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5-33 ハートフル20

 痛みに顔をしかめた美花を気遣おうと口を開きかけた黄泉路を制するように、美花が先んじて声を紡ぐ。


「だ、いじょうぶ。急所は逸れてる」

「でも――」

「それ、より。アイツ、はやく」


 じっと美花のネコの様な金の瞳に見つめられ、黄泉路はこくりと頷いた。

 まだここは実戦で、敵地であり、敵は残っている。美花と仲直りでき、まだ命に余裕がある事も理解できた黄泉路の思考は徐々に冷静さを取り戻したことで、現在のやるべきことに引き戻されてゆく。


「美花さんは休んでてください。後は僕がやります」

まかせた(・・・・)

はい(・・)!」


 意識をつなぐのも億劫だったのだろう。体力回復に努める主の意識に応じるように身体が休眠状態へと入った美花を机の裏へと運ぶ。


「――何がなんだかわかんねぇけど、今際の話は終わったかー?」


 立ち上がると同時、軽薄に侮蔑を乗せた様な、人の神経を逆撫でするかのような青年の声がかかる。


「別に。これ以上は終わった後にじっくり話すから、今は貴方が先ってだけだよ」


 痺れと混乱から立ち直った心蝕者が、再び銃を少女につきつける様子を酷く冷めた目で見つめながら、黄泉路は淡々と答える。


「おっと、動くな。一歩でも動いたらこいつの頭を弾き飛ばす。お前みたいなちょろいガキにこれを使うってのもすっげー癪だけど、どうやって俺っちの能力を回避したのか気になるしな。保険はかけとけって事でここはひとつ」


 アドバンテージは圧倒的に自分にある、そう信じて疑わない心蝕者に、黄泉路は小さく息を吐いて――迷わず一歩(・・・・・)を踏み出した(・・・・・・)


「な、あぁ!?」

「ねぇ」

「お、おい!! ふざけんじゃねぇぞ!!! 言ったよな!? 俺っちは一歩でも動いたらコイツの頭に銃を――」

「やればいいよ」

「っ!?」


 とても、子供を心配しているようには見えない黄泉路の冷ややかな声音に、心蝕者の内心で焦りが生まれる。

 人質というのは非常に効率よく、ぬるいヤツを無力化する手段だ。

 だが逆に言えば、人質の生死など物ともしない対象を相手にする場合、使い捨ての壁以上の役割を果たさないということでもある。

 普段の黄泉路の性格からしていえば、黄泉路は間違いなく美花と同じく、子供をむやみに害するような人種ではない。

 しかし心蝕者にはそれがわからない。わかっているのは、どうやってか自らの能力を回避し、どうやってかここまで駆けつけたという事実だけだ。

 どうやら仲間思いではあるようだが、心蝕者にとってそれは有利に働かない。

 手負いの女ならば人質には出来ただろうが、それも、ここまで短時間で駆けつけた身体能力を持つ相手をはさんだ向かい側では、自身にはどうしようもない事を心蝕者はよく理解していた。


「おい、本当に、本当にいいんだな!?」

「何が?」


 足音が響く。

 また一歩距離をつめた音に、心蝕者は銃を少女ではなく、黄泉路へと向ける。


「お前らもこのガキ共が欲しくて此処に来たんだろ? なら成果を減らすような真似は――」

「確かに。成果といえば成果だね。別に一人二人なら職員の巻き添えって事にもできるし、それに、貴方はここでその子を撃てないよ」

「あぁ? 意味わかんねぇ、どうしてお前に俺っちが撃てねぇなんて」


 会話の合間に足音が詰まってゆく度に、心蝕者の焦りは膨らんでゆく。

 突きつけられた断言に浮かぶ疑問を精査する事が正しいのかどうか検討することすら、今の心蝕者には苛立たしく思えてしまう。


「人質にならないなら足止めにはなりえない。それとも、無駄弾を使った上で、僕から逃げ切る算段でも?」


 心蝕者にとっては至極尤もなその物言いに、納得すると同時に、どうやってこの場を切り抜けるかの思考が頭を占めてゆく。

 じりじりと距離だけが詰まって行く中、比例するように焦りだけが増大していた。

 そして、張り詰めた空気が弾かれる瞬間が訪れる。


「――ふっ!」

「くっ!?」


 元々戦闘に大した訓練もしていない、銃を持っただけの一般人にも近い心蝕者には、銃を長時間掲げ続け、狙いをつけ続けるという行為はそれなりに気力を要していた。

 故に、気の迷いによる逡巡に耽るあまり、自身の腕への意識がおろそかになった瞬間、黄泉路は狙い澄ました様に床を蹴り、それまでの緩やかさとは比べ物にならない速さでもって肉迫する。

 二人分の荒い息が迫り、そして、火が弾ける音と、金属が強かに打ち鳴らされる音が混じる。


「くそっ、くそっ、くそぉ!! 何で、何であたらねぇんだよぉ!!!!」


 心蝕者の悪態が銃声にかき消され、吐き出された弾丸は狙いもまばらに黄泉路へと向けられていた。

 だが、黄泉路はあえて回避を放棄し、ただ目の前の敵へと直進することを選んで突き進む。

 迷いのないその様子に、心蝕者は表情を歪め、悲鳴にも似た怒声を上げて続けざまに引き金を弾く。

 その姿に、自らが武器を握ることを良しとしない先ほどまでの余裕とプライドは微塵も感じられない。


「くそっ、くそっ――くそがぁっ!!!」


 弾丸が黄泉路の頬を掠り、肩に当たり、天井を穿つ。

 次いで引き金を引き絞ろうとする指が止まる。


 ――ガギッ、と。金属が捩れる音が響く。


 それは距離をつめた黄泉路が心蝕者の手にあった拳銃を握り、その拍子に若干その形状を捻じ曲げた音であった。

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