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6-6 私立嶺ヶ崎学園4

「……はぁ」


 ぼーっと、自分の番ではない――そんな態度にも見慣れてしまって教師が注意することも放棄しているのを――いいことに、彩華はここ1ヶ月ほどで何度目かにもなるため息を吐き出しながら目の前の光景を漠然と眺めていた。


「黄泉路くんすごーい!」

「ひょろそうに見えんのにすっげーよなアイツ」

「俺たちと、ずっと、動いてんのに……なんであんなに涼しい、顔、してんだよ……マジで……人間じゃねぇ……」


 口々にかかる声に柔らかな笑顔で応対しながら戻ってくるのは、汗ひとつかいた様子のない童顔寄りの少年であり、今年度に入ってから彩華の周囲を騒がしくしている中心人物(へんにゅうせい)、迎坂黄泉路であった。

 後ろは首元にかかるかどうか、前髪がかろうじて目にかからないかという具合に整えられた艶やかな黒髪が、体育の屋外授業によって直接照りつける春の日差しを受けてやんわりと天使の輪を頭上に描いていた。

 その眩しさに思わず目を細めた彩華は段々近くなる光源に対して辟易とした態度で鼻を鳴らす。


「まるでアイドルね」

「あはは、皆物珍しいだけだと思うよ」

「ああ、そう」


 人の輪を潜り抜けて、まるで定位置のように隣へと腰掛ける黄泉路に皮肉のひとつでもぶつければ、相変わらずの物腰でいやな顔ひとつせず、むしろ、反抗期を迎えた妹でも見るかのような達観した様子の笑みを向けられてしまい、彩華は思わず押し黙る。

 席が隣、そして初日に会話をしてしまったのが運のつきとでもいうべきか。

 すでに学園指定の教科書類も届いたことで教科書の貸し借りといった接点も解消されたはずであるが、当の黄泉路が何かに付けて彩華に話題を振ったり、近くに座ったりと、今日の今日まで接点が切れないでいた。

 本人は物珍しさからだというが、授業態度は真面目で、話せば大抵の話題には嫌な顔ひとつせずに相槌を打ってくれ、その上先ほど見たとおりに運動もできる。

 おまけに顔が良いとなれば、同じクラスの男女はおろか、隣のクラスからも、あの(・・)戦場彩華とまともに会話のできる人、などという、彩華にとっては不名誉極まりない尾ひれのついた情報を伴って野次馬がやってくる始末だ。

 そうした面々に応えるつもりはないのだろうが、休み時間ともなれば黄泉路はすぐに生徒に囲まれてしまって席を立つこともできず、その席が彩華の隣、さらに言えば、尾ひれによって勘違いした生徒によって巻き込まれ、彩華まで会話の輪に巻き込まれる事も多くなってしまっていた。

 それが続けばさすがに近づきづらいと思っていたクラスメイト達も、態度による壁を作って人とろくに会話をすることのなかった彩華に対して、黄泉路がセットならばという前提つきで話をしてみようと考える者もちらほらと出始めるからなおのこと始末が悪いと彩華は隣の編入生(アイドル)を一瞥してため息を吐いた。


「何かあった?」

「自覚がないのね」

「……?」


 首を傾げる黄泉路に、彩華は自分が無駄な張り合いをしているという心の隅の声が大きくなったような空しさを感じてしまう。

 なし崩し的に、気がつけばすっかり編入生について詳しくなってしまった彩華は、当たり前の顔をして隣に居座る黄泉路という男子へと面倒くさいという感情を隠しもしない視線を向ける。


「ん? どうしたの?」

「……貴方がいつ私に飽きるかと思っただけよ」

「飽きるって。人付き合いってそういうものじゃないだろ?」

「私にとってはその程度のものよ。いい加減、静かにすごしたいんだけど」

「うーん。僕は彩華ちゃんと仲良くしたいんだけどな」

「何度も言うけど、その、ちゃん付けやめてくれないかしら。不愉快なんだけど」


 子ども扱いされているみたいで、とまでは、さすがに口にはしなかったものの。それすらも見透かされているかのような苦笑に彩華は思わず舌を打つ。


「舌打ちは行儀が悪いよ」

「あら、まだ私が他人に行儀を払うような人間に見えてたの?」

「それでも、だよ」


 これでは本当に子供のようではないかと、自身の行動を窘められた彩華はそっぽを向く。

 それと同時、黄泉路から視線をそらすために向けられた視線の先では、偶然目が合ってしまったクラスの男子がぎょっとした顔でさっと目をそらすのが見えた。

 慣れた反応に安堵のような感慨を抱く。それと同時に、先ほどまでかき乱されていた自身の内側がすっと熱を引いて、熱せられていた分研ぎ澄まされた、冷ややかな刃のような心を自覚する。


「(――ああ。そうだ)」


 疎外感や恐れ、怯えの壁を感じることで、自身の心の棘を再認識し、彩華は腰を浮かす。


「(何も健気に付き合ってあげる必要なんてなかったじゃない。私はいつも通り、切って捨てればそれでいい)」


 自分も、編入生という目新しい存在に惑わされていたのだと結論付けた彩華は足早にその場を立ち去ろうと歩き出す。


「どうしたの? まだ授業中だけど」

「体調が悪いの。保健室に行くから邪魔しないで」

「せめて、先生には言っておいたほうが良いんじゃないかな」

「じゃあ貴方が言っておけば良いわ」

「え、ちょっと――!?」


 黄泉路の問いに、突き放すような他人行儀な言葉を投げ返して校舎へと歩き出す。

 教師への伝達を終えて黄泉路が彩華のほうへと意識を向けるころには、その姿は校舎の中へと消えており、追いかけようにも先ほど黄泉路が引き止めた理由がそのまま足枷となってしまうのを自覚して行動できずにいた。

 加えて、それまで彩華に遠慮して声をかけてこなかったクラスメイトが黄泉路を離さず、結局、解放されたのは昼休みが終わりを迎える頃。彩華が何食わぬ顔で午後の授業に出席しはじめてからであった。

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