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5-40 ケジメと代償2

 幾ばくかの沈黙の後、淹れ立てのお茶で口を湿らせてから果は緩やかに口を開く。


「……何故、私が行方を知っていると?」

「他の支部の管轄になっていても、元はといえば僕が受けた依頼です。僕らの依頼を管理している皆見さんが知らないはずがありません」

「そうですね。たしかに、私は時軒廻さんのその後の動向について承知しています」


 いつもの果――皆見の、人を見極めるような目が、黄泉路を捉えて離さない。

 その眼力を真正面から見据え、黄泉路は答える。


「廻君に会わせて下さい」

「私には黄泉路くんが時軒さんにお会いしなければならない理由が思い当たりませんが?」

「廻君に、もう一度しっかりと謝りたいんです」

「事件の仔細なら聞き及んでいますが、朝軒さんは黄泉路くんを責めない、そう仰ったのでしょう?」


 確かに、これは黄泉路の我侭なのかも知れなかった。

 それでも黄泉路は、廻ともう一度向き合わねばならない。


「それは、廻君の気遣いだと、思っています。僕はそれに甘えられる立場じゃない。それでも、甘んじて受けるべき配慮だという理解もあります」

「ならば何故、今更……と言っては失礼ですが、今になってその意見を覆そうとする理由は何でしょう?」


 諭すような果の言葉に、黄泉路は小さく息を吸う。

 黄泉路は廻に、守ると言った。助けると、そう約束した。

 にも拘らず黄泉路は廻の祖父母を守れなかった。それは、言い訳しようのない事実だ。

 だからこそ謝罪が――否、一度破った約束を、もう一度守りに行かなければならない。


「約束を、したんです」


 ぽつりと吐き出された黄泉路の言葉に、果は何も言わず、態度で促すように示す。


「僕は今回、ケジメのつもりで依頼を受けたいと言いました。もう二度と、廻くんのような子を増やしたくない。僕が依頼をこなす事で助かる人が居るならと。……それに偽りはありません。だけど、心のどこかで、失敗を挽回して、ここが僕の居場所なんだと、三肢鴉に必要な人間なんだって思ってもらいたいと……そんな考えが確かにありました」


 気づけば懺悔の様な調子になっている事を自覚しつつ、黄泉路は本題へ向けて小さく息を吸う。

 決して、これ以上逃げない。自分の本心にも、過去の失敗にも。


「……でもそれは、廻くんとは何も関係がない。ただの僕の自己満足です。だから、僕はちゃんと廻くんと向き合わなきゃいけないんです」


 搾り出すような黄泉路の告白が室内を静かに揺らした。

 静かに聞き入っていた果は、黄泉路の言葉の余韻が消えた後も、じっと逡巡するように瞳を閉じていた。

 殊更緩やかに時間が流れるような感覚に焦れる気持ちが僅かに燻りはするものの、自身がこれ以上語るべき言葉も無い事を自覚しているからこそ、黄泉路はしっかりと果を見据えて待っていた。

 やがて、目を閉じたまま湯のみをそつのない動きで手元に寄せて口へと運んでから、果はゆっくりと口を開いた。


「……わかりました。朝軒さんが現在身を寄せている施設への紹介状を書きましょう」

「それじゃあ――」

「あくまで、私が行うのはあくまで紹介状を書くところまで。施設のほうで朝軒さんと会えるかは保障できませんよ?」

「いえ、それだけでも十分です。ありがとうございます」


 逸る気持ちを抑え、黄泉路は出来る限り冷静にうなずいてみせる。

 あくまで、黄泉路としては平静を装ったつもりであっても、果のように人を見る事が仕事の人間からすれば、その繕い方は粗だらけで、少しでも早く会いに行きたいのだと言う気持ちを隠しきれて居なかった。

 そんな黄泉路の様子に外見相応の内面を見て取った果は小さく微笑んだ。


「今は平常業務中ですから、夜にでも支部長室のほうへ来て下さい。そちらで紹介状を渡しますので」

「わかりました。ありがとうございます」


 嗜めるような果の調子に、さすがにすぐすぐ貰える訳でも、貰えたからと言って即出発できるわけでもない事を思い出した黄泉路は僅かに顔を赤らめながら礼を口にするのだった。




 白い蛍光灯が灰色の景色を彩り、真新しい本棚と、そこに並べられた漫画を照らす。

 時刻は既に夜とよんで差し支えない頃合になっており、外は深く夜の闇が覆い始めている時間だ。

 だが、地下に備え付けられた窓もない部屋では時間の経過など、壁にかけられた時計でしか判別できず、多少の殺風景さは緩和されたものの本棚自体の使用頻度がまだまだ少ない事を示す蔵書の少なさもあって、やはりどこか借り物の部屋という印象がぬぐえない室内。

 簡素なベッドに仰向けになったまま、黄泉路は封筒を明かりに透かすように翳していた。

 そこにあるのは一通の紹介状だ。

 児童養護施設の名前が書かれたそれを眺めながら、黄泉路はその封筒を渡された際の事を思い返していた。


「こちらが紹介状になります。三肢鴉の関連組織が運営していますから、その書状を持っていけば問題ないでしょう」

「ありがとうございます」

「ああ、そうそう――これはあくまで私からの提案なのですが」


 果がそう言葉を切り、封筒を受け取ろうとした黄泉路の手を止める。


「今回、狩野さんにも非があった事は重々承知しています。お互いの間で解決済みだという事も。……ただ、今回狩野さんが負傷した事で、我が支部は暫くの間は活動を鈍らせざるを得ない事はご理解いただけますね?」


 無言でうなずき、黄泉路が姿勢を正せば、咎める様な調子になっていたのに気づいたのだろう。果は僅かに目を瞠って、先ほどよりもやや早めの言葉で取り繕うように続ける。


「ああ、いえ、別に責めているわけではないのです。狩野さん本人が治ったといっていても、彼女はああですから。暫く検査などで養生させるのは、担当医の薬研さんとの取り決めでもありますし」

「そうなんですか?」

「ええ。だから、鈍ってしまう活動を……黄泉路くんさえよければですが――」


 そこまで思い返し、黄泉路はぐっと腹筋に力を入れて起き上がる。

 自然と視界に映りこむのは、真新しい本棚と、そこに納められたひとつのタイトルだけの小説と漫画だ。


「……カガリさんと組んで、美花さんの代わりを務める、か」


 以前、黄泉路の態度を気遣って、居場所作りを手伝ってくれたカガリと組む事自体、否やは無い。

 さらに言えば、美花も果もああは言っていたが、黄泉路にとっては今回の過失は、間違いなく自身にあると思っていた。

 故に、黄泉路はその提案を一も二もなく引き受けたのだった。

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