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5-23 ハートフル10

 闇に閉ざされた黄泉路の意識が緩やかに浮上する。

 普段の目覚めと違い、体を引きずるような倦怠感と、コールタールのようなヘドロ状のものが足元に絡みつくような嫌悪感に内心首を傾げつつ、ぼんやりと簡素なベッドの感触(・・・・・・・・・)を背で感じながら瞳を開ける。


「……」


 目蓋の外であふれる眩い光に慣れて黄泉路がはじめて目にしたのは、たった一つの(・・・・・・)埋め込み式の照明だけ(・・・・・・・・・・)が存在する(・・・・・)病的なほどに白い天井(・・・・・・・・・・)


「――ッ!?」


 急速に意識が覚醒した黄泉路はあわててベッドから飛び起きて室内を見回す。

 施錠された防爆扉。白一色の内装。シャワールームと形容するにはあまりにも無味乾燥とした、扉で隔離された袋小路とでも表現するのが相応しい小部屋。


「な、んで……」


 それは、黄泉路にとってはあまりにも見慣れた光景であった。

 それと同時に、人生において忌まわしい出来事のランキングを作るならば、大半の出来事が格納された箱庭でもあった。

 あまりの出来事に立ち眩みにも似ためまいを覚え、ふらりとベッドに腰を落とせば、黄泉路は自身が検査衣にも似た囚人服としての印象しかない簡素な服を身に着けている事に気づく。


「僕は……一体……」


 受け入れがたい光景に黄泉路は思わず自身の腕を抓ったものの、すぐに虚構にしてはあまりにも生々しい感触が帰ってきた事で指を離す。

 これが夢じゃないのだとしたら、むしろ、今までの事が夢だったのではないか。

 自然と湧き上がってきたそんな思いに、黄泉路は背筋を凍らせるような寒気を感じた。


「(……都合がよすぎるじゃないか。僕が、こんな施設に強襲をかけて、多くの人を作戦のために駆り出して助けられるに値する能力者? 保護された先で優しい人たちと出会えて、そこそこ幸せに過ごせていたなんて)」


 考えれば考えるほど、今の状況の方が現実で、現実に耐えられなくなった自分がここを抜け出して新しい世界で生きる空想に耽っていたのではないかという疑念が湧き水の様に胸中を満たしてゆく。


「……あ、ははは……ははははははは……」


 自然とこぼれたのは、自嘲であり、涙だった。

 乾いた笑いもやがては尽きて、刺すような静けさが纏わりつきはじめた頃。

 そもそも開ける努力すらしていなかった防爆扉が鈍く重厚な音を立てて開き、白い防護服に身を包んだ職員が顔を出す。


「時間だ。ついてこい」


 聞きなれた言葉に、条件反射的に立ち上がった黄泉路は涙を拭い、見慣れているはずの黒い鉄の塊を一瞥する。

 そこにほんの僅かな違和感を感じつつも従順に部屋を出た所で、待機していた複数の職員たちに囲まれるようにして廊下を歩かされる。

 どこまでいっても見慣れてしまった光景。そこに懐かしさはなく、あるのはただの食傷と嫌悪感だけだ。

 やがて、見慣れた扉の前で立ち止まった一団は黄泉路を部屋に押し込めると同時に扉を硬く施錠する。


「……痛っ」


 突き飛ばされるようにして部屋に置き去りにされた黄泉路は舌打ちでもしたい気分であったが、そんな事をしても何も変わらないという事実は十二分に理解しており、結局は足元の感触を確かめるように素足で何度か小さく跳ねて意識を切り替える。

 黄泉路の記憶にある限りでは、この部屋をつかって行われるのは能力者同士の潰し合いか、新兵器の実験、そのどちらかだ。どうあっても黄泉路にとって楽しいイベントではない。

 今までの黄泉路であれば実験開始のブザーが鳴り響く直前までぼんやりと立ち尽くし、目の前の命の危機が動き出したのを見てから初めて、自身の恐怖に突き動かされて逃げ惑うだけであった。


「(あれが夢だったとしても、すこしくらい、夢を見たって良いじゃないか)」


 あんな夢をみてしまったからだろう。

 今の黄泉路は多少なりの反抗心というものが芽生えつつあった。


「(今日の目標はとりあえず、あいつらがあきらめるまで逃げ回る、だな)」


 夢の中の出来事であるにも関わらず、心持はどこか、皆と過ごした日々の中の訓練を覚えているような気がして、黄泉路はじっと対面の扉を見据え、相手を待つ。

 疲れ知らずなのは既に知られている。ならば存分にそれを活かして逃げ回ってやろう。

 そう心の中で、ささやかな反抗心と共に決意していると、とうとう対面の扉が開く。


 ――扉の開く音に続く、鉄の軋む音。


 運び込まれた檻。

 中から聞こえる唸り声。

 全身を豊かな体毛に包まれた人の骨格を残した獣の姿を見た瞬間、黄泉路が先ほどまで抱いていた決意や反抗心、恐怖や怒りなどのあらゆる感情が呆気なく塗り潰される。


「――な、んで……っ」


 その獣は。

 焦げ茶色の体毛と同色の艶やかな髪の合間から猫の耳を生やし、つんと張った小さな鼻をひくりと動かして、縦に割れた金の瞳で黄泉路を見据えていた。


美花、さん(・・・・)……!?」


 夢の中の存在だと思っていた相手、狩野美花がそこにいた。

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