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5-31 ハートフル18

 倒れた子供を一瞬気遣わしげに一瞥した美花が、心蝕者へと向き直って静かに口を開く。


「いくら操れても、それは当人の性能を超えられない。違う?」

「チッ、ガキを殴らないんじゃなかったのかよ」

「消耗戦はリスクとつりあわない」

「案外クールじゃねぇの。俺っちてっきり獣のほうが本性なんだと思ってたぜ」

「……能力を解除するかここで死ぬか。選んで」


 じりじりと、静かな歩みでもって、事実上の死刑宣告を告げる美花に対し、心蝕者の足が一歩、後方へと退く。

 シャンシャンと鳴り響く音漏れだけが妙に軽快で、不釣り合いな空気の中、僅かに身動ぎした心蝕者が吼える。


「……ハァ? 誰が、誰に、モノを言ってんだよこのクソアマがッ!! 獣女(バケモン)の分際で人間語を喋ってんじゃねぇぞ!!!」


 ばけもの、そのワードは的確に美花の心へと刺さりはしたものの、しかし、それを向けられる相手が敵であるならば、美花の意志は緩まない。

 その証拠とばかりに、大きく一歩踏み込んだ美花は吐き捨てるように、厳然たる殺意を以って心蝕者に告げる。


「もういい。耳障り」


 心蝕者は踵を返して部屋の外へと続く扉へと駆け出すのと、静かな殺意を漲らせてその背を美花が追うのは同時であった。

 だが、タッチの差で、美花と心蝕者の身体能力の差を、扉から駆け込んできたモノが埋め合わせることで、両者の足が止まる。


「動くな!!!」

「っ」


 心蝕者の手の中に納まった小型の黒い物体がガチッ、と。金属がこすれあう音を立てる。

 廊下から、心蝕者と示し合わせたように入ってきたのは、一人の少女。

 検査衣のみの姿からこの施設に囚われていた子供であることは明白で、その目がうつろな事からも、既に心蝕者の手中に落ちているのは美花の目からでも一目で理解できてしまう。

 少女の首を抱き、側頭部に黒光りする筒の先端――銃を突きつけて吠え立てる心蝕者の姿こそが、美花がこの施設で子供を使った罠に掛かった瞬間から最も警戒していたものであった。


「部屋の、外に……」

「ああそうさ、たかだかガキ4匹でテメェみてぇなバケモノと正面切ってなんて正気かっつーの! まぁ、もっとも? 俺っちこういうの嫌いだし? あくまで保険って事にしたかったんだけどなぁ!! てめぇが悪いんだぞバケモノ、俺っちにこいつを使わせるんだからてめぇが悪い!!!」


 心蝕者が苛立たしげに吐き捨てる。

 自身の能力に絶大な信頼を置き、保険を作ってはいても使うつもりなど毛頭なかったというにも関わらず、無様にも逃げをうって無骨な武器に頼ったという事実。

 それがたまらなく心蝕者のプライドを傷つけていたのだ。紛れもない心蝕者自身の判断による結果なのだが、それを決断させたのは相手だという酷く理不尽な怒りによって、心蝕者は美花に悪態を吐く。


「ったくスマートに行きたかったのによぉ……どいつもこいつも舐めやがって、俺っちの能力で皆すっからかんの肉袋になる癖に生意気なんだよチクショウが、あのアマもてめぇも!!! ほんっと使えねぇ思うようにならねぇ!!!」


 まるで子供の癇癪のそれだと思うも、銃口を少女に突きつけた心蝕者を刺激するわけには行かず、美花は反応すべき言葉を失ってしまう。

 変わりに表に出てくるのは、心蝕者の不安定さに対する困惑と自らの失策。それによって美花の表情が僅かに歪めば、心蝕者にとってそれが芳しい反応であったようだ。

 途端に口の端を吊り上げ先ほどまでの軽薄な顔つきへと戻った心蝕者の豹変振りに思わず身動ぎした美花を、へらりと嗤いながら制する。


「おおっと、下手に動かれると手元が狂う。知ってんだぜ? お前あの時もガキを殺さない様に手加減してただろ」

「……」


 美花の目が隙を探っている事を理解しつつ、心蝕者は嗤いながら視線で美花に下がるように命じ、銃口で少女の髪を掻き分ける。

 少女の頭に銃口をつきつけたまま、笑みを浮かべて少女の頭を抱くようにしてしなだれ掛かりながら美花へと指示を向ける。


「ほら、両手あーげて。そしたら向こうの壁際まで離れて。ゆっくり、一歩ずつなー。あ、目線は俺っちに向けたままでよろしくー」


 言われるがまま、美花はじっと隙を窺いながら両の手を心蝕者に見えるようにあげ、一歩ずつ、詰めた筈の距離を離してゆく。

 後一歩で届くはずだった距離が、徐々に手の届かない位置まで離れていく。

 極力表情を変えないように意識しているものの、美花の内心では悔しさが滲んでいた。

 先ほどまで優勢であった美花の無抵抗な様に気をよくした心蝕者は笑みを深める。

 瞬時に詰められない程度まで離れたのを確認し、背後から人質の少女の顎に手を回し、自らの身を屈めて斜めに上を向いた少女の唇に自らの唇を重ねる。

 無抵抗の、意識があるかも怪しい少女に対して働く下種な行為を見せ付けられ、嫌悪感に僅かに眉が動く美花の様子すら楽しむように、心蝕者は少女の唇を割り開いて舌を這わせた。


「――はぁ、やっぱ女は喋らない方が好きだわ。俺っち、ワガママな女は嫌いだし」

「……最低」

「はっはっはっ、俺っちがお前のご主人様になるんだぜ? 最高の間違いだろ」


 どうやら本気で言っているらしいと悟れば、美花はこれ以上の会話は不快になるだけだと口を閉ざす。


「おい、俺っち最高だろ? お前みたいな獣でも人形になったら愛してやるつってんだぞ。喜べよ、なぁ」


 その様子が気に入らなかったらしい心蝕者が不愉快そうに銃口を美花へと向ける。

 当然、それは脅し以外の何物でもなければ、心蝕者の余裕に他ならなかった。

 既に互いの距離は美花が瞬時に詰められるほどのものではなく、不審な動きをすればすぐにでも銃口は再び少女へと向けられることは容易に想像がつく。


「まだチャンスがあるみたいな顔してるし、とりあえず片足つぶしておくか」


 変に暴れられても面倒だ。と、心蝕者の差し向けた黒鉄の筒の先が、美花の足へと定められ、そして――

 膠着し、沈殿した空気を裂いて、廊下から(・・・・)重い音が響いた。

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