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幕間2-5 常群幸也と周辺事情4

「それで、刑事さんは俺に何を聞きたいんすか?」

「道敷家が今どこにあるのか。それと、君――そうだ。君の名前、まだ聞いていなかった。君と、道敷出雲との関係について。大学生だというなら道敷出雲とは少々歳が離れている事になるが、何故友人関係になったのか、日ごろの彼はどういう態度で、どういう人物だったのか」

「ははは。一気にきたっすね。ちょっと長くなるんすけど、いいっすか?」

「構わない。時間は幾らでもあるからね」


 質問が多かった事を理由に会話を区切り、常群は頭の回転を速くする。

 刑事に名前を教えることに否やはない。今後も有力な情報源として取引をしていきたいならば、そこは避けて通れない道だからだ。

 しかしそれよりも常群が気に掛かったのは、目の前の刑事、永冶世は出雲のことを、常群とは歳の離れた相手(・・・・・・・)だと言っていた事だ。


「(……ブラフ? いや……この刑事はそんな嘘吐ける人にはみえねぇ……けどなぁ……刑事だぞ刑事。こんな見た目で海千山千ってこともあるんだろうけど……考えててもしかたねぇか。まだ情報の欠片も掴んでないんだ。探られて痛い腹なんてこっちにはないからな)」


 かまを掛けられているのかとも思ったが、どうにも常群には永冶世という刑事が腹芸を得意とするタイプには思えなかった。それは今までの会話の感触からのぼんやりとした直感ではあったが、ここまでが全て演技で騙されていたのだとしたら自分の手には余るだろうと、半ば開き直りにも似た感覚でもって推測を進める事にした。

 住所不備や、常群の存在を知らない事から交友関係についての調査も進んでいないとすら考えられ、その情報不足ぶりから察するに、書類にはその辺りの事は記載されていないか、はたまた、何らかの事情でこの刑事は閲覧する事ができていないのではないかと常群は推察する。

 そうなると、問題は再び最初の疑問へと立ち返る。

 何故、出雲に関する出生や経歴の書類もまともに調べる事も出来ずにいて、出雲と常群を歳の離れたと、そこだけははっきりと断言できたのか。


「(あの姿の(・・・・)出雲と遭遇した……? 出生も経歴も調べられてない風だったから、俺と出雲を歳が離れたって言い方したのはそれで納得できる……)」


 思い返すのは、路地裏から覗き込んできていた少年の姿。今の常群と比べると確かに多少の歳の差を感じるだろう。

 仮定に仮定を重ねた、仮設にしても穴がありすぎるという自覚は常群自身にもあった。だが、そう考えれば、現状の筋はある程度通るのだ。

 喉を潤す為にとコップに口をつけ、ゆっくりと冷や水を飲んでから口を開く。


「ええっと……道敷さん家が今どこにあるかでしたっけ?」

「ええ。まずはそれからお願いします。何かご存知ですか?」

「残念ながら知らないっす。一家離散したんすよ。あの事件の後。あ、俺は常群幸也っていうっすよ」

「一家……離散……」


 どうやら本当に知らなかったらしいと、自身の仮説の外堀を埋めるように嘘はつかず、ただし詳しい内情は知らないという顔で告げ、僅かに動揺した様子で言葉を詰まらせる永冶世に対して畳み掛けるように爆弾を投下する。


「そうっす。まぁ、当然っすよね。死んだと思った息子が帰ってきたと思ったら警察に追われてて、警察から引き渡すように脅されたって話らしいですし」

「おど、された……?」

「ええ。俺はそう聞いてるっすよ」


 あくまで世間話。軽い口調で雰囲気を変えないまま、やんわりと投げ入れた爆弾は見事に的中した様子であった。


「……聞いてるとは、誰に?」

「出雲の妹ちゃん。出雲が死んでからふさぎ込んでて、俺が兄代わりになってたんすよ」


 どうやら、その事も知らなかったらしいとなれば、ほとんど情報のアドバンテージは自身にあると常群は認識し、さも優しい近所の年上を装って話を進める。


「そうですか……今、妹さんとは?」

「たまにメールでやりとりするくらい、っすかね。あれから盛大に家族喧嘩したらしくて、学校サボり気味って話を聞いたくらいっす」

「……そうですか」

「俺も、出雲の友達兼、妹ちゃんの兄貴分として聞きたいんすけど。何で出雲が追われてるんすか? そもそも被害者っすよね?」


 常群は飄々と本音を織り交ぜて、質問の回答を先延ばしにしつつ問いかける。

 今は少しでも会話の数を稼ぎ、相手から情報を引き出したいがための交渉であった。

 だが、素朴な疑問といった装いのその言葉に、さっと永冶世の顔色が強張った事で常群はまだ早いかと内心で舌を打つ。


「お待たせしましたーホットコーヒーふたつになります。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

「……ああ。伝票はこちらに」

「かしこまりましたー」


 空気にぴりっとした緊迫感が漂ったのを見かねてか、穂憂がコーヒーを手に乱入した事で会話が途切れ、永冶世の対応が僅かに和らぎ、常群も内心の焦りを表に出さぬようにコーヒーへと手を伸ばす。

