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5-16 ハートフル3

 地方都市の中でも住宅が集中する一角。

 庭付きの一戸建てが並ぶ町並みの中に、黄泉路たちが今回の目的地とする場所はあった。

 公道を挟んで公園と向かい合うように立てられた教会と、その隣に並んだ孤児院。

 上空からや地図上でもはっきりと認識できる程の空白地帯だが、慎ましい教会の外観やその隣に立つ孤児院という施設のもつイメージ、それらに向かい合う公園という立地が、住宅地の中にあって自然に調和するように整然と溶け込んでいた。


「……本当に、ここの地下に?」


 目と鼻の先、公園の縁を彩るように立った木々の間に身を置き、黄泉路は木に背を預ける美花へと問いかける。

 じっと、いつも以上に物静かな調子の美花は明かりの落ちた教会と孤児院のほうへと目を向けたまま小さく頷く。


『はいはーい! ミケちゃんは答えてくれないだろーから代わりに私が答えてあげちゃったりしたりしますぅ!』

「(……出来ればもうちょっとトーンを落としてくれると助かるなぁ)」

『あっはっは、ごめんなさぁい。……で、ですねー。まぁ、本作戦のブリーフィングの時に見たと思うんですけどぉ。件の地下施設は既にお二人の足元にあったりしますぅ』

「(らしいね。公園まで全部含めた地下を丸々使ってるんだっけ)」


 口の中で音に出さずに相槌を打てば、標がいつものテンションの高さのまま頭に響く音を奏でる。


『ですですそーです超いぐざくとりぃ! 公園もその周りに通ってる道も、言ってしまえば国の所有地ですからね。孤児院と教会そのものは管理・運営してるのは別団体なんですけどぉ、資金の拠出元とか寄付に名前の挙がっている議員さんとかから辿って調べたら国営とほぼ変わりないっていう感じなんですよぉ』

「(毎回思うけど、よくそういうの調べられるよね)」

『あっはっは。今回は私が調べたわけじゃないですけどねー。そーゆー事が得意な能力者(ひと)もいれば、それで食べてる業種(ひと)の伝手も、まぁあるってことですよぉ』


 そういうものか、と、黄泉路が納得していると、隣で繋がっていたらしく、美花が若干眉を顰めながら黄泉路を小突く。


「時間」

「あ、はい。すみません」


 隣ではどこに収納していたのか、ジャージの内側から一目で安物とわかる塩化ビニル樹脂製の猫のお面をつけていた。

 その猫のお面がどうやら以前見たものとは違うらしい事に内心で首を傾げつつ、これ以上雑談に時間を割くわけにも行かないと疑問を飲み込んだ黄泉路も制服とは別に持ってきた袋から無地の面を装着する。

 ひやりとした感触と僅かに狭まった視界。微かな息苦しさにすっと頭が冷えて心が深く落とし込まれてゆくのを感じ、黄泉路は静かに息を飲む。

 冷水を流し込まれたようにさめた心の奥底に、あの男の影が見えた気がして、黄泉路は冷たい息を吐き出すように深く呼吸を繰り返した。


「……大丈夫、僕は、大丈夫」

「黄泉路?」

「――美花、さん」


 面越しに気遣うような美花の曇った声に、大丈夫、そう言おうとして、喉に絡まるようにして言葉が途切れる。


「緊張するのは良い。でも、力まない」

「はい」


 緊張で強張っていたと勘違いしたらしい美花に、あえて訂正する事もせず黄泉路は頷く。


『それじゃー。作戦開始時間ですし、最後に侵入経路の確認と本作戦の目的のおさらいをしますよぉ』


 脳内にきんきんと響く標の声のおかげで静かに凪いでくる心に安堵し、黄泉路は耳を傾ける。


『今回の目的は孤児院の子供たちではなく、孤児院から引き取られたという名目で地下に収容されている子供たちの救出になります。その為地上部分の孤児院付近での戦闘は避けてください。地下への進入経路は隣接した教会の敷地内にあります。離れに作られた管理用の小屋に人の出入りがあることは数日内にも確認されているのでそちらからお願いします。……以上が本作戦の概要になります。質問はありますか?』

「(大丈夫です)」

『はぁい。ご清聴ありがとうございましたぁー。それじゃー頑張って下さいねぇー』


 真面目な調子を取り繕っていたのも束の間、脳裏にひらひらと手を振る標を幻視しつつ、黄泉路は気合を入れ替える為に小さく頭を振る。

 横目でちらりと美花へと視線を向ければ、すでに臨戦態勢といった具合に引き締まった空気を纏った美花の視線が仮面越しに交錯した。

 小さく頷く美花の先導に続いて、街灯を避けるようにして教会のすぐそばまで近づいた二人は外壁を見上げる。

 年季の入った風な外壁は暗い中でもわかるような暖色のレンガで構成されており、手をつければひやりとした石の冷たさを感じられる。


「先に行く」


 そう言い残し、猫のようにしなやかに、するすると塀を登ってしまった美花に対し、黄泉路は一瞬呆気に取られたものの、すぐに後を追うべく足を撓める。

 自らの身体機能を超過した脚力による瞬間的な跳躍によって自身の身長の倍はあろうかという塀の上に乗り、手招きする美花の隣へと音を殺すように注意しつつ飛び降りた黄泉路は敷地内を見渡す。


「警備とか、居ないんですね」

「表は、ただの教会だから」

「施設のほうはいるかもってことですね」


 教会の裏手へと回った美花を追いながら短いやり取りを交わす。

 幸い、小屋自体はすぐに見つけることが出来た。美花が手馴れた様子でピッキングツールを取り出したことには驚いたものの、手際よく鍵を開けるその手腕に黄泉路は思わず舌を巻く。


「……すごいですね――ってすみません」


 思わず感嘆をもらす黄泉路を窘める様に、猫のお面の口元に当てられた人差し指を見て黄泉路はさっと声を落として謝罪するのだった。

 月明かりが空気中に舞う埃を照らし出す小さな小屋の中、黄泉路は気づかないほどの小さな変化であったが、それを目敏く見つけた美花が無言で手招く。


「(ここが?)」

「(入り口)」


 床をコツンと足で突けば、確かにその場所だけ音が明らかに違い、木製の床の下に金属がある事がわかる。

 床板を持ち上げた事で露出した金属製の扉。微かなこすれる音を立てて開かれた先に現れた地下に続く階段を黄泉路たちは慎重に降って行った。

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