5-42 みこころ園2
施設の門をくぐれば、施設を囲む花壇と、そこに面するように位置した大きいとはいえない駐車スペースが黄泉路たちを迎える。
駐車場は職員用と来客用にわけられている様で、職員用の駐車スペースには園所有のものらしい車が数台の他は一般車が数台停まっており、この施設が現在も正常に稼動している事を示していた。
施設の規模に対して車が少ないとは感じるものの、黄泉路はこのような施設に来ること自体初めてであり、必要な職員の数などわかろうはずもない。
来客用のスペースにも一台だけ車が停められている事がわずかに興味を引いたものの、姫更に手を引かれている現状ではあえてそちらに寄り道する意味もない為、黄泉路は素直に施設入り口の前に立つ。
自動扉が左右に開くと、ほんのりと涼しい風と共に、聞こえていた子供の声がより強くなる。
ホールとも呼ぶべきやや開けた場所へ立ち、職員がいやしないかと視線をめぐらせて見るものの、誰かが応対するという様子もない。
黄泉路は姫更へと視線を向ける。
「どうしようか?」
「さが、す?」
「館内図があればいいんだけど……」
職員に会えば勝手に施設内を歩き回ったことを咎められるかも知れないものの、紹介状を預かっていることと、玄関先で誰も応対してくれなかったことも含めれば大事にはならないだろうと判断し、まず歩くにしても目的地を明確にする必要があると館内地図を探す。
付近を見回し、それらしいものがない事で黄泉路は仕方なしに廊下が続くほうへと歩き出そうとした時だ。
「――あれ? お兄ちゃん?」
「うん?」
廊下の奥から顔を出した少女が、不意に黄泉路を見たとたんにそう呼びかけた。
やや離れ、暗がりだった事もあって黄泉路は思い当たる節もなく首を傾げ返してしまうが、それでも少女は一度確信を抱いたと共に黄泉路のほうへと駆け寄ってくる。
「やっぱりお兄ちゃんだ! 久しぶりです! 私のこと覚えてる?」
「――ああ、えっと、たしか、谷内、ちゃんだったかな?」
「はい。あの時はありがとうございました!」
黄泉路の前へとかけてきた少女――谷内は、先日黄泉路が美花と共に救出した地下施設で実験体にされていた子供であった。
あの時とは打って変わり、黄泉路の目に映る少女の様子は健康的だ。
年相応の運動性を重視しつつもおしゃれに目覚め始めたといった具合の心情が折衷されたような、淡い桃色を基調としたシャツとキュロットスカートからくる印象もあるだろうが、何よりも黄泉路をそう安心させたのは楽しげな表情であった。
「元気にしてるみたいだね。良かった」
「はい! みこころ園の人には良くしてもらってます。下にいた子たちとは離れ離れにならずに済んだし、それもこれも、お兄ちゃんのお陰です!」
屈託なく笑う谷内に、黄泉路は喉まで出掛かった言葉を飲み下してあいまいに笑いかえす。
自分はそんなに感謝をされるほどのことはしていない。本心としてそう谷内に言った所で、栓のない事だからだ。
言葉を飲み込んだお陰で会話が途切れたのをきっかけに、谷内の視線が黄泉路から、その手をつないでいる歳の近い姫更へと向く。
「こんにちは! お兄ちゃんの妹さん?」
「ん」
「あはは……ごめんね、姫ちゃんは、ちょっと、人見知りだから……」
「そうなんだ。お兄ちゃんたちは、ここの人じゃないよね?」
入って少し経つけどふたりを見たのは今日が初めてだし、と。谷内が首を傾げて再び黄泉路へと話の矛先を変える。
幼いながらにも施設育ちということもあり、姫更がぐいぐいと押されることを好まない性質であると見て切り上げる。この歳をして処世術を身に着けている谷内であった。
黄泉路も現状のホールでの立ち話という状況を打破できそうな話題でもあったため、これ幸いと乗っかることにして僅かに黄泉路の後ろへと隠れた姫更に苦笑しつつここへ来た理由を告げる。
「うん、今日はちょっと用事でね。園長さんに紹介状を渡さなきゃいけないんだけど、地図もないからどうしようかなと思ってて」
「あー、そういうこと。いいよ! 私が案内してあげるね!」
「助かるよ」
ついてきて、と。先導して歩き出す谷内を追って一歩を踏み出した黄泉路のあとを、姫更の小さな足が続く。
入り口のホールの奥はガラス戸が設置されており、開いた瞬間に施設外にまで響いていた子供たちの騒ぐ声がひしひしと耳を打つ。
廊下を走らない、等といった可愛らしい張り紙をよそに、すれ違う年少の子供が時折駆けてゆくのを谷内が咎めたり、黄泉路たちを見慣れぬ子供たちが遠巻きに観察するような目を向けてくる中を通り抜け、階段を上る。
3階にたどり着くと、子供の喧騒を階下に置き去ったように遠く感じられた。
どうやら3階は子供たちの為の設備ではなく職員や来客用の設備が多くそろったフロアになっているようだ。
「はい、ここが応接室だよ。園長先生を呼んでくるから、中で待っててね!」
「ええっと。良いのかな?」
「いつも来客の人はそんな感じだし、良いと思うよ?」
案内は終えたとばかりに小走りで離れていく谷内の背に注意すべきかどうか迷うものの、結局は施設の人間ではない自分がそれを言うのもどうなのだろうと逡巡する間に見えなくなってしまった黄泉路は僅かに嘆息して姫更を見る。
「……谷内ちゃんもああ言ってたし、入ろうか」
「ん」
応接室と刻まれたプレートのついた茶色の扉を軽く叩き、黄泉路は扉を開けた。
扉を開けた途端に冷房の効いた涼やかな空気が廊下にあふれ出して黄泉路の手をすり抜け、微風と共に室内の情景が現れる。
「おや?」
来客用と思しきソファに身を預けた女性が、いましがた口をつけていたらしいカップから口を離し、黄泉路たちへと顔を向けていた。