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5-47 みこころ園7

 朝軒廻という少年が祖父母の家に身を寄せていたのは、両親が事故死したからであった。

 少年には祖父母以外の親族は居らず、その祖父母もまた、先の事件によって他界してしまった。

 廻に残されたのは、自分が助かったという現実と、誰も残っていないという空虚感であった。


 祖父母の葬式は近隣の住民と――笹井という駄菓子屋の店主が請け負ってくれた。

 形ばかりの喪主として眺める葬式は味気ないものであった。

 表に出さずとも確実に憔悴していた心が正しく機能を回復し始めたのは、葬儀が終わり、警察から形ばかりの事情聴取を受け、自身の身の振り方を考える段になってからであった。

 だが結局のところ、選択肢はそう多くない。

 身寄りがないということが最大の要因でもあるが、これからの人生をどうするべきかなどという展望を、いくら年齢よりも大人びているとはいえ年端もいかない少年が持ち合わせているはずもない。

 故に、誘拐後の保護や葬儀の手伝いを請け負ってくれた笹井の薦めに従い、孤児院に身を寄せる事になったのは自然な流れであった。


 紹介された施設の名前はみこころ園。由来は、施設を作るに際して多額の出資金を出してくれた人の苗字からだそうだ。

 そのような話を入所時に表情を硬くしていた廻に対し、気を解そうと話を振った園長から聞いたものの、廻の耳には右から左へと流れてしまっていた。

 というのも、自身と特に関わりがなさそうな話であった事に加えて、あらゆる未来にかかわる要因(・・・・・・・・・)が溢れた場所に移った事で気を張っていたからだ。

 自室として宛がわれた部屋は部屋の両端に2段ベッドが備え付けられており、4人部屋であることが窺えたものの、一番新しい入所者という事もあって実質の一人部屋であった事に廻は安堵していた。

 誰かと一緒にすごす時間が多くなるという事は、その分その誰かを巻き込んでしまう可能性があるという事だからだ。


 廻は能力の制御が出来ない。

 未来に存在する自身の危機に際し、自動的に過去の自分へと予知が降って来る。それが朝軒廻の持つ【未来(エンハンス・)予知(ヴィジョン)】であり、廻に出来るのは発動を封じる事ではなく、自発的に発動させる事だけであった。

 事件以降、予知が暴発(・・)した事がないのは幸いではあるものの、いつまた発生し、その回避の為に周囲を巻き込んでしまわないかで息を詰めていた時のことだ。

 廻に対して面会をしたいという女性が現れた。

 初めは何の間違いだろうと廻は思った。身寄りがないが故に施設に入所し、それから数日と経たずに会いにくるような女性に心当たりがなかったからだ。

 だが、女性が心理療法士として能力を抱えた子供のケアをしているという話を園長から聞かされ、会うくらいならばという気持ちが芽生えた。


「やぁ。はじめましてーぇ。私は御心紗希(みこころさき)という。君に協力させて貰いたくてねーぇ」


 後で知った事だが、女性――御心紗希は、施設に多額の出資金を出した張本人であった。

 初日こそ廻は自身の能力への不安や、環境の変化に順応するのがやっとで碌に話もできなかったものの、その日から毎日のように足しげく通ってくる紗希の姿に、事件の前に朝軒邸へと足を運んでいた黄泉路を思い出し、徐々に紗希に対する壁が薄くなっていった。

 紗希と知り合って一月弱が経とうという頃になると、世間話程度ならば気兼ねなく話せる程度には打ち解ける事ができ、能力が発動する事もなかった為、廻の中にも多少なりの余裕が生まれ始めていた。

 職業柄、多くの能力を持った子供を見てきたという紗希の口ぶりは穏やかで、決して廻を子供扱いしようとはしなかった。常に聞きの姿勢で話を振ってくれる紗希に、廻の口は知らず知らずの内に言葉を吐き出していった。

 これまで押し留めていた事件に関する話や、自身の能力についての話。そして――自身を、助けてくれたお兄さん(・・・・)の話。

 それらを相槌を打ちながら聞いていた紗希が、不意に提案する。


「その未来を見通す能力、今使えるのかい?」

「え……」


 廻は唐突な提案に驚いた――それと同時に、困惑と、明確な怯えに身が竦む。

 その様子を想定していたように、紗希はわずかに姿勢を変えて身を引くような体勢を示し、害意や好奇心からの提案ではないと示すように言葉を続ける。


「話を聞くに、使えなくなっている訳じゃーぁ無いみたいだからねーぇ。それでも自動的な発動――暴発が無いって事はーぁ。もう既に、君は代償を乗り越えている、と、私は思う訳だよーぉ」

「代償を、乗り越える?」

「そうさーぁ。君の未来予知の起点は“自分の死という終着点を先読み”であり“未来からの逃避”だ。それはあくまで“逃避”でしかない。立ち向かうことをしなかった」

「……」

「けれど、君は“確定した現在を変える為に”能力を使った。それによって君自身の“自分の死(トラウマ)から脱却した”のではないかなーぁ?」

「でも――そんな……」

「より端的に言おうかーぁ。君が一番最後に能力を使ったその瞬間。それは――未来に立ち向かうため(・・・・・・・・・・)に使ったもの、だったんじゃぁーないかい?」


 言われて、廻はハッとなった。

 確かにあの時、廻は未来から逃げるため(・・・・・・・・・)ではなく、未来を変えるため(・・・・・・・・)に、黄泉路へとメッセージを残していた。

 下手人から逃げるためではない。下手人に一泡吹かせる。その一心でペンをとり、紙に殴り書いて、男が見向きをしない場所に引っ掛けたのだった。

 そして、結果はすでに出ている。自身の生存という、確かな結果が。


「君はもう気づいてるはずだよーぉ。賢いからねーぇ」

「……僕は、もう、大丈夫なんですか? もう、怯えなくて、いいんですか?」

「それは君の気持ち次第だ。私が能力に対して提唱する理論なんだがねーぇ」



 ――能力とは、その人の心を映す鏡である。



 そう、紗希は締めくくるように口にして席を立った。


「今日で君に対する往診も終わりだねーぇ」

「そうなんですか?」

「ああ。だって君は、もう自分の能力はどう使うべきか(・・・・・・・)、わかってるんだろーぅ?」


 席を立ち、カルテを仕舞い込んだ紗希の茶目っ気を孕んだ問いに、廻はしばし考えた末に小さくうなずく。


「はい。――僕の能力は、より良い未来を掴む為に使います。僕を……生かしてくれた人の為にも」

「ああ。良い回答だねーぇ」


 カラカラと笑った紗希がひらひらと手を振って応接室を出てゆく。

 見送る廻の表情は、どこか憑き物が落ちたようなすっきりしたものであった。

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