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5-25 ハートフル12

 立ち上がる美花を観察しながら、黄泉路はぎゅっと拳を握り感触を確かめた。

 たしかに、全身のどこで感じても現実と遜色ない。だが、それはあくまで黄泉路自身の感覚に過ぎない。

 再び迫る美花に対し、黄泉路はあくまで冷静に、自身の知っている美花ならばという思考に意識を傾け爪を受け流す。


「やっぱり、この美花さんは……この場所は、本物じゃない」


 本来ならば受けることも敵わないだろう、獣化した美花の攻撃を難なくいなしながら、黄泉路は確信の篭った声音で呟く。

 美花の爪は黄泉路が思い描いたとおりの軌跡を辿り、美花の爪は空を切る。

 さらに続けて2、3回と爪が振るわれては受け流し、その動きを冷静に分析して黄泉路は結論を下す。


「――わかってる。美花さんの癖は、判ってる。だからやっぱり(・・・・・・・)本物じゃない(・・・・・・)


 訓練の最中、いやというほど美花とやりあった黄泉路には美花の好む攻め口は手に取るように理解できていた。

 だからこそ、急速に回りだした脳が目の前の光景に違和感を訴える。

 黄泉路が美花と立ち会っている時は、いつだって美花は人間としての身体能力しか使っていなかった。

 施設に踏み込んで初めて黄泉路が美花の能力を知ったという事も考えれば当然の事だ。

 そして、黄泉路は美花の本気をつい先ほど目の当たりにしている。だからこそわかる。

 獣化した美花の速度に、膂力についてゆけるほどの力量を自身が持ち合わせているはずが無いと。

 にもかかわらず、黄泉路が足を取られて転ぶその瞬間まで、まるで訓練の(・・・・・・)時のように(・・・・・)つかず離れず背を追ってきた美花の姿は、思い返せば滑稽であった。

 感情を見つけられない虚ろな美花の瞳に、黄泉路は決意を固めた目を向ける。


「もう、怖くない。中身の無い幻なんて、怖くない!」


 迫りくる美花の腕をすり抜け、黄泉路の拳が美花の姿をしたナニカの顎を穿った。

 ぐらりと揺れたそれは地へと倒れ、ぐにゃりと地面を歪めて溶けて消えてゆく。


「……はやく、ここから出なきゃ」


 目的がある。そう呟いた言葉を胸に抱き、黄泉路は自らが入ってきた扉へと足を向ける。

 ガコンという重い音を響かせながら扉を強引に捻じ曲げて開ければ、目の前に闇が広がっていた。

 先ほどまでは白く、見覚えしかない廊下であったはずの場所は足場があるかすらもわからない黒で塗りつぶされており、黄泉路は二の足を踏みそうになる自身を叱咤する。


「謝るんだ。美花さんに、今度こそ」


 闇に溶けてしまわぬよう、黄泉路は決意を声に出して、常闇の中へと力強く一歩を踏み出した。




 ◆◇◆


 消灯されたモニターがずらりと並んだ室内。

 唯一映し出されているのは、先ほどから延々と同じ時間をループする実験場の光景だ。

 侵入者2人が子供に囲まれ、1人が獣と化して暴れまわり、もう1人がそれに戦慄して仲違いする。

 それを見ている青年に2人の関係性はわからない。ただ言えるのは、扱いやすい敵だったというだけの感想だけだ。

 観測室でその成り行きを眺めた青年が取った行動は単純であった。

 先に飛び出した獣を追って歩き出した少年だけを呼び込むように観測室へと通じる通路の扉に細工をしてもらい、少年がやってきたところで心を抉るだろう光景を見せ付けて意識をそちらへと誘導する。

 あとは後ろから近づき、己の能力で虜にするだけの、青年にとって見れば何の捻りも無い作業だった。


「はっ。こんなんでもここに入り込めるだけの能力者だっつーんだから、マジちょろいな。臨時収入ごちんなりまーす。なんつって」


 ケラケラと楽しげに笑いながら、意識を落とした少年の上に座り込んで見下す青年の上機嫌さに水を差すように、青年のポケットで携帯が震える。


「……チッ。何だよせっかく人が気分良く夢を見せてやってるってのに」


 明らかに不機嫌になった様子で携帯を取り出し、ヘッドフォンをはずして首にかけつつ通話ボタンを押して耳に当てれば、女らしき声が通話口に響く。


『仕事はこれで終わりであろう? 【心蝕者(しんしょくしゃ)】よ』

「臨時収入だよ臨時収入。良いだろ? アンタの仕事はとっくに終わってんだ。俺っちの領分にまで口出すなっての」


 心蝕者と呼ばれた青年はあからさまに不快な表情を浮かべる。

 しかし、声音だけは多少の雑さは含んではいても、相手の気を逆撫でしないよう配慮したような調子で反論すれば、通話先の女はやれやれといった調子でため息を吐いた。


『そうはいうがな、貴様の【傷心(ハートフル)】は戦闘向きの能力(スキル)ではなかろう? 火傷せぬ内に手を引いて本来の目的に注力したほうが良いのではないか?』

「うっせーな。これは俺っちの仕事だってさっき言ったっしょ? アンタはただのサポート。わかる? 俺っちのやり方に口出すんならこの仕事は仕舞い。後で分け前は送ってやるからアンタはさっさと帰っていいぜ?」

『……忠告はしたぞ』


 ブツリと、通話が途切れる。

 つー、つー、つー。という通話終了音声までもが苛立たしい様子で唾をはき捨て、心蝕者は嗤う。


「扱い辛いガキだ。クソ。あのクソアマ黙ってりゃ見れない顔でもねぇっつうのに、ほんと使えねぇ。世の中クソだなおい」


 ストレスを吐き出すように、携帯をポケットにしまったその手で倒れたままぴくりとも動かない少年――黄泉路の頭を殴りつける。

 その反動で手を痛めた事実にまた不快さが増していくという悪循環に心蝕者は舌打ちして立ち上がった。


「……どうせコイツもさっきの獣女も俺っちのペットになるんだ。そんでもう少し手駒増やしたらあの女だな。何が【銀冠の魔女】だっつーの。あの気取った顔を俺っちの好みに歪めてやるよ」


 自身の思い描く展望によってテンションを引き戻し、上機嫌に浸りながら心蝕者は獣女――美花を追うべく室内に背を向ける。




 その背後で黄泉路の身体がぴくりと反応していた事に、心蝕者が気づくことは無かった。

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