5-27 ハートフル14
どうして。そう問いかける廻の光のない瞳に、黄泉路は射竦められた様に息を呑む。
「……そ、れは」
「ねぇ、どうしてですか?」
「僕は、助けようと――」
「出来ませんでしたよね?」
間髪居れずに、まるではじめから黄泉路の言葉など、お見通しのように追及する廻の声に負け、黄泉路は口を閉ざす。
これは幻だ。現実の廻は、こんな事を言ったことは一度だってない。
それは、廻が黄泉路を許しているから――ではない事くらい、黄泉路はよく理解していた。
どうしようもない現実、不幸な事故。そう処理するしか、廻には道がなかっただけのこと。
「――だったらこれは」
「お前が欲しかッたモンだろ」
「ッ」
まさに、脳裏を掠めていた内容だっただけに、黄泉路は男に図星を言い当てられて狼狽してしまう。
そんな黄泉路の様子など知ったことかとでも言う様子で、男は再び廻の首を掴んだ。
「な、やめ――」
「甘えんなよ。俺を殺して俺に勝ッた。ならテメェは俺に勝ち誇る権利がある。なのにテメェはいつまでもウジウジウジウジ、ウザッてェッたらありャしねェ」
ヒュン。と、短い風を切る音を残して廻の姿が、声が、黄泉路の前から消える。
すぐ後にどちゃりという、湿った土に何かが叩き付けられる音が雨音の合間であっても明確に黄泉路の耳を打つ。
その瞬間、遅れて男が何をしたのかを理解する。
目の前の男が自分を糾弾していた廻の幻を外へと投げ捨てたのだ、と。
だが、それに対する非難を上げようとする感情とは裏腹に熱の篭った言葉は一向に黄泉路の喉を震わせない。
理性的な部分が、これは幻だと理解しているからこそ、今にも目の前の男を殴りつけたい衝動があるにもかかわらず、冷静な自身がそれを許さなかったのだ。
「……お前こそ、何なんだよ。お前だって幻のはずだ。僕が、お前にそう言わせたかったとでも言いたいのか」
そうまでして抑圧された衝動の代わりに吐き出されたのは、男に対する困惑と、愚痴だ。
目の前の男の幻は、どう転んだ所で黄泉路の味方ではない。
明確な敵で、殺した相手で、恨み言を言われて当然の間柄のはずだ。
にもかかわらず、男はこの場で出会ってここまで、黄泉路に対する明確な敵対行動を取っているようには、どうしても思えなかった。
それどころか、黄泉路を助けようとしていた節すらあった事に引っかかりを覚え、黄泉路は噛み付くように言葉を重ねる。
「僕はお前を殺した。そこに罪悪感はないし、許してもらいたいとも思ってない。お前にそんな風にわかったように説教をされたいなんて願望も、ない!」
男はにぃっと口を吊り上げ、黄泉路も見覚えのある、粗野な獰猛さを感じさせる笑みで黄泉路に応える。
「さァ、どうだかなァ――ッつーのは冗談だ。俺が幻か否か。そいつァ俺にも微妙な所だ」
「どういう……事だよ」
「俺は幻じャねェ。だが、こうしてしッかり話が出来るのは、確かに俺が幻だからだ」
何を言っているのだ。と、黄泉路が問いを重ねようとした所で、男は苛立たしげに、吐き捨てるように続けた言葉で黄泉路の問いは別のものへと変化する。
「――あのクソッタレ【傷心】だろ。このみみッちくてやらしい能力はよォ」
「この、能力の使い手を知ってるの?」
男の言う名称は聞き覚えがない。だが、この状況を指して言っているのだとすれば、黄泉路は驚くと同時に、男に対して問いかけざるを得なかった。
硬く応じようと言う黄泉路の言葉使いにもボロが出て、ついつい素が出てしまった上に、自身でも意図しないうちに会話の席についた黄泉路に対して男は面白いものを見るような視線を向け、すでに使用者をなくしたベッドに腰掛ける。
「あァ。知ッてる。知ッてるぜ? ちョいちョい一緒に仕事してたからな」
「仕事って?」
「人攫い」
「お、まえ――」
「まァ待てよ。いまテメェが気にするのはソコじャねェだろ」
「……わかった。もう死んでるやつは、これ以上人を殺せない。だから僕はお前にこれ以上何も言わない。だから教えろ。お前は何だ。どうして幻なのに、実物みたいな受け答えが出来るんだ?」
思う所はあるものの、男の言うようにそれは本題ではないと無理矢理納得するようにまくし立てる黄泉路に、男はにぃっと口の端を歪める。
「ああ。それでいい。今更テメェに畏まッた調子で話しかけられても調子が狂うからな。……そんで、俺がどうして普通に喋れるかだッたな」
ボリボリと頭を掻きながら、説明を渋るというよりは、説明する語彙を探すような調子で男は歯切れ悪く口を開く。
「……なんつーか。あれだな。俺はてめェに殺された。そこまでは良いよな?」
「ああ。お前は確かに僕が殺した」
「んで、俺は確かに死んだ訳なんだが、どうなッてんのかは知らねェがこうしててめェん中に留まッちまッてる」
「留まる? 何でそんな」
「俺が知るか。てめェの事だ。……続けんぞ。ともあれ俺は死んで、てめェん中でてめェを恨み続けてた訳だ」
恨む、という言葉にわずかに反応しそうになる身体を無理矢理押さえつけ、黄泉路は小さく息を整えて男を見据える。
「恨むなとは言わない。僕がお前を殺したのは事実だ。だけど、じゃあなんで、その残留思念? みたいなモノが幻として出てくるんだ?」
「……残りカスになッちまッた後はとにかく頭が上手く回らなくてなァ。意味もねェ価値もねェ恨み言しか浮かばなかッた。だからアイツに目をつけられたんだろうさ」
「アイツっていうのは、さっきから言ってた、この幻を作ってる……?」
「【心蝕者】なんて呼ばれてやがる【催眠支配】の能力者だ。見覚えねェか? ヘラヘラヘラヘラにやついてやがるムカつく顔のヘッドホン野郎だ」
カチリと、脳内で符号が合わさる感覚。男の言う風貌と観測室と銘打たれた室内で不意打ちをしてきた青年が重なり、確かな実像として繋がった事で黄泉路の口から小さな声が零れた。