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6-11 休日の邂逅3

 黄泉路たちが招かれたのは、住宅地の中にあって何の違和感もない一軒家であった。

 強いて特徴を挙げるならば家の規模くらいなものだ。

 隣家と比して、否、周辺の家々と比べてみても、明らかに大きめであるとわかる敷地の広さであるが、その概観は華美ということはない。

 煉瓦を模した様な石畳で舗装された短い道が敷地の外と内を隔てるスライド式の鉄格子の門から、東側に寄った玄関口へと続いている。

 今は使われていないだろう車庫の鍵は掛かったままであるらしく、灰色のシャッターが西側で塀に埋め込まれているような印象を与えていた。


「ほら、何してるのよ。入るならはやくして」

「あ、うん」


 外観へと視線を向けて立ち止まっていた黄泉路へとかける声の当たりが強い自覚はあったものの、人様にじろじろと自宅を見られるというのもそこまで気分のいいものではないため彩華はあえて取り繕うこともせずに黄泉路を睨む。

 先にたって門を開けてふたりが揃って門を抜けたのを認めれば、しっかりと戸締りをしてからふたりを追い越して玄関の鍵を開けにかかる。


「そんなに珍しいものもないと思うけど。何か気になった事でもあるわけ?」

「ううん。そんなつもりは。てっきり――」


 独り暮らしなのだと。

 そう言いかけて、さすがに口に出すのは憚られるとばかりに目で問いかける黄泉路に対し、彩華はあっけらかんと肯定する。


「独りよ? ただ、家を処分するのも独り分の家財に合わせるのも手間だっただけ。どうせ高校卒業したら一切合財学費に変えて上京するつもりだしね」

「それは……」

「ええ。それでいいのよ(・・・・・・・)


 普段以上に力強く被せてきた彩華の声音に押され、その冷淡な視線もあいまって黄泉路はそれ以上の追求をするために開きかけた口を閉ざす。

 玄関の扉を開けた彩華はさっと靴を脱いで揃え、廊下の壁に埋め込まれたスイッチを入れれば、廊下にパッと明かりが灯る。

 明るくなった事で細かな部分までよく見て取れ、掃除が行き届いているのが一目でわかるが、それと同じくして、靴を脱ごうと下を向いた黄泉路は靴が多いことに気づく。

 サイズや種類から、おそらくは両親の――故人のものなのだろう。つい先ほども踏み抜いている地雷であるだけにあえて言及する気にもなれない黄泉路は彩華に倣うように靴を脱いで揃えてあがりこむ。


「来客なんて想定してないから、碌な持て成しは期待しないで」


 予防線とも自虐ともつかない宣言をする彩華に通されたのは、玄関から廊下を直進した先に見えていたリビングであった。

 廊下との仕切りのための扉は開け放たれており、左手に見える広く取られたガラス製のスライドドアから入ってくる日差しによって廊下よりは幾分か明るい。

 ドアの向こうには家の正面からでは見えなかった小さな庭が、かつては花でも植えられていたのだろう土壌と芝生を覗かせていた。

 黄泉路たちが窓の外に目を向けている間にも、彩華はさっさと台所と一体化しているカウンターの裏へと回る。


「買い物袋、どこにおけばいい?」

「その辺。テーブルの上にでも置いておいて」

「わかったよ」


 カウンター越しに短いやりとりをしつつ、流し台で手を洗いながらお湯を沸かす為にケトルに水を入れる傍ら、そっと視線を黄泉路へと向けた。

 荷物をおいたまま、どこへ座るわけでもなく今度は小棚に置かれた観賞用の食器類へと目を向けているらしい黄泉路へと席を薦め、茶菓子は何かあっただろうかという思考で戸棚へと手を伸ばす。

 以前であれば保存の利く茶菓子がいくらか収まっていたはずの戸棚の中身は当然のごとく空であった。

 客人をもてなすなどここ数年なかったことで、こんなことがあるならばしっかりと買っておくのだったと彩華の胸中に僅かな後悔が過ぎる。だがすぐに、それもこれも黄泉路(イレギュラー)が悪いと結論付け、もてなすとは言ったが、一人暮らしで人を避けている相手がまともなもてなしを出来るわけがないだろうという開き直りともいえる精神でもって早々に見切りをつける。

 自身を含めた人数分のカップを用意し、愛飲している紅茶を――と、かつての習慣からか、手早く用意を済ませていた彩華の手がとまった。


「姫更ちゃんだったかしら」

「呼んだ?」

「紅茶くらいしかないんだけど、飲める?」

「うん」


 端から黄泉路が紅茶を飲めなかろうが関係なく出すつもりではあったものの、さすがに自身の不機嫌を知り合ったばかりの年下の少女に向ける気は彩華にもない。

 飲めないといわれてしまえばまた何か考えただろうが、飲めるというのだから気を使う必要はないと、音を立てるケトルを火から下ろして傾ければほんのりと白い蒸気を上げた注ぎ口からお湯が流れ、ティーポットを満たしてゆく。

 ほどなくして紅茶の香りが湯気とともにあがり始め、トレイへとカップとポット、それから姫更が使うだろう砂糖やミルクを載せて黄泉路たちが腰掛けている席へと向かう。


「……砂糖とミルクは自分で入れて」

「ありがとう」

「招いた側だもの。当然よ」

「いただきます」


 茶菓子はない。ただお茶を入れただけの簡素なもてなしだが、それに文句を言うような相手ではない事は理解していた。

 だが、向かい合って無言でお茶をするというのも居心地が悪いと彩華は居住まいを正す。


「それで……聞きたいこと、何かないわけ?」

「え?」

「え、じゃないわよ。貴方が私を見てるように、私だって貴方の事、少しくらいわかるもの。……招いたの(ホスト)は私よ。今日くらい怒らず聴いてあげるわ」


 きょとんとする黄泉路に対し、言うだけいってカップで隠すように口を閉ざし、黄泉路が何の話題を切り出してくるだろうかと彩華はそっと視線だけを黄泉路へと向ける。

 黄泉路は逡巡するようにカップへと目を落とし、それから僅かに視線を室内へと向けてから口を開いた。


「それじゃあ。……事件の事について。聴いてもいいかな?」

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