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5-12 理不尽との邂逅7

「そういえば、刹那ちゃんはどうしてこのデパートに?」


 缶を捨てて戻ってきた刹那が座るのを見計らい、黄泉路が問いかける。

 刹那は一瞬きょとんとした顔をしたものの、すぐに真剣な顔つきで黄泉路を見返して口を開いた。


「んむ。我が尊敬して止まぬ創造者(つくりて)の新作を求めておったのだ」

「……えーっと」

「我が根城の付近にはあいにくと扱っている者がおらん。故に我はこうして遠方まで足を伸ばしてきたというわけだ」


 どうやらゲームか漫画か小説か音楽。その辺りの推している作家の新作を求めてきたらしいと、相変わらず修飾激しい刹那の言い回しから、おおよそのアタリをつけながら黄泉路は頷く。


「そっか。僕の用事にばかり付き合せちゃってごめんね」

「いや、気に病むでない。我は先を往くものとして当然の義務を果たしたまでだ」


 同時に、付き合わせてしまって悪いなという思いも生まれ、自然と黄泉路はカガリと逸れているという事実、もしかすれば黄泉路を探してカガリが奔走しているかもしれないという推測を頭の片隅に忘れてしまったまま提案する。


「……よかったら、ここからは僕も付き合うよ」

「良いのか?」

「? ……何が?」

「いや、汝が良いならば何も言わん」


 先ほど刹那がそうしたように黄泉路も一息でコーラを流し込み、飲みきった缶を片付けてからエレベーターを使って本屋へと向かった。




 書店を見つけたのはそれから十数分後。

 広いデパートのフロアの半分を占有する形で作られた大型書店のライトノベルコーナーで、刹那は悩ましげに唸っていた。


「むうううう」

「……どうかしたの?」


 目当ての本はなかったのだろうか。そう考えて問いかけた黄泉路であったが、返答はどうにも肩の力が抜けてしまうようなものであった。


「いや、いやな。通常版と初回特典版、それに書店限定版が並んでおるのだ。選定に迷うのは仕方なかろう?」

「普通に、初回特典版を買えばいいんじゃないかな」

「初回特典版は無論ほしい。ほしいのだが、書店限定というのもいつ失効するかわからぬのだ。であるからして、これらの価値は等しい」

「僕の友達だったら、両方買うって言ってた所だよ」

「中々に豪胆な輩だな。しかし、しかしな? 我は……そのだな……決して、決して財を持っておらぬわけではない。わけではないのだが……」

「……ああ」


 それもそうか。と、黄泉路は納得する。

 刹那は中学生であり、黄泉路がその時分の頃は、そこまで大金を貰った覚えはない。

 書店特典と初回特典、どちらにしても通常版よりも値が張る様子で、そのどちらもを購入するという選択は中々に勇気が要るのだろう。

 やれやれ、と。黄泉路は苦笑を浮かべながら、ああでもないこうでもないと、刹那が見比べる通常版と初回特典版、書店限定版へと手を伸ばす。


「む。黄泉路は全て買うのか」

「うん。刹那ちゃんが欲しそうにしてたから」

「――」

「その代わり、僕にこの作品、紹介してくれる?」


 暗に、3冊を贈ると仄めかす黄泉路に刹那は目を瞠る。

 あれだけ無駄遣いをしたくないといっていた男とは思えない豪胆さへの驚き、先のコーラでいう恩返しであり先行投資の一環だろうという納得、加えて、こうも判りやすく刹那が受けやすくする為の対価(ていさい)まで用意するその気遣いに、刹那は一瞬固まってしまったのだ。

