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5-28 ハートフル15

「相手の嫌がるもの、縋りたいものを見せ付けて弱らせて、抵抗できなくなった相手を操るのがアイツのやり口だ。ケッ、くだらねェ」


 気に入らないという態度に嘘偽りはない様で、男は忌々しげに吐き捨てて壊れた壁面の外へと目を向ける。

 釣られるようにして黄泉路もそちらへと目を向けるものの、外の景色は相変わらず、遠くまで見通すことも出来ないような豪雨と、時折思い出したように鳴り響く雷だけで、男が何を見たかったのかまではわからない。


「ただぼんやり考えるだけの残りカスにヤツが幻覚ッつー器を与え、俺はてめェの心を殺す役を負わされたって訳だ」

「それで……どうして僕を襲わない? 僕の心を殺すのが、お前の役割なんだろ?」

「……チッ。察しが悪ィガキだなクソ。……俺はなァ!!!」

「っ!?」


 突如苛立たしげに声を張り上げる男に、黄泉路は咄嗟に構えかける。敵同士、その認識が未だ機能しているからこその防衛本能であった。

 だが、男は立ち上がっただけで襲い掛かってくる様子はない。ただ、じっと黄泉路を見据え、自身の歯を噛み砕かんとするかのごとくギリギリと歯音を立てていた男は、ややあって、自暴自棄になったような調子で口を開く。


「……俺は、テメェを確かに恨んじャいるが、こんなもんに意味なんざねェんだよ!!!」

「どう、いう――」

「恨み言だけ考えてりャ良い残りカスから、ただの駒としてでも真ッ当な頭に戻ッちまッたら嫌でも考えちまッたんだ」


 搾り出すような男の独白が、黄泉路にとってどんな意味を持つのか。

 だが、それを敵の戯言だと、死者の世迷言だと切り捨てるだけの冷酷さを、黄泉路は持ち合わせていなかった。


「俺だッて能力者だ。自分が最強、全てが俺の糧になる為にある。そう信じて生きてきた! だから俺は殺したヤツらに謝罪はしねェし悪いとも思ッてねェ!!」

「……」

「そんな俺が……テメェが死んだときだけみみッちく恨むのは筋違いだ。お前はあの時そう言ッたよな?」

「ああ」

「だからよ。俺は俺なりに、矜持ッてモンを持つことにした」


 ぎし、と。雨に濡れた床が軋む。

 男の踏み出した足が黄泉路と男との距離を詰める。


「強いヤツには敬意を払う。これが俺に最後に残ッた矜持だ」

「――」

「テメェは俺を殺した。これ以上ない、俺に対する最強(・・・・・・・)だ! 俺は俺より強いヤツに従うッて決めたんだ。だから今はテメェに味方してやる」


 すでに互いに腕を伸ばせば身体に届くほどの距離にあって、黄泉路は動くことが出来なかった。

 言葉に詰まったまま、ただ、目の前の男は前とは少しばかり違うと理解していた。

 だからこそ、ここで一歩退くのは、自分が男を殺したことに対する責任から逃げるのと同じような気さえして、黄泉路は黙ったまま男を見上げる。


「勘違いすんなよ? これは俺が【心蝕者】の野郎が嫌いなのと、テメェがアイツに負けるってのが気に食わねェッてだけだ。テメェの都合のいい妄想だなんて言われた日にャあ、死んでても関係ねェ、もう一度恨み通して今度こそ殺す」

「……わかったよ。僕はお前を恨まない。僕はお前に絆されない。僕は――お前を許さない」

「そーかいそーかい。それでいい。俺はテメェを恨んで呪って称えてやる」


 ニヤリ、と。嘲笑ではなく、純粋に吹っ切ったような笑みを浮かべた男に戸惑う黄泉路の手を、男が掴む。

 いったい何事だと抗議の声を上げるよりも先、男は黄泉路の手を自らの胸元へと導いて、黄泉路の反論を叩き潰すような凄味のある声音を響かせる。


「――んで、恨みついでにテメェをここから追い出してやる。とッとと俺を刺せ。この場所の核は俺だ」

「な、んで……」

「聞きてェのは理由か? 根拠か? 理由だッつーんならこの腕引きちぎッた後に教えてやッてもいいぞ」


 理由など、もはや聞かずともわかってしまう。男なりの矜持、男なりの、割り切り方なのだろう。

 それが理解できてしまうからこそ、黄泉路は首を振って男に根拠を尋ねる。


「なんつーか。判ッちまうんだよ。俺はてめェん中の残りカスだからこそ、てめェ以外の繋がりがねェ。だッつーのに、俺の胸ん中には別のモンがありやがる」

「だから、核だと?」

「あァ。違ッてもてめェにとッちャ敵が一人減るだけだろうが。良いのか? あの獣女、放ッて置いたらてめェのつけた(・・・・・・・)傷に付け込まれる(・・・・・・・・)ぜ?」

「っ!?」


 煽るような――実際、黄泉路に発破をかけるつもりで口にしたのだろう――男の言葉に、黄泉路はハッとなり、男の胸元に向けられた腕、その指先に力が篭る。


「やる気になりやがッたか。面倒臭ェクソガキだ」

「――ありがとう」

「はッ。ざッけんな。俺とてめェはいつから礼を言い合う仲になッたんだ?」

「それでも、ありがとう」

「チッ」


 舌打ちをして顔を背けた男が、どうやら本当に顔を合わせ辛いらしいとわかってしまえば、黄泉路はやり辛くなるのを感じつつも、それでも踏み越えなければならないのだろうと息を整える。

 すでに黄泉路の手は放されている。構えた黄泉路に対し、脱力した様子で目を閉じた男に、なんと声をかけようかと迷った末、黄泉路はふと、沸いて出た疑問を投げかけた。


「……あの」

「なんだ。しつけェな」

「そういえば、名前、聞いてなかったなって」

「――今更それを聞くのかよ」

「今更、だからじゃないか。僕だけしか、もうお前の名前を呼べないんだから」

「チッ。――熊懐剛だ。てめェは名乗らなくていいぜ。どうせ俺を認識できるのはてめェだけだからな」

「はい。それじゃあ――」


 さようなら。と、口の中で飲み込んだ言葉と共に、黄泉路の抜き手が男の胸板を穿ったと同時。

 何かが砕けるような音と共に、景色に皹が入るようにして空間が砕けてゆく。

 割れ目から流れ込んでくるのは大量の水。それは黄泉路達を飲み込み、男――熊懐の身体が水に触れた箇所から砂となって消えてゆく。


「――ここは。これなら……」


 水が世界を満たす。

 幻影の景色の残滓は微細な粒子となって消え、後に残ったのは黄泉路にとって馴染みの深い、蒼銀の砂が広がる暗い水底であった。

 天を見据え、弱弱しい光が差し込んでいる方へと黄泉路は手を伸ばす。

 光に触れ、黄泉路の意識が現実へと引き寄せられてゆく。

 意識を外へ向ける黄泉路の手を中心に、赤黒い砂がうっすらとまとわりついていた。

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