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5-6 理不尽との邂逅

 カガリに相談に乗ってもらい、心に幾許かの余裕を取り戻した翌日。

 黄泉路は久方ぶりの人混みに眩暈を堪えるように視線をやや上に。広々としたフロアの虚空へと投げていた。

 場所は夜鷹支部のある駿馬から飛んで東都。有名百貨店の中。


「……混んでるなぁ」


 呟いた声は音の波に呑まれて消える。

 それは休日のデパートの中を満たす客の声であり、足音であり、生物がそこに居るという証明であった。

 行きかう親子連れの子供の楽しげな声に応答する母親の声。孫を連れた老人の微笑ましそうな表情。

 若いカップルが何を買おうと談笑しながら腕を組み歩いてゆく。

 あまりにも平和すぎるその光景に、黄泉路は久しぶりの日常を目の当たりにして立ち眩む様であった。

 自分は浮いているのではないか。変な目で見られていないだろうか。

 そんな思考ばかりが浮かんでは消える。


「黄泉路ー。置いてくぞー」

「す、すみません、今行きます」


 人混みの合間、もう少しでも離れてしまえば人の波に紛れて逸れてしまう距離で黄泉路のほうを振り返って呼ぶのは、黒髪の青年。

 この日のためだけにスプレーで黒染めされた髪は自然な黒さとは言えず、だが、元の色を知っている黄泉路からすればまだ無個性だと思える色合いだ。

 髪質だけは変えようも無く、ツンツンと跳ねた髪がデパートの空調に揺れていた。

 赤に近い明るい茶色の瞳は黄泉路に早く来るようにと催促するようで、黄泉路は慌ててそちらへと足を向ける。

 紺色のジーンズに英字のプリントされたタンクトップ、爽やかな色合いのシャツといったラフな格好のカガリが、小走りで駆け寄ってくる黄泉路へと訝しげな視線を投げかける。


「どうした?」

「いえ、あの……僕、人混みって久しぶりだったから、変、じゃないかなって」

「何が?」

「……格好とか」


 気恥ずかしげに顔を俯けた黄泉路は、髪など元々の素材には一切手をつけては居ないものの、制服とジャージの二択であった服装は大いに変わっていた。

 捲くって七部袖にされた薄地の黒ジャケットと内に着込んだ清潔感のある白い半袖のシャツは、共に細身の黄泉路の身体のラインに沿うようスマートに纏められており、デニムのクロップドパンツは少年らしさを残しつつも子供っぽさを抑えた印象を与えている。

 夏場である事もあり、TPOにあわせた黒のサンダルが爽やかさを醸し出しており、小物として首元に下げられたネックレスが首元をシャープに見せる細やかな工夫も、黄泉路がなれない衣装を着ていても衣装に着られているという空気を払拭するのに一役買っていた。

 無論、これらのコーディネートを黄泉路自身が選んだわけではない。

 黄泉路が選んでいれば十中八九、動きやすくてそれでいて面倒がないワイシャツにジーンズなどといった無難だが華のない服装になっていただろう。

 これらは全て、外出届として支部長である果へと報告した際に、果の手によって嬉々としてコーディネートされたものである。

 黄泉路の服のサイズを完璧に把握されていた事に関しては深く追求する空気でもなく、また、黄泉路自身もすっかり頭から抜け落ちていた事で一切触れられていないが、それはそれ、世の中には知らなくても良い事があるのだという証左であろう。

 そんな、どこからどう見てもちょっとお洒落なだけの少年を見つめ、カガリはやれやれと首を振る。


「んなもん気にしすぎだ。別に浮いちゃいねぇよ。それよりほら、今日はお前の部屋の家具を選びに来てるんだ、お前が立ち止まったままじゃ始まんねぇだろ?」

「家具って言われても……」

「何でもいいんだよ。漫画でもテレビでもな。標の部屋、見た事あるか?」

「はい、一応」

「アレは極端な例だけどな。皆好きな物買ってるんだから気兼ねする必要はねぇさ」


 この間の依頼でお金は入ってんだろ? と、カガリは小さく笑いながら黄泉路を先導するように歩き出す。

 確かに、黄泉路は朝軒邸での依頼に際して、事後処理やらで多少の差し引きはあったものの、報酬と呼べるだけの金額は手渡されていた。

 だが、 正直な事を言えば、黄泉路はこの金銭に手をつける事に躊躇いを持っていた。

 朝軒夫妻が犠牲になり、廻に関しても完全に役に立てたとは胸を張れない黄泉路は自らに報酬を受け取る資格はないと思っている。

 故に受け取りを拒否しようとしたものの、リーダーと果によって有無を言わさず押し付けられ、気づけば産まれて初めて手にする大金が懐に残されていたのだ。

 カガリに誘われ、こうして遠いデパートにまで足を運んだ今でなお、黄泉路は手元のお金を使う事にひどく消極的だ。

 だが、皆無ではないのは、そうした事も含めた“負い目”を少しでも解消させようとしてくれているカガリの気遣いを察したからである。


「あの、燎さ――ん?」


 考え事をしながら歩いていたからだろう。

 見渡す限りの人混みの中に、カガリの姿は見えなくなってしまっていた。

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