 ややあって、刹那は自らに向けられた好意としか取れない言葉もあって、機械であればギギギと音を立てそうなほどぎこちない仕草で体裁を取り繕いながら黄泉路へと問う。


「無駄遣いは好まんのではなかったか?」

「それこそ、刹那ちゃん風に言うなら先行投資って奴だよ。僕が僕に対して、どうあるべきかっていう証を立てるためのね」

「……なれば我は何も言えんな。好きにせよ。他人の決意と厚意を無碍にするほど我は浅慮ではない故な」

「それに、刹那ちゃんへの(・・・・・・・)この気持ち(・・・・・)は、僕は無駄だと思わないよ」

「っ!?」


 自然とこぼれた笑みを向ければ、刹那はびくりと肩を揺らす。

 黄泉路は刹那に大切な事を教わった。それは身近な人にこそ相談できない悩みであったり、自身の内側に正しく支柱を持つべきだという考え方。

 どうあれ他人を立てる事を先に考えがちであった黄泉路にとって、それは新しい発見でもあり、自身の考え方を矯正する第一歩でもあった。

 その気持ち(・・・・・)は無駄にしたくない。無駄ではないのだと、目に見える形で相手に伝えたかったのだった。ただそれだけの事である。


 それをそのまま言葉にするのは、遠まわしな手段をとった事からも改めて口にするのは気恥ずかしく、それゆえの言葉が誤解に拍車を掛けているなどという事実は、当然黄泉路の理解の外であったが。


 今度こそ、顔を茹蛸の様に真っ赤にして固まってしまった刹那に、黄泉路は首をかしげる。


「? どうしたの刹那ちゃん」

「……」

「刹那ちゃん?」

「な、なななななっ、何でもないわ!!!」

「……ああ。なるほど」


 刹那の慌てた様な反応を照れ隠しと取った黄泉路は納得する。

 この手の人種は理解される事も少なければましてや言動を褒められたりする事もまた稀である。

 それは若かりし頃、おそらくは今となっては消し去りたい過去となっている常群の幼少期からも明らかであった。

 故に、黄泉路は刹那の反応はそれであると確信する。

 照れ隠しだけが正しく、その他が概ね、当たらずとも遠からずでありながらも着地点が果てしなく遠いすれ違いであった。


「刹那ちゃんがオススメの作品って――あれ。このタイトル」

「……う、うむ。黄泉路も知っておるのか?」

「『罪色の檻』……4年くらい前から続いてるよね、これ」


 背表紙に何気なく目を落として確認したタイトルに、黄泉路は思わずといった具合で刹那に問いかける。


「んむ。今は丁度アニメの3rdシーズンが始まる所でな! これほどまでの作品は数百年に一度であろうよ」

「……へぇ」


 かつての友人と話した、最後の話題。

 懐かしさにも似た感慨に胸の奥が疼くと同時に、あの日聞き流していた友人の言葉はなんであっただろうかという興味が沸く。


「そうだのぅ。一言で言うと、神に抗う人の物語、であろうな」


 語られるのは、神が作り出した檻の中で育った人間の主人公が、やがて檻の外を目指して神に牙を剥き、その中で多くの仲間と、別れを体験し、葛藤し、その上で立ち向かって往く物語。


「……7巻はぜひとも、3巻を読み直した後に読むのだ!!! きっと感動もひとしおになろう」


 刹那のプレゼンテーションの力量は家具選びの時に見せてもらった事もあり、黄泉路はそろっていた1巻から最新刊までをまとめて重ねる。

 その量はさすが長編というだけあって、ちょっとやそっとでは読みきらないだろう事は容易に想像が付く。


「そうだ、せっかく全巻そろえるのであれば、コミカライズされた方もまた一興であるぞ。あちらはあちらでアナザーストーリーとして、ライバルの視点を中心に描かれておるからな。原作7巻を読んだ後に読むと良い」


 レジへ向かう途中、立ち寄った漫画コーナーを見かけて言うや否や、10冊にも上るコミカライズシリーズを手に戻ってきた刹那に、黄泉路は本当にこの作品が好きなんだなと感心しつつ、この量になると本棚があれば良かったかなと内心で苦笑するのだった。

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