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5-15 ハートフル2


「せぁあぁああぁあぁッ!!!」

「――ん」


 ほぼ全面がコンクリートに覆われた床や壁に跳ね返った裂帛が響く。

 少年の声音から辛うじて脱さない声には気合とも言うべき物が乗り、ただ荒れ狂う暴風とでも言うような無軌道な攻撃を絶え間なく繰り出してゆく。

 自らの喉元と同じ高さまで上げられた足が遠心力を存分に活かした回し蹴りを放つ。

 対するは、猫っ毛な背に流れるセミロングの茶髪を揺らし、頭を後方に逸らすことで最小限の動きで回避をした、少年よりもやや年上の女性。

 ただし、その表情はさほど余裕というわけではない。


「ふっ!」


 その顔色の理由を示すように、少年は蹴り抜いた足の軌道を無理やりに地へと向け、通常では制動や着地に難が出るであろう姿勢のまま拳を振るう。

 蹴りに使った足が地へと接した途端、回し蹴りによって付いた勢いに負けるように元々の軸足が浮かぶ。だが、少年は前のめりになるのも構わず突き出した拳で、今まで最小限の動きだけで回避していた女性に漸く防御という選択肢を取らせる事に成功する。

 しかし女性――美花も慣れた様子で自ら後ろへと下がる事でそつなく衝撃を殺しきり、数歩退いたところで体勢を整える。


「まだまだ――」

「今日は、これで終わり」

「……わかりました」


 息つく間を作らぬように、再び攻勢をかけようとしていた少年に対して告げられる制止の合図。

 訓練終了を告げるその言葉に、ワンテンポ遅れて思考が戦闘から通常へと移行した少年は気が抜けるのが傍目にも明らかなほどに一気に脱力して座り込む。

 依頼を翌日に控えた今日まで訓練をしているのは、少しでも強くなりたいのだという黄泉路の要望によるものが強く、黄泉路と違っていくら能力者であるといっても体力に限りのある美花に無理をさせるわけにも行かない。


「今日のは、中々よかった」

「ありがとうございます」

「ただし、力自慢相手には避けること」

「どうしてですか」

「肉を切らせて、骨を絶つ」

「……ああ」


 少年――黄泉路の戦略は単純だ。

 ただ、打ち続ける。自身が特別格闘技術に優れているわけでも、才能があるわけでもないことは重々承知の上で、黄泉路が自らが頼るものはやはりその底のない持久力だけであった。

 対して美花はパワーファイター寄りのスピードファイターであり、近接戦闘において重要とされる要素のすべてを高水準でもっているものの、訓練を始めてかれこれ1時間。文字通り絶え間なく続く攻撃をしのぎ続けるほどのスタミナはない。

 泥臭い戦い方ではあるが、これが黄泉路にとって地に足を付けた戦い方だと思っていただけに、美花から与えられた助言には悔しい思いが沸く。

 この戦い方はあの男には通用しない。そう言われたも同然ではあるが、美花の言っている事が正しいだけに納得もできる。

 今の黄泉路に焦りはない。一歩ずつでも前に進むことが大事なのだと、素直にそう思うことが出来ていた。


「ありがとうございました」

「……黄泉路、吹っ切れた?」

「まだ、多少考えることはありますけど、それでも何もしないでいるよりは、前に進もうって思うんです」

「そう」


 あまり喋らない美花と黄泉路では会話も多くないものの、その飾らない自然な空気を心地よいと感じる。

 先ほどとは打って変わったように時間が緩やかに流れる様に思える中、美花は立ち上がって汗ばんだシャツの襟を摘んで風を送りながら黄泉路に声をかける。


「明日は、気負わなくていい」


 それだけ言い残し、汗を流しに行くのだろう。訓練部屋を出て行った美花を見送った黄泉路は手馴れた仕草で部屋の清掃を始めながら、前日に受けた依頼の内容を思い返す。


「孤児院の皮をかぶった政府の実験場……ねぇ……」


 事故や事件の被害によって身寄りのなくなった孤児を引き取る孤児院。その地下では孤児を使った能力者開発実験が行われているというのだ。

 普通に過ごしていたら、出来の悪い陰謀論だと一笑に付しただろう現実味のない施設だ。

 しかしながら、不幸なことに黄泉路はそれをすんなり信じてしまえるだけの経験がある。

 自らが政府の極秘施設で人道など路傍の石よりも低い価値観として扱われる様な扱いを受けてきているのだから、そういうものかとすんなり納得するほかないのだった。


「(……僕がすべきことは、美花さんの保護した子供たちの避難誘導。施設の破壊は二の次)」


 実体験があるだけに、年端も行かない子供たちに対する仕打ちとは思えない数々が行われているかと思うと怒りも沸く。

 だが、今回の主目的はあくまでその子供たちの救出であり、施設の破壊ではない。

 そこを履き違えてしまえばただの八つ当たりである事をしっかりと自身に言い聞かせ、清掃を終えた黄泉路は掃除用具を片付けながら、昨日のミーティングで頭に叩き込まされた施設の地図を思い描くのだった。

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