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5-3 傷痕3

「燎……さんは、怖いと、思ったことはありますか?」


 じっと、カガリの視線を真正面から受け止めて、黄泉路は問う。

 あの事件以来、自身に付きまとうモノを吐き出すように小さな声が空気を揺らす。


「意識して能力を使おうとする度にこの間の男の姿が浮かび上がってきて……“お前に殺された。なんでお前はのうのうと生きてるんだ”って……言ってくるみたいで……」


 思い返すのも嫌だと弱々しく首を振って震える声で告白する黄泉路に、カガリは聞きの姿勢のまま静かに目を伏せる。


「あいつが……僕に近づいてくるんです……まるで、僕を妬むみたいに……」

「……」

「怖いんです……力を使う事が、自分だけズルをしてるんじゃないかって、皆、一度死んだらそれで終わりなのに、僕だけが何度も何度も生き返るこの力が……僕は能力がなければ戦えない。能力で痛みを抑えなきゃ、殴られただけでも痛いし怖い……それなのに、僕は――能力の使えない僕なんてッ」


 悲劇を阻止できる力が欲しい。だが、手の中にある力は恐ろしい。

 酷く自己中心的で矛盾した言い分であるという自覚はあった。

 だが、一度吐き出してしまった言葉は止めようもなく、気づけば溜め込んでいたものを吐き出してしまっていた。

 そんな黄泉路に対し、カガリは射抜くように黄泉路と視線を合わせ、穏やかだが、それでいて重いものを吐き出すような声音で問いかける。


「……お前はじめに、俺にも怖いと思った事があるか、って訊いたな?」

「はい」


 吐き出し終えた事で僅かに冷静になった黄泉路は自分が醜い言い方をした事に気がついて俯く。

 生きている人であるならば、誰しも一つや二つ、怖いものがあって不思議ではない。

 加えていうなら目の前のカガリは黄泉路よりもはるかに死線を潜り抜けてきた、その道のプロだ。その来歴に相応しいだけの恐怖体験だって、あって然るべきだ。

 先の言い方では、自ら人を殺した事への葛藤、それが特別であるかのような、まるで悲劇の主人公であるかのような物言いをしてしまった事に遅まきながら思い至り、穴があったならば入りたい衝動に駆られてしまう。

 目の前の相談役こそ、その葛藤を乗り越えてこの場にいるのだという事実。自分の物言いに対して思うところがあって当然だと理解した黄泉路は気まずそうに僅かに顔を顰めつつ頷き返す。


「あるぞ」


 諭されるだろうか。それとも、そんな事を自分だけが特別と思うなと叱咤されるだろうか。そう内心で怯えながら予想したどの言葉とも違う軽い声に、黄泉路の思考は一瞬固まってしまう。

 あまりにも自然に、雑談の流れの一つのように告げられた言葉に、黄泉路は耳を疑うように問い返す。


「――え、え。燎さんも、怖いって思う事、あるんですか?」

「おいおい。お前俺を何だと思ってるんだよ。俺だってお前と同じ人間だ。怖いもんは怖い。恐怖を感じない人間なんてのはただの病気だぜ」


 何の臆面もなく自らの弱みともいえる話を切り出すカガリに、黄泉路は動揺する。

 余裕綽々、黄泉路を救助する際にも幾人も屠り、銃器を前にしても一歩も引かないあのカガリが、何を恐れるのだろうか。

 自身の直面する問題とはまた別に、興味がむくむくと心の中で育っている自覚に、黄泉路はなんて現金なんだろうと自身に呆れながらも、それでも話を促してしまう。

 そんな黄泉路の様子に苦笑しながら、カガリはぽつぽつと語りだす。


「能力ってのはソイツが本当に必要だと思ったものが現れる。ってのは、誰かから聞いたか?」

「……標ちゃんから、一応は」

「そっか。ならその話は省くが……なぁ黄泉路。なんで俺が、【発火(エレメント・)能力(ファイア)】なんてモンを持ってると思う?」


 カガリが持つ、炎を、熱を自在に操る【発火能力】。それは、どんな状況であれば(・・・・・・・・・)必要となる(・・・・・)能力なのか。

 そう問いかけられた黄泉路は僅かに首を傾げる。

 確かに、考えてみればその通りなのだ。

 黄泉路のような死に瀕した際に発現する能力とするには、能力の効果が迂遠に過ぎるというのが、黄泉路の持つ感想であった。

 何故、“火”である必要があったのか。

 答えあぐねている黄泉路に対し、カガリはポケットから煙草を取り出して口に咥え、ふと気づいたように黄泉路に視線を向ける。


「あー……」

「どうぞ。換気はありますしね」

「わりぃな。ミケ姐と一緒だと吸わせてもらえなくてな」

「煙草、好きなんですか?」

「好き……って言うよりは、ただの癖、だな」

「癖、ですか」

「まぁな。ヤニの匂いでごまかしてねぇと、ヒトが焼ける臭いが染み付いちまってるような気がしてな」


 口元に咥えた煙草の先端に指先を宛がえば、指先の虚空から、ライター代わりと言わんばかりの小さな炎が出現して煙草に火をつける。

 指を振るにしたがって掻き消えた炎はまるで手品の様で、その仕草があまりにも様になりすぎている事も含め、黄泉路は感嘆たる思いでその光景を見つめていた。


「ま、俺も色々あるってこった」


 肺を満たした煙を宙に吐き出したカガリは黄泉路の視線に気づいて苦笑を浮かべる。


「……ざっくり言えば、俺は実の所、焼死体ってのが苦手でな」

「え?」


 自分で量産してるじゃないか。とは、いくらなんでも口に出すには憚られる。

 よって黄泉路の口から零れたのは間の抜けた声だけであったことは、むしろ幸いであっただろう。


「焼死体っつーか、火、だな。そのものだ。俺は火が怖い(・・・・・・)

「なのに、【発火能力】なんですか?」

だから(・・・)、だよ」


 意味ありげに、未だに熱が灯っている事を示す赤々と輝く煙草の先端へと視線を落とし、カガリは困ったように笑うのだった。

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