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5-48 みこころ園8

「……僕はあの時、黄泉路さんに未来を託した。そうして僕がここにいる」


 廻の、長いとはいえないが、決して薄くはない話が終わる。

 既にお互いの飲み物は空になってしまっていて、姫更がちょくちょく手を伸ばしていた茶菓子も残り少なくなっていた。


「そっか。廻君はもう自分で決めて立てるんだね」

「はい」


 すっきりした顔で返ってくる歯切れのよい返事に、黄泉路は安堵すると共に胸の痞えが取れる様な気がした。

 高くなった日差しが頂点を越えて、西へと向かいだしたという頃だろうか。窓の外は相変わらずさわやかな秋の風が吹いており、まだ夏の残滓として緑に染まった枝葉を揺らしていた。


「黄泉路さん。それで、その、大見得を切っておきながら言うのもあれなんですけど」


 先ほどとは打って変わり、どこかもじもじと所在なさ気に羞恥と戦うような表情で声をかけてくる廻に、黄泉路は首をかしげる。


「どうしたの?」

「黄泉路さんがくるのは、未来を見て知ってました。驚かせたくて、あんな風に切り出したことも認めます。けど、黄泉路さんがどうしてここに来たのか、わからないから……」

「……ああ、ごめんね」


 歳相応の、悪戯が露呈してしまったといったような廻の表情に、思わず黄泉路も苦笑をもらし、意地悪することもないので素直に訪問の目的が廻への謝罪、ないし対話であった事を告げる。

 それを聞けば廻の表情が納得半分、不満半分という具合の表情へと変わる。


「黄泉路さんが気に病むのもわかります。僕だって、いまだに納得しきれてないけど、それでも、黄泉路さんに当たるなんてことはしたくないですよ」

「うん。今日話して、やっとわかった。僕のわがままにつき合わせてごめん」


 本当に、どちらが年上だかわからないなと、黄泉路は素直に頭を下げる。

 年下に頭を下げるということに抵抗感を持つ人間も一定数いるが、黄泉路に関しては外見年齢と実年齢が合致していない事、精神年齢が高校の時分で停滞してしまっていたこともあり、そうした部分への頓着が薄い。

 立場がどうであれ、謝るべき時は謝るというのが黄泉路のスタンスであった。


「黄泉路さん」

「何?」

「それじゃあ、今度は僕からの用事、聞いてくれますか?」


 問いかけた廻の、どこか決意を窺わせるような表情に、黄泉路もすっと居住まいを正して耳を傾ける。


「僕も――黄泉路さんの所に連れて行ってくれませんか?」

「……え?」

「あの後、笹井さんや、他の――今日までにお世話になった、園長先生とか、紗希先生から聞きました。能力を持ってる人が、同じく能力の事で悩んでる人の為に集まった場所があるって」


 確かに、三肢鴉はそういう場所だ。

 表向きには合法的に、能力に悩む人の相談役として窓口を開いている。

 だが、黄泉路が所属する三肢鴉はそれとはまた別。非合法に対し非合法でもって対抗する、いわば地下組織だ。

 廻がどちらを指しているかは明白であった。しかし、それには黄泉路は顔を顰めざるを得なかった。


「僕はまだ戦えないけど、黄泉路さんみたいに誰かのために立てる人になりたい。お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、僕を守ってくれていたから。守られた僕が、今度は誰かを守りたい」

「廻君にはみこころ園(ここ)があるんだよ? それでも、ここを捨てて、三肢鴉に来たいって言うの?」

「はい」


 力強く頷いた廻に黄泉路は頭を抱えた。

 巻き込みたくはない。それも、物理的に抗う力を持たない子供なら尚更だった。

 これからも将来があるはずの少年の今後を歪めてしまう事への重責を、どうにかして回避できないかと黄泉路は渋る。


「あそこ以外にもう僕の居場所はない。だから、僕は戦いたくなくても、戦うしかない。そうしないと不安だったから。……それに、知ってのとおり、僕は人殺しだ。たぶんこれからも、人を殺す。

 人を殺すんだから、当然、僕自身も殺されるかもしれない。知り合った人、仲良くなった人が死ぬかもしれない。

 ……廻君。きみが付いてきたいって言ってる場所は、そういう所なんだよ。だから、僕は廻君を勧誘できない。したくない」


 つい最近、美花を失うかもしれないという恐怖を感じたからこそ、黄泉路は強い忌避感を覚えていた。

 黄泉路の明確な拒絶に、廻は一瞬返す言葉を無くし、それでも食い下がりたいという風に子供らしいくりっとした目が泳ぐ。

 やがてその視線が黄泉路の隣に座った近い歳の少女――姫更を捉える。


「でも、じゃあ、どうしてそっちの――姫ちゃんさんは良いんですか。僕とそんなに歳だって変わらないはずなのに」

「姫ちゃんは――」


 痛い所を突かれ、黄泉路がどう答えようかと口を開きかけるが、それよりも早く、今までもくもくと茶菓子を食べていた姫更が顔を上げる。


「わたし、も、ここしか、しらないか、ら」

「え?」

「うまれたときか、ら。そうだった。パパとふた、り。いろんなとこ、てんてん、と。だから、わたし、も。よみにいといっしょ」


 両腕でテディベアを抱き、ぬいぐるみの頭を撫でながら語る姫更の言葉に衝撃を受けたのは、黄泉路も同じであった。

 歳の割には言葉が拙い――比較対象が廻のような、精神年齢の高い大人びた子でなくともだ――のは、そういった理由があったのかと、初めて知る姫更の境遇に同情が沸く。

 これからはもっと積極的に話す機会を作って、少しでも会話できるように努めよう。黄泉路がそう内心で決意していた時、廻は自身の失言に口をきゅっと引き締めていた。

 自分と同じように幼いはずなのに、黄泉路の隣にいる少女に嫉妬した。そう自覚したのは口に出してからで、姫更の境遇を知ってしまえば、そんな淡い嫉妬心は瞬く間に鎮火してしまい、残るのは無遠慮なことを言ったという羞恥心だけであった。


