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幕間2-3 常群幸也と周辺事情2

「……何してんすか?」

「っ」


 明らかに年上であると想定し、慣れない、というよりは、愛嬌のある若者らしい振る舞いを心がけて崩した敬語もどきで声を掛ける。

 左手のポケットの奥に触れた携帯は、すぐに取り出して連絡を取れる状態にしているあたりも、常群の警戒心が並々なら無い事は明白であった。

 思考にふけっていたのか、今常群の存在に気づいたという風に驚いた様子で振り返った青年を観察しつつ、常群は続ける。


「そこ、空き家っすよ」


 当たり障りない言葉で相手の出方を窺うような常群の言葉に、青年は酷く驚いた様子で言葉を返してくる。


「転居届けは無かった様だが、君は?」


 転居届け、その言葉に、チリッと常群は自身の中で警戒心が膨れ上がるのを感じた。

 目の前の人間は少なくとも、この家を道敷家だと理解した上で訪問している。

 営業の人間という事も考えられたが、営業ならばピンポイントでこの家の前で立ち往生する必要はない。ひとが居ないと分ったならばすぐに別の場所へ向かえばいいだけなのだから当然だ。

 だとするならば、どうしても道敷家に対して用があった人間という事になる。

 今の道敷家に対して用事を持つ人間など、失礼なのは承知の上だが、そう多くないと常群は断言できた。

 故に、常群は自ら囮を買って出る気概でもって、あえて踏み込んだ言葉で相手を誘う。


「ああ、俺、そこに住んでたヤツの友達なんすよ」

「友人?」

「もう暫く会ってないんすけどね。居ないって分ってても、つい前を通っちまうんすよ」

「それで私が家の前にいたから声をかけた、と?」

「まぁ、そんなとこっす」

「そうか……私はこういう者なのだが、よければ話を聞かせてもらえないか?」


 そう言って、青年が不慣れそうに左手で取り出した警察手帳を見て、常群は警戒度合いをさらに引き上げる。

 警察がいまさら道敷家の前に現れる。それはつまり、4年前に死亡したと公的に記録された道敷出雲が、何らかの事情で生きており、警察に――公的機関に追われる立場であるという事だ。

 穂憂からも似たような証言があり、結果的に家族を売った――穂憂の主観による証言なので、詳細はもう少し複雑なのだろうと常群は理解している――両親の話も、それを補強する要因となっていた。

 その警察が目の前にいる。それはつまり、未だ出雲は無事で、かつ、居所がつかめていないという事の証左であった。

 常群は穂憂から、出雲を見かけた日に道敷家で起こった事の顛末を聞いている。そしてなにより、穂憂が4年越しにもらったと言う誕生日プレゼントと、そのメッセージカードを目撃している。

 故に、常群は警察を信じる事ができない。むしろ、この場に限っては敵であると断言すら出来た。

 状況を認識し、常群はさっと思考を巡らせる。

 見たところ相手は右腕を負傷していて、逃げ切るだけならばこの住宅街は庭のようなものだ。如何様にも逃げる事は可能だと常群は確信するが、しかし、常群は既に道敷の友人だと宣言してしまっている。

 警察であれば調べる事も可能だろう。なればこそ、常群は警戒しつつも、さらに踏み込んで情報を探る事にした。


「……ああ。刑事さんなんすね。いいっすよ。今日は講義は午前だけっすから」

「そうか。君は大学生?」

「そっすね。……ああ、そうだ。場所変えませんか? さすがにこんな場所で立ち話は刑事さんも疲れると思うんすけど」


 ちらりと、目の前の刑事の右腕の大仰なギプスへと視線を移し、さも心配で善意から言ってます、という風を装って場所の変更を提案した常群は、ポケットの中で左手の携帯の感触を確かめてメールを起動する。

 誤字があってもいい。とりあえず、何かあったと伝えられればそれでいいと、最新のメール送信履歴が彼女であった事を幸いと、道敷穂憂へとメールを飛ばす。


『けいさついつじょこへからむかう』


 変換も内容も見ずに、それだけ打ち、常群は会話を続ける。


「そこの車、刑事さんのっすよね? この近くにファミレスあるんで、そこでどうっすか? こんな道端に車止めっぱにするよりはマシだと思うんすけど」

「ああ。悪いね。そうさせてもらおう。乗せていくが、構わないかな?」

「はい。大丈夫っす」


 車のエンジンを掛けようとする刑事の視線から外れるように、助手席側へと回り込んで車を遮蔽に取りながら、ちらりと携帯を確認してメールを送信する。

 到着までに届けば良いと思いつつ、常群は車に乗り込んだ。


「それじゃあ、道案内を頼んでもいいかな?」

「はい。任せてくださいっす」


 運転席に座った刑事が車を走らせはじめると、車内は車の立てるエンジン音と風を切る音だけが支配する沈黙に包まれる。

 常群から余計な話を振る気はなく、刑事の方もそうした気はないようであった。

 時折、案内の為端的な指示を出していた常群の左ポケットが震える。

 マナーモードでの着信を認識した常群はちらりと刑事へと目をやるも、運転中とはいえすぐ隣に警察がいる状況で確認する事も出来ず、ただただ穂憂からの連絡である事を祈るばかりであった。


「ああ。そこっす。あの看板の」

「了解した」


 やがて、駅前のファミリーレストランの看板が見えてくる。

 全国に展開する大手チェーン店の看板が示す駐車場は昼下がりである以前に平日であった事もあり、車を止めるスペースには事欠かない。

 エンジンが止まると共にロックが解除され、常群は息が詰まりそうなのを我慢していた事もあってすぐに車外へと足を降ろし、刑事に先に席を取ってくる旨を伝えて足早に店内へと向かった。

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