1-8 メルトプリズン2
鳴り止まない警報の電子音の中、騒々しい施設内を苛立たしげに歩く我部の姿があった。
その怒気に包まれた表情は普段ですら声を掛ける者を躊躇させる我部の雰囲気を著しく助長させており、正面からすれ違う職員はぎょっとなって道を譲るほどであった。
「くそ、レジスタンス共め……何故この施設を――」
忌々しげに口元を歪めて怨嗟を吐き出す我部が、ハッとなったように立ち止まる。
「まさか……ッ!!!」
再び歩き出した我部は進路を急転換し、施設全体を監視しているモニター室へと早足で向かっていた。
もはや小走りといっても良い程に急ぐ我部の姿は施設に勤めている我部の普段の姿からは想像もつかないほどで、最短距離を通ってものの数分でモニター室へとたどり着けば、声もかけずに中に乗り込み、情報の処理に追われていた職員たちが思わず振り返る。
「我部第一主任、ど、どうなされたんですか?」
「そんな事は良い、早くE-4塔の68号の部屋を出しなさい」
「え、は……?」
「聞こえませんでしたか? 早く映しなさい」
「は、はい!」
有無を言わさぬ我部の口調に、若年の職員がビクリと肩を揺らして端末を操作する。
画面が幾度か切り替わり、白い回廊が映し出され、そこに映った3人の人影に我部は歯噛みした。
「やはりAからC塔への襲撃は陽動か……目的はE塔の68号です! 武装職員を至急E塔から外へ通じる通路を通らせて配置しなさい!!」
本来は指揮権限を持たないはずの我部であったが、見た事も無い形相で命令する調子に慄いた職員たちは非常時と言うこともあり、逆らうことなく命令を通達し始める。
「68号……君は私の、人類の希望なんだ……レジスタンス如きに渡しはしない……」
画面の向こう側に映る出雲へと絡みつくような視線を向けながら呟いた我部の言葉は警報と緊急指示の飛び交うモニター室の喧騒に溶けて消え、誰の耳にも入る事は無かった。
◆◇◆
火花と炎が爆ぜ、金属の塊が高速で飛来する。
自身の事でもないにも関わらず目を閉じそうになる出雲とは対照的に、美花はカガリが怪我をするなどとは一切考えていない様子で、むしろ、流れ弾が自身に向かってくる事すら想定していないという具合の気の抜きようであった。
事実、銃弾は一つとして出雲たちの元へと届く事はなかった。
出雲達の下へと届く以前に、カガリへと向かっていった弾丸はすべて、カガリに触れるよりも前に形をなくしてしまっていた。
「ハッ! そんな豆鉄砲で俺を止められると思ってんのかよ!」
「くっ、こいつ、【エレメント】系能力者!?」
防護服の中から驚嘆した声が響き、出雲が恐る恐る眼を開ける。
「――う、わぁ……っ」
出雲は目の前に広がる光景に思わず感嘆の声を漏らす。
武装職員と出雲達を隔てる様に立ち上った赤々と燃え盛る炎。その中心に立つのは、全身を炎に呑まれながらも平然と、いや、悠然と立つカガリの姿。
銃弾だったと思しきものは、既にドロドロに溶解して辺りに飛散してしまっていて、銃弾としての用を成しているとは到底思えなかった。
「んじゃ、今度は俺からいくぜっ!!」
掛け声とともに、炎を蹴り上げるようにして疾駆するカガリの軌跡の様に炎が線を描き、驚愕から職員達が立ち直り、再び銃を構える頃には既にカガリの拳が正面に立っていた防護服の顔面を捉えていた。
――爆音が響き、防護服が吹き飛ぶ。
耐火装備もかねていた筈の防護服をなめる様に炎がまとわりつき、防護服越しでも伝わってしまった熱に職員が悶える。
程なくして、肉の焼け焦げる様な異臭が防護服のマスクから立ち上りはじめて、倒れた職員は動かなくなった。
「そんな装備で俺の炎が防げるかっつーの!!!」
乱戦、というよりは、蹂躙に近い。
カガリが集団へと飛び込んだ時には既に銃器は熱によってひしゃげており、運の悪い職員が手元で暴発した銃によって弾き飛ばされる。
そうでなくとも、振るわれる拳に触れたが最後、最初に殴り飛ばされた職員同様に内側から熱によって焼き尽くされて地に伏すこととなる。
瞬く間に10人もの武装職員を制圧してのけたカガリが得意げに出雲と美花へと振り返り手を上げる。
「っしゃ。こんなもんか。おーい、ミケ姐、出雲。終わったぜー!」
「熱い。炎消して」
「っと、悪ぃな」
つい先ほど人を屠ったとは思えないほど軽快なやり取りを尻目に、出雲は燃え盛る炎が鎮火して行くのを眺めながら素直な感心を寄せていた。
そんな視線に気づいたのだろう、カガリが出雲へと声をかける。
「……ついついいつもの調子で殺っちまったけど、出雲、平気か?」
「え?」
心配するような声音のカガリに、出雲はきょとんとしてしまった。
しかし、遅れて人が死ぬ現場を見せてしまった事への配慮なのだと気づいた出雲は慌てて首を横に振る。
「大丈夫、です。慣れてます」
「……ん、そっか」
逆に気を使われたと思ったらしいカガリの声音であったが、実際の所、出雲は本心から職員たちの死についてまるで頓着していなかった。
しかしそれは、自身を散々実験動物として使いまわしてきた恨みからではない。
幾度となく生死を行き来した過程において、焼死程度の光景は自身が体験した事に比べれば気に病む事ですらなかったというだけの事であった。
妙にしんみりとした、再び場が静かになった束の間、美花が再び大人数の足音を聞きつけた様子で視線をカガリの背後へと向ける。
「今度は数が多い。手伝う?」
「良い、それよりミケ姐は出雲連れて脱出してくれ。俺も後から追っかける」
「わかった」
短いやり取りを終えれば、近づいてくる足音はすぐそこまで迫ってきていた。
美花は先ほどカガリがそうしたように、出雲の手を握ってカガリとは逆方向へと廊下を歩き出す。
「こっち」
言葉少なに手を引く美花に連れられるまま歩く出雲は、離れ際にカガリのほうへと視線を向ける。
「あ、あの、カガリさんは」
「心配ない。あれでもカガリはAレート」
「れ、レート……?」
「……話は後」
やはり美花は言葉が足らない。
そう思わずにはいられない出雲であったが、口に出す事も出来ず、曲がり角でカガリが見えなくなるまでカガリの背中を見つめていた。
角を曲がり終えたあたりで背後から響いた銃声と怒号に思わず身を竦め、前を歩く美花との距離が少し離れてしまった事で慌てて自身の脱出へと思考を切り替えて美花の後を歩きだした。