5-5 傷痕5
カガリの放った言葉を理解するまで、黄泉路は数秒の時間を要した。
自身の能力は再生能力である。その前提条件が狂っていたという事はそれだけ強いショックを黄泉路に齎していた。
「え、あの……それは、どういう」
なんとか言葉を紡いで問いを口にする黄泉路に、カガリはどう説明しようかと悩むような素振りを見せた。
カガリ自身、先から相談に乗り、その流れで自らの昔話をしてはいるものの、あまり説明が得意な性質ではないと自負している。
美花や姫更などという極度な口下手と比べてしまえばまだマシである、というのも、比較対象の時点で間違っているのだから自慢にはならないだろう。
ややあって、整理をつけながらという調子のカガリが口を開く。
「あー。なんだ、その。【再生強化】ってのは、つまるところ、そいつの持ってる自然治癒力っつーのかな。そいつを活発に、速くする能力だ。中には自分に限らず、他人の自然治癒力を底上げして癒すなんて能力者もいるしな。この手の系統は探せば程度の差はあるが数はいるから間違いねぇ」
薬研とかは後者の能力者だぜ、と。付け加えるカガリの言葉が耳を抜ける。
カガリの言う“再生能力”というのは言われて見れば確かに、能力の説明としては至極真っ当であり、この手の能力者が多いという理由もまた、理解しやすくもある。
能力者として覚醒しやすい状況は黄泉路も体験したとおり、死に直面した際が最も多い。
自らの傷を癒そうとする行為は本能的に正しく、治癒というのは判り易い能力であるといえる。
だからこそ、黄泉路を――道敷出雲という少年を監禁した我部や研究者にしても【再生強化】であると疑う余地もなかったし、黄泉路もまた、その評価を真っ当だと受け止めていたのだ。
「前々から不思議に思ってたんだ。疲れ知らずな割には筋トレしても成果出てないだろ?」
「……はい」
「普通、再生能力者が筋トレをしたら、数ヶ月掛かるトレーニングがわずか数週間、能力の程度によっては数日で効果が出る。何せ、本来休ませなきゃいけない時間を繰り上げて短期間に詰め込めるんだ。こんなに手っ取り早いトレーニングもない」
「ええっと……トレーニングは、筋肉が負ったダメージを回復してより強くする行為だから、ですか?」
過去、テレビで聞きかじった知識を総動員し、先程カガリが告げた【再生強化】能力に共通する特性を重ね合わせて答えた黄泉路に、カガリは首肯する。
「それがお前の再生に対する制限なのか、とも思ってたが。どうにも違うらしいな」
「……制限、ですか?」
「能力者の中には、何かしらのデメリットを背負ってる奴も居る。うろおぼえなんだが……俺のきいた話じゃ、“発現時に求めた能力”が限定的すぎた事で応用が利かない、って事らしい」
「……限定的な願望を発現させたから、能力まで限定的になってしまった、ってことでしょうか?」
「そうだ。その他にも、『自分はこれだけのものを支払ったから能力が使える』っていう代償意識、それが能力に絡み付いちまってるヤツもいる。そういうのを、まるごとひっくるめて制限って呼ぶんだとよ」
制限。歯止め。代償意識。
たしかに、そういう考え方もあるのだろうと黄泉路は内心で納得する。
自身の能力も言われて見れば、確かに制限だと自覚できる部分があったからだ。
「どうしたらその制限、外せますか?」
「そればっかりは、話が戻っちまうが、折り合い、しかねぇだろうな。自分の能力は自分で向き合わなきゃならない」
「能力と、向き合う……ですか」
「そうだ。けどな、焦る必要はないぞ」
「焦らなくて……良い?」
諭すような調子で告げられた言葉に、黄泉路は自身が今の今まで、相談に乗ってもらって余裕ができたという自覚をもってなお、焦燥感を覚えていた事に気づかされる。
「ああ。誰だって多かれ少なかれ、能力者として生きるには向き合わなきゃならない部分じゃあるが、しっかり折り合いつけて乗り越えられたってヤツはさほど多くない」
「え?」
「自分の人生の転機の象徴、俺やお前みたいに恐怖の象徴だったりするモンと、好き好んで向かい合うヤツってのはそう多くないって事だ。普通に生活していく上ではむしろ能力ごと記憶に蓋をしちまった方が都合が良いって事もある」
「……でも、僕は――」
「そうだ。自分で選んだんだろ。俺達と一緒に来るって」
「はい」
「なら、時間はかけても良い。だから、じっくり悩んでしっかり自分と向き合って、自分の能力を受け止めてやれ」
「……はい」
よっし。と、2本目ともなる煙草を携帯灰皿にねじ込んで、カガリは背筋を解すように伸びをしながら立ち上がる。
「んじゃあ、堅苦しい話はこれで終わりだ。参考にならなかったら悪いな」
「いえ、とても、助かりました」
「そっか。……所で黄泉路、明日とか暇か?」
明日の予定、と問われれば、脳裏によぎるのは美花の一言。
ダメそうなら申告する様にと言われてはいる。だが、このダメをどう定義してダメなのかと問われれば、黄泉路は逡巡せざるを得ない。
肉体的には健康そのものであるし、訓練をするに否やはない。だが、今日と全く同じ有様では効果がないというのもまた、先の相談でしっかりと理解していた。
ある程度折り合いがつくまで、実戦的な訓練は行えないという結論に等しいそれに、黄泉路は暗澹たる思いと湧き上がる焦燥を覚えるが、それも含めて焦るな、ということなのだろうと認識できるだけの余裕をカガリから受け取っていた。
故に、黄泉路は小さく、ほんのりと煙草の臭いが篭った空気を吸い込んでカガリに目を合わせる。
何を提案されても、今回はカガリに従おう。そう決めて黄泉路は肯定を返す。
「はい。大丈夫です」
「んじゃ。明日は買い物行こうぜ」
「買い物……?」
「ああ。悩むのは良い。大いに悩め。けどさ。こんな殺風景な部屋じゃ息が詰まるだろ? お前がこのままが良いっていうなら俺は何も言わねぇけど」
家具、買いに行こうぜ。と、楽しげに提案するカガリに、黄泉路は曖昧に頷くのだった。