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5-4 傷痕4

「俺が能力者になった時も、黄泉路たちと一緒で、よくある命の危機ってヤツだった」


 再び口元に煙草を咥え、煙を宙に吐き出して深い呼吸を置いてから語りだすカガリに、黄泉路は静かに耳を傾ける。


「大きなビル火災だ。出火元は客の煙草の不始末。気づいた時には上層に取り残されて火の海になった廊下で立ち往生する羽目にってな」


 当時を思い返すような、どこか哀愁漂うカガリの姿は、黄泉路の知るカガリという人物と乖離しているように感じられた。

 携帯灰皿を取り出して吸殻を落としつつ、カガリは再び大きく煙を吸い込んで続ける。


「火から逃げるように上階に向かったはいいが、最後の最後で立ち往生しちまって、一緒に逃げてきたやつらも次から次へと煙でやられて、倒れこんだやつから瞬く間に炎が包み込んでった」


 思わず想像してしまい、黄泉路は自らが火に焙られた記憶がフラッシュバックして口元を抑える。

 喉元まで出掛かっていた吐き気を堪え、記憶に蓋をするために話に耳を傾けようと意識を目の前へと向ければ、カガリは二本目の煙草を取り出しながら困り顔を浮かべていた。


「やっぱ、あんまり良い話じゃねぇよな。やめとくか?」

「……いえ、僕のほうから訊いた話ですから、燎さんさえよければこのまま」

「そうか。……倒れこんだヤツが燃えはじめて、すぐに鼻を突くような脂が焼け焦げる臭いが漂ってきた。あん時はショックで吐いちまったりしてな。そん時思ったんだよ、ああ(・・)あんな風に(・・・・・)死にたくねぇ(・・・・・・)。って」

「それが……」

「ああ。俺の能力は、発火能力っていうより、どっちかっていえば、熱量操作に近い性質だ。火を支配することで、俺から火を遠ざける(・・・・・・・・・)。それが俺の能力の本質であり、俺の恐怖の根源って訳だ」


 誰かさんの煙草の不始末が原因で出来たトラウマなのに、その煙草に縋ってごまかそうとしているのだから我ながら皮肉だ。と、最後に笑い話にしようとでもするように笑えない冗談を口にして、カガリは煙草の煙を吸い込んだ。

 ひとしきり話し終え、話はこれで終わりだと煙を吐き出したカガリに、黄泉路は湧き上がった疑問をぶつける。


「……燎さん。あの、不躾な質問だっていうのは、理解してるつもりです。気に障ったらごめんなさい。ひとつ、訊いてもいいですか?」

「なんだ?」

「燎さんは自分の能力を、嫌いとか怖いとか、思わないんですか? 聞いていた限りだと、火が怖いから火を操る能力を得たのはわかるんですけど、火を、見ることは怖くないんですか?」


 それは、自身に言い換えてしまうならば、死を直視する事が怖くないのか。という問いでもあった。

 黄泉路の能力は死を遠ざける力だ。自身の死を遠ざけるという点で、カガリと黄泉路の能力は一致している。

 だからこそ、自身が死を感じ、恐れた原因であるものを、自身の制御下とはいえ直視し続ける行為に対し、何も思わないのか。


「……正直。怖くねぇってのは嘘だ。トラウマを克服するためにトラウマの対象を俺が支配してるっていう実感で、どうにか折り合いつけてるだけだ」


 未だに自分以外の炎は怖い。

 宙を漂い、天井近くの壁面に設置された換気扇に吸い込まれてゆく煙を眺めながらそう零したカガリの表情を、今の自分では到底出来ないと黄泉路は思う。

 それはしっかりと自身の弱みと向き合い、痛みを堪え、それでも前に進んできた男の顔であった。

 今の黄泉路には、それだけの勇気はない。


「ま、その後で自分の能力を制御できずに色々やらかして、その結果三肢鴉に保護されて今に至る、っつーわけなんだけどな。この辺の話はあんまし面白い話でもねーし、むしろ恥ずかしい話の部類に入るから質問はナシだ」


 恥ずかしい話、というのも、やはり興味をそそるものはあった。

 だが、今の自分の立場を考えればこれ以上脱線するのは相談に乗ってくれているカガリに対して失礼であると、黄泉路は内心で頭を振る。


「さてと。じゃあ話戻すぞ。いくつか気になる事も言ってたしな」

「は、はい」


 いったい何を口走ったのだったか。黄泉路は自らの衝動に任せた乱暴な物言いを思い返そうとするも、頭が真っ白なままに吐き出した言葉を完全に再現することは叶わず、戦々恐々と言う具合でカガリの声に反応する。


「そんなに硬くなんなよ。別に怒ってる訳じゃねぇしな」

「はぁ」

「気になったってのは、あれだ。お前、“能力で痛みを抑えないと”って言ってたよな?」

「それが、気にかかった事ですか?」


 確認するような問いかけに、黄泉路はおぼろげな記憶の棚をひっくり返し、確かに自身がその様な事を言ったような気がすると小さく首肯する。


痛覚制御(・・・・)なんて――明らかに【再生強化】とは別の能力だからな」


 冷静そのものであるはずのカガリの声が、殺風景な室内に大きく響いたようであった。

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