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幕間3-2 永冶世忠利の事件簿3

 そそくさと棚に戻そうとする姿に驚き、永冶瀬がどういう意味なのかを問おうと口を開きかけたのを遮る様に猫館が口を開く。


「この棚、お宮――未解決事件のファイルを纏めた棚だってさっき言ったっすよね」

「ああ、それがどうかしたのか?」

「永冶瀬さんはあんま知らないと思うんすけど、警察にも色々あるっていうか。あまり、“率先して解決したくない事件”ってのも、あるらしいんすよ」

「それは――」


 職務怠慢、いや、事件の隠蔽ではないか。

 そう憤懣を露にしようと声を荒げかけた永冶瀬に、猫館はあわてて口をふさいで首を振る。


「静かに! ほんと、お願いっすから静かにお願いします。俺だってヘンだとは思ってるんすから俺に当たらないでくださいっす」

「……むぐ。わかった。すまない」

「いや、正義感が強いのは刑事として大事だと思うし、俺としてもそんな永冶瀬さんだから出世してくれたらいいなとは思ってるっすけどね?」


 それとこれとは別問題なんすよ、と。

 しきりに周囲を警戒する――どこか怯えているようにすら見える猫館の姿に、永冶瀬はさきほどまで急激に熱せられかけていた理性が氷水を浴びたように冷めてゆくのを感じながら頷く。

 だが、永冶瀬も生半可な気持ちで書類をあさっていたわけではない。調べるのを止めるつもりはないし、猫館が何かを知っているならばそれも取っ掛かりになるだろうと問いかける。


「ただの正義感というわけではない。ソレは俺が追っているホシの関連資料なんだ。……どうしてそれがマズいのか、何か知ってるのか?」

「……すんません、俺はなにも」


 首を横に振るも、何かを隠しているような態度に追求しようかと口を開きかけた永冶瀬のスーツの袖を猫館が引く。

 何事かと口に出しかけた追求の言葉を飲み込んで待てば、猫館が胸ポケットからメモを取り出してペンを走らせて内容を永冶瀬へと見せる。


『つづきはここで』


「そうか――」


 紙面でという意味だと即座に理解し、永冶瀬がどちらとも取れる返答をすれば、猫館は続けて先ほどの文字の下にペンを走らせる。


『どこに目があるかわからないんで、すみません』


 これほどまでに慎重になるような事柄なのだろうか。そっと視線を周囲へと向けながらそう思った永冶瀬であったが、依然として資料室の中はしんと静まり返っている。

 厚めとはいえ扉と壁を一枚隔てた先にはいつであっても多少の人通りがある通路があるはずだが、ふたりが立っている場所は奥まっている上にいくつもの棚によって入り組んでいる事もあって外からの音もなく、盗聴の心配は薄いように思えた。

 それでもなお、警戒したいのだと主張する猫館の手書きメモに視線を落とせば、再び文字が綴られていた。


『さっきのはとくにヤバいです。ここに配属されてから少しした頃にカク秘だっていって持ってかれました』


 カク秘、とは、最上級の極秘事項のことを指す隠語だ。それだけの何かがあの少年にはある。

 状況的にもそう確信せざるを得ないと、深い場所へ足を踏み込んでしまったと覚悟を決めた永冶瀬は世間話のていで時期を特定するべく問いを向ける。


「そういえば、こうして話すのも久しぶりだな。いつ頃資料室勤めになったんだ?」

「ああ、そうっすよね。学校でもあまり話す機会なかったっすけど。――そろそろ2年くらいっすかね?」


 言ってから、猫館はしまったという顔を浮かべる。

 誘導されてどの時期にという幅をおおまかにではあるが喋ってしまった事に気づき、非難する様な視線を向ける。

 そんな目で見られていながら、永冶瀬は困ったように笑いつつ、ペンとメモを借りるように手で示せば、猫館は渋々といった具合にペンを渡す。


『悪いな。俺も退けないんだ』


 それだけを書いて手渡せば、見た瞬間に猫館は困り顔でメモの一言と永冶瀬の顔を見比べ、仕方ないとばかりに首を振る。


『わかりました。おれの知ってることなら』


 返された文面に目だけで謝意を伝え、永冶瀬は先ほどの会話から続くように言葉を繋げる。


「そうか、悪いな。2年も経っていたのか。どうりで会わないわけだ。……どうだ、今度飲みに行かないか?」

「いいっすねー。あ、俺あんまし給料もらってないんで、ゴチになるっすよ?」


 音声がどこかで聞かれていたとしても、旧知との何気ない会話にしか聞こえないだろう。

 裏ではその声音に隠れるようにせわしなく互いの間で行きかうメモ帳が、永冶瀬にそれ以上の情報を齎していた。


『持ってかれたのは前半部分と後半全部で、今見てたのは真ん中のページです』

『誰が持って行ったかは?』

『特科の人。上からの命令だって言って持っていきました』

『何故特科だとわかった?』


 文面での永冶瀬の質問に、猫館は指先の動きだけで自身の首から提げた名札用のストラップを示す。

 どうやら面と向かって聞いたのではないらしい事にひとまず安堵した永冶瀬は、再び筆を走らせる。


『ほかに知っている人は?』

『おれだけのはず』


 猫館がほかに話していない以上、本当にここだけでとまっている情報なのだろう。

 それが聞けただけでも大きな収穫であったし、持ち去ったのが特科――つまりは、永冶瀬の同僚がいう上といえば、それほど候補は多くない。


「そうか。今度誘わせてもらうよ」


 これ以上の雑談も不自然だろうと、後日改めて詳しく聞けないかという意図をこめて会話をきる。

 永冶瀬の意図に気づき、猫館は手元のペンを走らせながら笑う。


「楽しみにしてるっすよ。……あ、そうだ――『じぶんのほうでも(いいおみせ)』、調べておきますね!」


 店、と口で言いつつ、メモのほうに書かれている内容を見て、永冶瀬は目を瞠る。


「いいのか?」


 それはどちらに対してもの質問だ。

 これが非常に危うい案件であることは、最初に永冶瀬を止めようとした猫館ならばよく理解しているはずであった。

 それでも協力するという相手に困惑ともつかない問いを向けてしまった永冶瀬であったが、猫館は人のよさそうな顔で迷いなく応える。


「はい。永冶瀬さんは忙しいっぽいっすから、それくらいは俺がやりますよ」

『正義の味方にあこがれてこの仕事を選んだんです』


 明らかな内部での隠蔽。陰謀の香りなどと、言葉にすれば軽くなってしまいそうなそれが現実味を帯びている事に興奮しているようだが、理性的な瞳を見て止めても無駄だろうと悟った永冶瀬はしっかりと猫館の眼を見て、


「……頼んだ」


 短く、しかし明確に頷いたのだった。

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