5-46 みこころ園6
涙もひとしきり流し終わり、落ち着いてひと段落した所で扉が叩かれる。
入ってきたのは先ほどお茶を持ってきてくれた職員であり、廻の前にホットミルクをだし、姫更の要望に応えてココアを補充した後に退出してゆく。
それを見送り、運ばれてきたミルクに口をつけた廻は改めて口を開く。
「……お互いの話を、しませんか?」
「そうだね。僕も、廻君に聞きたいことが増えたし」
「僕のほうは取り立てて大きな事件とかはないので、よければ黄泉路さんの方から」
「分かった」
新しく運ばれた茶に口をつけつつ頭の中でどこまで話せるかを取捨選択しようとするも、結局は朝軒邸での事件以降の近況をぽつぽつと語りだす。
他の面々とは違い、黄泉路は三肢鴉としての顔しか持ち合わせておらず、その辺りを丸々隠して語るには難しかった事。
加えて廻と知り合ったのはその三肢鴉の依頼を通してであり、誘拐事件の後、事件としてニュースに取り上げられているぼかされた報道であっても、当事者ならば黄泉路が何をしたかは察してしまえるだろう事。
とどめに、先の地下施設の事件の被害者であった子供たちがこの施設に身を寄せており、黄泉路の与り知らぬ所で廻が話を聞きかじっていても不思議ではなかった事。
それらを加味した結果、誤魔化す意味がないという結論に至ったからだ。
そこには黄泉路があれ以降人を殺していないからという自負も大きな要因であった。
「やっぱり、活躍してるじゃないですか」
「そんなことはないよ。さっきも話したけど、僕はまた足を引っ張ったばかりで」
「そのあとちゃんと助けて撃退して、目的は全部果たしているじゃないですか」
話を聞き終えた廻は感想を漏らし、黄泉路の生真面目な受け答えにあきれ半分といった具合で小さく笑う。
そんな表情が出来る子供というのも中々に奇特だが、それを向けられた黄泉路が言えることではない。
ややあって、廻は苦笑を引っ込めると、次は自分の番といった具合に口を開いた。
「それじゃあ、次は僕の話、聞いてもらえますか?」
「勿論。僕も気になってたから」
「分かりました……あの事件の後、僕がこの施設に預けられた経緯は、たぶん黄泉路さんの方が詳しいでしょうから、その後の事から話しますね」
とはいえ、廻の生活は施設へと移った事以外平和そのものであり、大きな出来事といえば1ヶ月ほど前に新居住者の大規模受け入れがあった事と、それに関係して歓迎会やらの準備に駆り出された事くらいであった。
それらを楽しげに語る廻に、黄泉路は本心から良かったと思いつつ相槌を打っていた。
「――と、あの事件からの僕の生活はそんな所です。別に黄泉路さんを安心させようと思って大げさに話したりはしてないですよ?」
「あはは。分かるよ。廻君がちゃんと生活できてるみたいで、安心した」
「ありがとうございます。……後ひとつ、黄泉路さんが気になってた話もするべきですよね」
気になっていた事、というのは、十中八九廻の能力に関することだろうと、黄泉路は姿勢を正す。
あの重大なリスクのあった能力が、リスクを負わずに発動できるようになったのかの経緯は、未だ話されていない。
黄泉路の聞く雰囲気が変わった事を察した廻は、すでに熱が抜けたミルクの最後の一口を飲んでから話し始める。
「実を言えば、あの日以来、能力で死を引き寄せることは無くなってたんです」
「……え?」
至極まじめな顔で告げる廻に、黄泉路は呆気に取られたように声を上げてしまう。
朝軒邸を舞台にしたあの事件の発端は、廻の能力の副作用に起因するものであったのだから、それが唐突に立ち消えたとなればその原因が気になるのは当然といえる。
「そのことに気付いたのは、結構後になってからだったんですけどね」
「どうして気付いたの?」
「きっかけは、ここに時折――たぶん、能力に関係する事情で入所した子が来たら、ふらっとやってくるお医者さんがいるんです」
先ほども来ていたみたいですが、お会いしましたか? と。問いかける廻に、黄泉路は咄嗟に返答に詰まった。
会うも何も、先ほどまでこの場で会話をしていた。
あの人物が廻の能力の不利益を取り払ったのだと知っていたならば、しっかりとお礼を言いたかったと、過ぎ去った事に対する惜しさを苦笑に滲ませ、黄泉路は応える。
「ああ。うん。ついさっきまで、ここで少し世間話をしたよ。廻君の恩人だって知ってたなら、もっとちゃんとお礼を言えたのになぁ」
「あはは。あの人、そういうタイプの人じゃないですよ」
確かに、恩を着たがるようなタイプには見えなかったななどと、去っていった女性を思い返して納得する。
それに、と。廻は続ける。
「やっぱり呪いを解いてくれたのは、黄泉路さんですから」
「僕?」
今度こそ本当に心当たりがないが故に、真正面から向けられた純粋な感謝が表れた笑顔に黄泉路は思わず面食らう。
黄泉路の驚いた表情が可笑しかったのか、廻の笑顔に僅かな、年相応の無邪気さが混ざる。
「気づかせてくれたのは紗希先生です。でも、やっぱり、助けてくれたのは黄泉路さんですよ」
そう言いながら、廻は茶菓子として用意された一口サイズのマドレーヌの袋を開けて口に含む。
ゆっくりと咀嚼して飲み下してから、みこころ園に来てからも自らの能力に怯えていた時に、紗希とのカウンセリングについてを語りだした。