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6-4 私立嶺ヶ崎学園2

 隣から聞こえた声を一瞬聞き違いだろうかと思う彩華であったが、隣がそういえば空席であったなどという、現時点において思い出すことに利点を感じられない事実を思い出して心の中でため息をつく。

 それでも声のほうへ顔を向けないのは、誰とも仲良くするつもりはないという彩華なりの意思表示だ。

 無視を決め込む彩華の姿に黄泉路は苦笑を浮かべ、静かに成り行きを見守っていた生徒たちはどこか安堵のような空気を醸し出し、教師はやれやれと首を振るものの、深く介入するつもりはないらしく、名簿を片手に入ってきた扉から教室を後にする。

 教師が去ったことで次の授業までのつかの間の休憩時間が訪れ、生徒が活気を取り戻す。それはすぐに黄泉路の方へと押し寄せて、席を立った生徒たちに瞬く間に囲まれてしまった黄泉路は笑いながら尋ねられる事に答えてゆく。

 やれ、出身はどこだとか。彼女はいたのかだとか。年頃の少年少女が新たな話題に食いつかんと群がり、それに気を悪くした様子もなく受け答えする黄泉路に、彩華はほっと息を吐いて再び窓の外へと視線を戻した。


「ねぇねぇ、黄泉路くんって趣味はあるの?」

「うーん。強いて言うならトレーニングかな」

「えー、鍛えてるんだー! すごーい!!」


 ――とりわけ、少女のほうが比率が多いのはご愛嬌だろう。

 目新しい存在に群がるクラスメイトのはしゃぐ声に耳をふさぐように、彩華はそっと腕を枕に机に頭を寄せるのだった。





 ◆◇◆


 教師が入室してきたことでそろそろ授業が始まると、眠るわけでもなく机に突っ伏していた姿勢から体を起こし、彩華が机の横にかけていた鞄を開く。

 できる限り人の輪から外れるために、彩華は自らの机を窓際に隣接するように置いていた。

 そうなると鞄は教室側の側面におかざるを得ず、教科書を漁る為に自然と彩華の顔が教室のほう――編入生の座る隣の席の側へと向き、


「手続きが急だったから、まだ指定の教科書がそろってないんだ。よければ一緒に見せてもらえると助かるな」


 まるで見計らったように、授業前ということでようやく落ち着いた隣から声が掛かった。

 柔らかな笑みを浮かべたまま、彩華の態度などまるで気づいていないとでも言うように声をかける黄泉路に今度こそ明確に深いため息を吐く。

 拒絶の壁を全身に纏った彩華に声をかける黄泉路へと向けられる生徒の視線に含まれるのは、勇者に対する賞賛が二割、蛮勇に対する飛び火への恐れが八割といった具合であった。

 そのまま無視を続けようかとも思ったものの、教師からの圧力ともいうべき視線に嫌気が差したことで、彩華は渋々、顔を背けたまま口を開いた。


「……いいわ。教科書無いと授業にならないものね」


 いやいやといった具合を隠しもせずに言葉を返す。

 これで自分がどういう人間かわかっただろうと一瞥する彩華を迎えたのは、変わらず笑みを浮かべる黄泉路の顔であった。


「ありがとう! 助かるよ」


 善意の部分だけを切り取って受け取ったような、見ようによっては図太い反応に彩華は一瞬目を瞠る。

 それがまた黄泉路から目をそらすタイミングを逸した事を内心で悔しいと感じる彩華ではあったが、すぐに表情を取り繕う。

 教科書を見せてもらうためという理由から机を横に繋げている最中の黄泉路にどれほどの効果があったかは疑問であるが。それでも、彩華は自分のぶれない態度としてそう貫くことにした。


「迎坂、大丈夫か?」

「はい。すみません」

「いや、編入してすぐだ。そういう事もあるだろう」


 鷹揚に頷く教師を彩華が一瞥すれば、一瞬ばつの悪そうな顔をした後に咳払いをして授業を始めるべく自身の指導用の教科書を開き始め、それに伴って教室内の空気も徐々に勉学のための引き締まったものへと変わる。


「次からは横山さんに頼みなさい」


 黒板に目を向けたまま、辛うじて隣にだけ聞こえるような声量で彩華が呟く。

 これ以上関わってくれるなと言う拒絶の篭った鋭さを帯びた声音であるが、黄泉路は気にした様子はなく、


「席が近いのは君のほうだよ?」


 それどころか、なぜそんなことをいうのかわからないとでもいうような目を彩華へと向けてくる。

 本気でそういっているのだろうと悟ってしまったが故に、彩華は再び会話をしたことを後悔しながらも、明確に突き放すための言葉を編む。


「私と関わると損するわ」

「どうして?」


 これ以上関わってほしくないと言外に告げる彩華の態度にはもう気づいているだろう。だが、目を向ければ先ほどよりも近くなった距離からの、最近では久しく向けられることのなかった偏見の混じらない純粋な瞳がそこにあり、彩華は教師の心証など気にせず無視をすればよかったと内心歯噛みしつつ端的に答える。


「そのきれいな顔が傷物にならないといいわね」

「……?」

「これ以上話すことはないわ」


 今度こそ、そう明言して教科書をお互いの机の間に広げて黙り込んだ彩華の横目には、困ったように笑う黄泉路の顔があった。

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