幕間2-4 常群幸也と周辺事情3
先んじて店内に入る事に成功した常群は、車から降りて向かってくる刑事を一瞥し、来客を迎えた少女へと声を掛ける。
「憂ちゃん」
「はい。メール見ました。外のがそうですか?」
「ああ。悪いんだけど、奥の席に案内してもらって良いかな? 俺も色々探ってみるから、旗色が悪いと思ったら――」
「注文に託けて横槍を入れる。ですね?」
「悪いな」
「いえいえ。ゆき兄のお願いだもん。……それに、いず兄の事でしょ?」
墨のように黒い背の中ほどで揺れるポニーテイルを揺らし、同色の大きめな瞳を細めて少女――道敷穂憂が応える。
平日の昼間、花の女子高生であるはずの穂憂がファミレスでアルバイトをしているという事実に思うところが無いではないが、その原因の一端を担う常群にはどうこういう資格はない。
こうして何食わぬ顔で見知った人間にフォローを頼める状況で情報を引き出せるチャンスにめぐり合えたのだという事も踏まえれば、十分にありがたいとすら思えてしまう。
ややあって店内へと姿をあらわした刑事に会釈し、常群から聞いていたという風に2名の来店を口頭で確認するように告げながら穂憂が先導してふたりを奥まった席のほうへと案内してゆく。
もし刑事が穂憂の事を知っていたらと考えると危うい賭けではあった。しかし、常群からやや後ろを付いて歩く刑事は穂憂の年齢と比べると幼すぎる趣味だと思われかねない安物の髪飾りに興味を引かれたようであったが、何かを言及する様子は見受けられずに案内された席に座る。
対面に常群が座ったところで、はなれて行く穂憂から意識を外した刑事が口を開いた。
「私が――失礼。まだ名乗っていませんでしたね。私は永冶世忠利。あなたにお伺いしたいのは、ご友人についてです」
「……ご丁寧にどーもっす。永冶世さん。念のため聞きたいんすけど、あの家にいた俺の友達、って事で良いんすよね?」
慎重に言葉を選び、あえて出雲の名を口に出さず、かまを掛ける様に確認を取る。
目の前の刑事・永冶世は道敷家の――出雲の事で話を聞きたがっていた割には、その親族である穂憂の事を知らないらしいとなれば、相手がどの程度の情報を握っているかが不安になったからだ。
逆に、知っていて見逃されたのだとしても、ここで自ら情報を率先して吐き出すほど、常群は警察に対して親身ではない。
「何の為にってのは、やっぱり聞いちゃダメっすかね? 守秘義務? とか、そんなんありましたよね?」
「それは……」
言い淀み、会話が途切れる。
遠慮がちに、興味本位ですという風体を装って踏み込んだものの、やはり目の前の刑事はどちらかといえば堅物の様だと自らの失態を内心で毒づいていると、穂憂がおしぼりと冷や水を持ってきて沈黙を和らげる。
一瞬の視線で意思疎通を果たすと、穂憂は慣れた調子で口を開く。
「お決まりでしたらご注文承りますが……」
「あ、ああ。そうだな。ホットコーヒーを一つ」
「かしこまりました」
「……ああ、そうそう。お時間頂いているのは此方ですので、代金は此方が持ちます。ただ、出来れば飲み物とデザート程度で収めていただけると助かります」
「じゃあ俺も同じので」
「ホットコーヒーおふたつですね。かしこまりました」
口頭で注文を確認した穂憂が去る頃には、会話は振り出しに戻ったように空気が緩和されていた。
それを幸いと、常群は情に訴える方向はどうだと食い下がる。
「仮にも友達に関わる事らしいってなると、事情くらい知りたいじゃないっすか」
ダメっすかね、と。あたかも、何も知らないただの友人を演じる常群に対し、何事か悩んだ様子の永冶世であったが、ややあってからようやく口を開く。
「……わかりました。ただ、この事は――」
「他言無用。っすよね?」
「ええ。お願いします」
「了解っす」
頷くと共に、視線を永冶世へと向けて姿勢を正す。
ちらりと向けた視線の先、コーヒーの準備をしながらも穂憂が二人の様子を覗っているのを確認し、常群は耳を傾ける。
「……私が追っているのはレートSの能力者……名前は、道敷出雲。不死身の名を冠する異常者です」
「……」
「4年前に能力者と見られる通り魔によって殺害され、搬送後に蘇生した後に政府施設での療養中に職員を傷つけて逃走しました」
「何で、4年間も連絡の一つもよこさなかったんです? それに、俺は死んだって聞きましたけど」
「それは……」
「秘密っすか?」
押し黙る永冶世は隠している風にも見えないことも無いが、これはどちらかといえば、回答を持っていない質問をされた時の教師のそれに似ていると常群は思う。
故に、常群はやれやれと大仰に溜息を付いて首を振る。
これは情報を聞き出すよりも、この刑事を利用して情報を集めさせたほうが有益かもしれない。そう思考を切り替えた常群は切り口を変える。
「……まぁいいっすよ。守秘義務ってやつっすよね。何かわかったら聞かせて貰いたいっすけど」
「ああ。約束しよう」
「言いましたね? 口約束でも俺ちゃーんと覚えてるっすよ」
楽しげな風を装って、常群は軽薄な表情を貼り付けて微笑して、冷や水を口に運んだ所で会話をリセットして永冶世へと問いかけるのだった。