 砂糖もミルクも入れていないコーヒー特有の苦味が口の中に広がり、綱渡りしている現状に思わず顰めたくなった顔を誤魔化して常群はゆっくりと息を吐く。

 穂憂がリカバリーした空気を壊すまいと、常群はある程度出雲の情報を渡す事になる事を承知の上で、今は関係を作る事が大事だと自身に言い聞かせながら永冶世が求めた質問に答えはじめる。


「……出雲についてでしたっけ?」

「ええ。日ごろどういう態度で、どういう人物だったのかですね」


 世間話のように語るのは、出雲と過ごした日々の事だ。

 他愛ない話。誰とでも話をあわせられ、優しいという対外的評価を得ていた割に、自分自身に対してはあまり頓着していないのが自己評価の低さに表れていた、そんな、どこにでもいる普通の少年の話である。

 何が好物で、何が苦手だったか。そんな些細な話まで含め、出来る限り当たり障りない話を、しかし、関わりが長かったことを示すような話題を選ぶ。

 話を聞く永冶世の態度は変わらない物の、話自体を真剣に聞いている様子に多少なりの好感にも似た感情を常群が抱き始めた頃だった。

 不意に、くぐもった電子音が響く。


「――私の携帯のようです。出ても?」

「はい。構わないっすよ。俺もちょっと喋りつかれたっす」


 携帯を取り出し、耳に当てて何事かやり取りをした永冶世は伝票をとって立ち上がる。


「申し訳ない。お時間をいただいたのに、所用が入ってしまいました。貴重なお話、ありがとうございました。私はこれで失礼しますが、大丈夫ですか?」

「ああ。そだ、刑事さん。最後に一つ」

「……なんでしょう?」


 席を立って会計へと向かおうとしていた永冶世を呼び止めた常群は、なんでもないという風に、今まで一切触れてこなかった事実を告げる。


「俺と出雲、どこで知り合ったかって聞いてましたよね」

「ええ。それが?」

同級生だった(・・・・・・)んすよ」

「え?」

「ゴチになりました。お仕事頑張ってくださいっす。またなんか(・・・・・)分ったら(・・・・)連絡ください(・・・・・・)

「……わかりました」


 今はこれ以上を話す気はない。そう言外に告げる常群に対し、時間が押しているのだろう、ちらりと時計を一瞥した永冶世は、紙ナプキンをテーブルにおいて胸ポケットに挿したペンで文字を書き込んでゆく。


「私の携帯の番号とアドレスです。何か思い出したら(・・・・・・)ご連絡ください。連絡いただけたら、此方からも折り返し(・・・・・・・・・)ご連絡します(・・・・・・)

「……りょーかいっす」


 差し出された紙ナプキンをひらひらと指の間で遊ばせ、常群は緩く、薄い笑みを浮かべる。

 去ってゆく若い刑事の背が見えなくなった頃、寄って来た影に対して常群は肩を竦めた。


「最後の方、結構絆されちゃってませんでした?」

「……あー。わかる?」

「分かりますよ。兄と一緒でお人よしですから」

「あっはっは」

「……結局、何か掴めました?」

「いんや。何にも。……ああいや。あっちもあっちで何も分ってねぇんだなって事は判ったし、この分なら出雲が大人しくしてる分には安全だろうってのは判ったかな?」


 先程と打って変わり、脱力しきった雰囲気の常群に、穂憂は緩やかに目を伏せる。


「そうですか。……いず兄。どこにいるんでしょうね」

「アイツの事だから、あんがい美人なお姉さんに囲われたりしてな」

「それならそれでいいんですけど。さすがに憂に連絡はほしいのです」

「良いんだ……憂ちゃん心広いなぁ」

「ええ。一度は死んだと思ってた兄が生きてたんですから、高望みはしないです。今はとりあえず、兄さんが無事で、また会えるならそれで。それ以上はその後求めますから」


 控えめな様でいて、実の兄に対して思うところのある様子の穂憂に、常群はやれやれと肩を竦めてコーヒーを飲み干して立ち上がる。


「ま、俺はあの刑事さんと仲良くやりつつ探ってみますよ」

「お願いします。ゆき兄(・・・)


 奥まった席故か、太陽に雲がかかった所為か。永冶世が去った席が僅かな影を帯びる。

 かつての出雲の日常が、引きずられるようにして変質し始めている事を、黄泉路は知らない。

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