5-35 ハートフル22
◆注意◆
心理的グロ要素を孕む為、苦手な方は読み飛ばしてください。
あとがきの方に何があったかだけ箇条書きにしておきます。
しっかりと拳を振りぬいた黄泉路はじんと帰ってくる手応えに、思わずやりすぎたかなと一瞬不安が過ぎる。
だが、心蝕者の焦点の合わない目が徐々に正常に戻ってくるにつれて、黄泉路はさてどうしようかなと次の行動の思案に移っていた。
「か、ァ……あ――」
「ああ。やっぱり口が切れちゃったみたいだね。まぁ、美花さんを撃ったのはさっきので許すよ」
「て、め……」
「で、早速だけど。説得をはじめるよ」
「――な」
淡々と、必要事項を埋めるだけのように語り掛ける黄泉路に、心蝕者の背筋に冷たいものが走る。
どうみても大人しそうで、人がよさそうな自身よりも年下にしか見えない少年が暴力を全く躊躇しない。それも、説得とは名ばかりの拷問を始めようという姿に、心蝕者の脳内に遅すぎる警鐘が鳴り響く。
だが、現時点で能力を解除するメリットがどこにもない事を、心蝕者はよく理解していた。
今殺されていないのは、能力の解除条件に心蝕者自身の生死が含まれているかどうか、目の前の少年にわかっていないらしいという事でしかない。
それが判っていれば、黄泉路はすぐにでも自身を殺しただろうと、心蝕者は自身の経験からそう判断する。
故に、今は少しでも間を引き伸ばし、相手が守る可能性すらわからないが、出来る限りの有利な条件を引き出すしかない。
「もう一度言うよ。子供達の洗脳を解いて」
「はっ。んなこと言われて従がうバカがどこに――ぎィ!?」
ぺき。と、小気味いい音が、シャンシャンと鳴り響く音漏れを遮って心蝕者の芯に響く。
それと同時に腕を這い上がり、脳髄に突き刺さるような強烈な痛みに、紡ぎかけていた強気な言葉が殺ぎ落とされ、悲鳴が漏れた。
「……断るたびに、10数えるたびに、一本ずつ折るね」
「ば、てめ……何の冗談――」
「片手までなら暫くの間は不便だろうけど生活できないほどじゃないし」
「お、おい、マジ、やめ」
「じゅう。きゅう。はち。なな」
「な、なぁ、まて、まてよ、おい!! 聞いてんのか!?」
「よん。さん」
「あ、あ――」
「いち。……さっき小指だったから薬指ね」
パキリ。と、根元から逆側に反る様に捻じ曲げられた心蝕者の左手の薬指が稼動域を超える音が鳴る。
「ぎっ、が、ああぁあああぁぁあぁぁあぁああぁああッ!?」
それをかき消すような悲鳴を聞いても、黄泉路は小さくため息をつくのみで、流れるような動作で痛みに暴れる心蝕者を押さえつけ、掴んだままの左手を相手の目の前に持っていって告げる。
「……じゅう。きゅう――」
「ぁ、ひぁ……や、ま、なぁ、俺っち、この仕事で大金入る予定なんだよ、なぁ。マジ、山分けしようぜ?」
「ろく。ごー。よん。さん」
「う、うそ、全部、全額!! 全額やるから!! なぁ、頼むよ!!!」
「いち……大丈夫」
「え……?」
「中指までならギリギリ箸は持てるからさ」
「あああああああぁぁああぁああぁぁあぁ!!!!!!!!」
かみ合わない。会話をしているはずなのに、同じ言語を使っているとは思えない黄泉路の行動に、痛みによって脳が焼け落ちるのではないかという苦しさで心蝕者の眼から大粒の涙が伝う。
すすり泣き、嗚咽を漏らす心蝕者の頭に、既に交渉という文字はない。
あるのはただ、今まさに目の前で見せ付けるように自身の人差し指を握る少年の姿をした悪魔という存在にどうすれば許しが請えるかだけであった。
痛みが脳を揺らし、痛みの波が弱くなる頃に聞こえてくる、既に何秒とない平坦なカウントダウン。
数度繰り返されれば身体がその意味を覚え、秒数が少なくなる度に痛みへの恐怖と、何かを喋らなければという焦りで思考が散漫になり、再び激痛が突き刺さる。
左手小指から始まり薬指、中指、人差し指。左手の指の骨が全て折れれば右足の指へと続き、右足まで全て折られて右手にといったところで、不意にカウントが止まる。
「ああ。最初に聞くのを忘れてた」
「……?」
唐突に、心蝕者へと向けられた明確な言葉。
理解不能の状況に光が差したようにも思え、縋りつくような思いで心蝕者は黄泉路の言葉を待った。
だが、次に吐き出された言葉は、心蝕者にとって何の救いにもなりえなかった。
「どっちが利き手だったの? さすがに利き手から潰すのはかわいそうだと思って、右で銃持ってたから左手からにしたんだけど。もしかして左利きだった?」
「み、ぎ利き……です」
「そっか。よかった」
何もよくない!
