5-44 みこころ園4
ややあって、職員らしい女性が先ほどの女性に出していたものと同じカップに紅茶を淹れ、トレイに幾ばくかの茶菓子と砂糖、ミルク等を持って現れる。
心理療法士の女性が残したカップを手馴れた所作で片付けつつ配膳を行い、扉近くで礼をして去ってゆく。
「……どうぞ。本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ押しかけてしまって申し訳ないです」
当たり障りのない会話を切り出してくれたことにほっと内心で息をつきながら、黄泉路は出された紅茶を手に取る。
外では秋を感じさせる風が吹いている事もあり、暖かい紅茶はそれだけでも十分においしいと思えた。
黄泉路の隣ではホットココアを出された姫更がゆっくりと温度を確かめるように口をつけている所であった。
「紹介状には、迎坂さんが先の“受け入れ”の際にご活躍した旨、その身分を三肢鴉が保障する旨が書かれていました。子供たちに代わりまして、改めてお礼を申し上げます」
「僕は……はい。皆が元気そうで良かったです」
未だに納得し切れていない事で賞賛される事に居心地の悪さを感じつつも、苦笑で応えた黄泉路の表情で何かを察したらしい。
園長は話を区切るべく自らのカップに口をつけ、一息入れてから再度黄泉路へと視線を向けた。
「ですが、先ほどのお話を聞くに本日の用件は別件らしいですな。詳しいお話をお伺いしても?」
「はい。こちらの施設で預かっていただいている朝軒廻君について、どうしてももう一度会って直接話がしたくて訪問させていただきました」
「朝軒くんは、能力事件に巻き込まれて天涯孤独になった子ですね……では迎坂さん、貴方が?」
小さくうなずいて、黄泉路は姿勢を正す。
引き取った後でいくらでも話を聞く機会はあっただろうし、園長という立場であるならばある程度の事情を知っていてもおかしくはない。
黄泉路という存在がどういう人物なのかも、機会があれば容易に知れただろう。
園長がどの程度の情報を得ているかが不明であるため、黄泉路は勤めて誠実であろうとしていた。
眼をそらさずに神妙な顔で言葉を待つ黄泉路に、園長は静かに微笑む。
「そう硬くならずとも、大丈夫ですよ。先ほどもおっしゃられていたでしょう。朝軒くんならば会っても大丈夫だ、と」
「え、ええ……ですが、ここでの決定権は園長さんにあると思います」
「構いませんよ。私はここの責任者ではありますが、子供たちの傷や事情と向かい合う専門家ではありません。その専門家である先生が太鼓判を押したのですから、私からは断る理由はございません」
「ありがとうございます!」
「先ほど、職員に朝軒くんに声をかけてくるように言って置きました。朝軒くんさえ会う気ならばそろそろ来る頃でしょう」
本人に会う気があるならば。
それこそが黄泉路が最も恐れていた言葉であった。
こうして会いに来ていること自体がすでに黄泉路のわがままであり、廻にとっては喜ばしくない事だと認めた上での行動であったが、いざ選択が廻に委ねられている事を聞けば落ち着いてなどいられない。
「……」
じっと待つことそのものがもどかしく感じる中、姫更が茶菓子のひとつずつ小分けされた袋を開ける音が響く。
「失礼します」
それから、実時間ではほんの数分。黄泉路にとっては長い時間が経過した後、扉の外から控えめな少年の声が聞こえてきた。
「あいてますよ。どうぞ」
黄泉路の心が理解し、受け止めるよりも早く、園長に促されて一人の少年が入ってくる。
日差しの下で色素が抜けた健康的な茶髪は以前より少しばかり伸ばされている様で、首にかかった髪が襟に乗っている。
黄泉路を見つめる鳶色の瞳からは何種類もの感情が混ざり合って内心を読むことはできないが、少なくともこの場に顔を出す程度には、黄泉路に対して思うところがあるらしい事は、心の準備ができておらず動揺していた黄泉路であっても理解できた。
あれから数ヶ月経ち、ほんの少しばかり身長が伸びたのだろう。以前のような簡素ながらも上質さが分かる服装ではなく、施設の資金で買い与えられる範囲での衣類のようであった。
「……お久し、ぶりですね。黄泉路さん」
とっさに声を出すことができずにいた横に座っていた姫更が黄泉路の服の裾を引く。
それによってわずかに思考が姫更へと流れ、それによって余裕が浮かんだ黄泉路は改めて席を立って廻に向かい合う。
「……うん。久しぶり。廻君」
それだけをなんとか吐き出した黄泉路に対して、廻は突然ぷっと吹き出す。
くすくすと、控えめにしようとして失敗してしまったような笑い声を上げる廻に対して、困惑した黄泉路はどうすることもできずに立ち尽くしてしまう。
「ふ、く、はは。……なんて顔してるんですか、黄泉路さん」
「え……?」
「大丈夫です。僕は、ちゃんと黄泉路さんが会いにくることは知っていましたから」
にこりと、廻は笑いながら言うのだった。