「あの、姫ちゃん……さん。ごめんなさい」

「なに、が?」

「失礼なことを、言ったから……」

「なにも、ない、よ?」


 裏表もなく、ただ本当に何が失言だったのかを理解していない様子の姫更に、ますますもって情けなくなる。

 黄泉路の話を聞き、自身を迎え入れたくないという理由も正しく理解していた廻ではあったが、歳相応の青さからくる意地で引き下がれなくなっていた。

 つい口に出してしまった境遇についての話ですらも、黄泉路はおろか姫更すらも、どうしようもない理由があっての事だと知ってしまえば、これ以上わがままを言って食い下がるわけにもいかないと、廻は静かに嘆息していた。

 そんな廻に黄泉路はかける言葉もなく、ただただ気まずい空気が流れる。


「よみにい」

「ん?」

「めぐるも、わたしといっしょ」


 姫更の言葉に唖然としたのは黄泉路だけではない。廻自身、姫更から援護が飛んでくるとは思っていなかったからだ。


「パパもママも、いない、なら。いるばしょ、を。えらぶ、のはじぶ、ん」


 姫更は当然のこととばかりに言いながら、ふたりの反応など気にも留めずに能力で手元に真新しいペットボトルを取り出してジュースに口を付ける。

 親族が居ないということは、一番の頼るべき相手が空いているということ。そこに誰をいれるのかは、本人次第。

 そういわれてしまえば、黄泉路自身、覚えがあるからこそ否定することはできない。


「めぐるは、よみにい、かぞくにしたい?」

「っ!」


 問われ、廻の目が黄泉路と姫更を行き来し、頷く。

 年少ふたりのそんなやり取りに黄泉路は理屈や感情の上での説得をあきらめ、現実的な部分での問題点を指摘する事にした。


「でも、どっちにしても僕の一存だけじゃどうにもならないよ。孤児院から引き取るにしたって手続きとか色々あるんだし」

「それでしたら、問題はありませんよ」


 こればかりは、黄泉路にとってもどうしようもない事柄だ。聡い廻ならばすぐに理解してくれるだろう。

 そう思って口にした建前に水をさしたのは、しばらく前に退出した園長であった。

 その手に持ったカップと茶菓子から、長い時間話し込んでいた黄泉路たちに対しての気配りであることは窺えたが、その言葉の意味するところを把握できず、黄泉路は問う。


「――園長さん。どういうことでしょう?」


 茶菓子を置き、今度は退出せずに廻の隣へと腰掛けた園長は緩やかに口を開く。


「以前から、朝軒くんには相談を受けていたのですよ。ほら、朝軒くんは、能力で貴方がくるのを知っていたでしょう。その時から、今日のために相談をしてくれていたんです」


 確かに、黄泉路があらかじめやってくることと、その日を知っているならば、根回しをする事は可能だ。

 機転が利き、年齢よりも精神的に成熟しているとはいえ、幼い廻がそれをしないと頭のどこかで高をくくっていた黄泉路は納得と同時に諦めた様に園長の言葉へと耳を傾けた。


「私としても困りまして、そちらの支部長へ相談をしていたのですよ」

「それで、返答はどうでしたか?」

「はい、支部長さんからは、迎坂さんが良しとするならば、仮所属という形で引き取ることも吝かではないというお返事をいただいています」

「それは具体的にはどういった形になるんでしょう?」

「正しく義務教育を受け、学校へ通う事を条件として、そちらの支部に住み込みというお話をうかがっております」

「活動については何か?」

「基本的には参加させないという事で合意しました」

「……そうですか」


 大人同士で話し合いがすんでしまっているのならば、後は黄泉路に出る幕はない。

 厳密に言えば、これは廻を支部へと呼ぶことに黄泉路が同意するのであればという条件付があるのだが、黄泉路自身、先ほどまでの姫更の言葉や、廻の態度から、自分ひとりだけで反対しているような気がしてしまっていた。

 どうしようかと悩みつつ視線を向ければ、姫更は小さく首をかしげて黄泉路を見上げていた。


「どうしたの?」

「……よみにい。めぐる、かぞ、く?」

「そうなるかもしれないね」

「めぐる……おとうと……」


 どことなく、うれしそうに微笑んだ姫更をみて、黄泉路は観念する。

 最後に確認するように、黄泉路は廻へと顔を向けた。


「廻君。ほんとうに、僕たちのところに来たい?」

「はい! 黄泉路さんの所が良いんです」


 元気の良い廻の返事に、黄泉路は小さく頷いてから息を吐いて、真剣な面持ちで園長へと視線を向ける。


「……園長さん、廻君の引き取りなんですけど、養育費とかはどうなってますか?」

「養育費ですか? たしか支部が負担するという話でしたが」

「それ、僕が受け持ってもいいですか?」


 せめて、それくらいは自分が責任を取りたい。

 義務感からではなく、自分なりのケジメとして黄泉路はそう提案した。

 廻の最後の家族を守れなかったから、新しい家族として、朝軒夫妻に代わって廻を守ろう。

 その決意が宿った瞳を受け止めた園長は静かに頷いた。


「わかりました。そのようにお話させていただきます」




 その日、夜鷹支部に新たなメンバーと、家族が増えた。

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