そう叫びたい衝動が心蝕者の喉元まで溢れたものの、目の前の理解不能の恐怖がそれでどんなリアクションを返すか、逆鱗に触れてしまいやしないかという恐怖に飲まれ、言葉が詰まる。
「うーん。でも逆に、利き手じゃないからそこまで危機感がないし、曲がりなりにも苦痛は耐えられるって事なのかな」
首を横に振ろうとし、振動で折られた骨が悲鳴を上げる。
声を押し殺して黄泉路を見上げる心蝕者の目は既に恐怖に染まっており、ただただ、恐怖が過ぎ去ることだけを祈っていた。
「それじゃあ、再開しようね。次は右手小指だけど、大丈夫? このままだと両手足の指が全滅しそうだけど……あー。でも、順当に行けば指がおわったら腕と足とかかな?」
まるで、これから買い物に出るけど何か欲しいものはある? とでも尋ねるような気安さに、怖気がとうとう閾値を越えた。
心蝕者は黄泉路を理解しようとすることを放棄し、当初の延命や離脱のための交渉などとうに捨て去って、今の状況から少しでも安心したい一心で嗚咽混じりの懇願をはじめる。
「なんなんだよぉ……も、ゆる……ゆるじで……おねがい、じまずがら……」
「許すも何も。僕は最初からお願いしてるじゃない。洗脳を解除して。って」
「わが……わがりま……じた……お、おね……もう、やめ」
「とりあえず解除してくれないことには、判断に困るよ」
すすり泣く声が言語の意味を成さなくなり、既に泣きじゃくるような歳を越えた青年がひたすらに命乞いをしながら涙を流す光景に黄泉路は困惑してしまう。
「……もうちょっと根気がいるかと思ったけど。まぁいいや。順調である事に変わりはないし」
黄泉路自身の体験からくるものの中で、最も優しく後遺症が残りにくいものを選んだというのに、始まって数分足らずで音を上げてしまった相手から手を離す。
無論、演技であることも念頭に入れての警戒状態ではあったが、その用心も肩透かしに終わる。
ふっと、空気が緩むような感覚が黄泉路の肌を撫でる。
すると近くに立ったままで指示を出す所ではなかった心蝕者に放置されたままの少女の身体がふらりと糸が切れたように傾ぎ、鈍い音を立てて床へと倒れた。
黄泉路が続けて扉のほうへと眼を向ければ、入り口の端のほうに少年のものらしい手が、床に沿う形で投げ出されていた。
全体像はみえなくとも、少なくとも支配は解かれたらしいと納得し、黄泉路は心蝕者へと視線を戻せば、びくっと、明らかに怯えた表情の心蝕者の目が黄泉路を見上げていた。
「ひっ、あ、こ、殺さないで……」
「……殺さないよ。最初から殺すつもりなんてなかったしね」
「え、あ……ほん、とう……?」
これではまるで自分が悪者みたいだ。と、釈然としないものを感じつつも、黄泉路は本心から約束を口にする。
淡々とした様子そのものは変わらないものの、その声にはどこか先ほどまでよりも声に抑揚があった。
嘘をついている様子もなかったことから、殺されないという安心感からか、心蝕者の口から絶えず漏れていた悲鳴と嗚咽が途切れる。
ずいぶんと長い間聞こえていなかったように感じるヘッドフォンの音漏れだけが陽気に響く中、黄泉路が唐突に声を上げた。
「あ、そうだ! 美花さん!」
「っ!?」
事が終わり、黄泉路は次の行動をどうしようと考え、真っ先に美花の容態の事を思い出し、声を上げると共に立ち上がる。
唐突に話を切り上げて立ち上がった黄泉路に怯えの表情と共に息を詰めた心蝕者は、自らの上にあった重石が外れたことを喜ぶよりも、黄泉路が自身に背を向けて離れていく事そのものに、強い安堵を抱いていた。
そして、ずる、ずるとかすかな音を立てながら、黄泉路に気づかれないことを祈るように残された右手と左足でもぞもぞと立ち上がり、心蝕者はふらふらと部屋を出て行く。
敵を倒すという言いつけを守った子犬のような調子で小走りに美花のもとへと駆ける黄泉路がその事に気づいたのは、暫くたってからの事であった。
▽黄泉路の 説得(物理) 心蝕者は 心が折れた!
▽心蝕者の 指の骨が 半分折れた!
……おや、心蝕者の様子が……?
[>心蝕者は 逃走した!
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何を思ったのか丸々説得(物理)の描写。しかも無駄に長くなってしまいました。
普段の文量の1.5倍の拷問描写って誰が得s……僕が得したから長くなったんですね、はい。
次の話もお楽しみいただければ幸いです。