていれば、思考の海から戻ってきたらしい小室が口を開いた。


「あ、いや、えっと……俺も、その、休憩中っつーか……」

「そっか。よかった。ちょうど帰り際に小室君が見えたから。あまり話したことも無かったし良い機会だと思って」


 驚かせたみたいでごめんね、と、黄泉路が軽く謝意を示すと、小室は漸く落ち着いたようであった。


「ふーん」

「?」


 ひとりで納得したように一瞬だけ不快そうな表情を浮かべて気のない相槌を打つ小室に黄泉路が首を傾げれば、小室は気を取り直したように黄泉路へと問いを向ける。


「何でもない。それより、迎坂の家もこの近くなのか?」

「あー。うん。そうだね。近所だよ。小室君も近いの?」


 一瞬考えるような素振りを見せた黄泉路に怪訝な顔をしたものの、


「うぁ!? ……え、あ、えー…………っと、そ、そう、俺もこの近く、なんだよ! それがどうしたんだよ」


 何気ない風に返された問いにあからさまな動揺を見せる小室に、黄泉路もどうしたのだろうと目を細める。


「ん? いや、聞かれたから同じ事を聞いてみただけなんだけど……」


 今の小室の様子は、誰がどう見ても不審者のそれであった。

 きょろきょろと虚空を彷徨う視線はまるで黄泉路から逃げるようであり、脂汗でじわりと変色したシャツや額に張り付いた前髪が不健康さを助長させる。


「小室君、大丈夫? どこか体調悪かったりする?」


 さすがに心配になった黄泉路が問えば、小室はびくっと肩を揺らす。


「あ、ああ。ちょっと歩きすぎて気持ち悪くなってきたから、俺帰る!」

「そ、そっか。うん。気をつけてね。また学校で」


 ブランコから立ち上がると早口で捲くし立て、足早に公園を出て行く背に向けた黄泉路の言葉に応じる様子も無く、小室の姿が遠ざかる。

 十字路を曲がり、その姿が消えたところで、黄泉路は小さく息を吐いた。


「……うーん。まだちょっと、調査不足かな?」


 閑散とした公園を吹きぬけたぬるい風に溶けて、黄泉路の声は誰の耳にも届くことなく消えるのだった。

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