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幕間2-2 常群幸也と周辺事情

 平日の昼間、まだ日差しも暑いとはいえず、春先から夏へと向かう安定した暖かな陽気が照りつける中、陽光が反射して殊更明るく見える赤茶けた髪の青年――常群幸也(つねむらゆきなり)は、誰の眼も無い事を良い事に盛大なため息を吐いていた。


「はーぁー……ままならねーもんだなぁ……」


 平日の、時刻としては13時を跨いだ程の時間帯に街中を歩く常群は、極一般的な青年と言える。

 中肉中背、成績は概ね良。交友関係は広く、性格は明るい。

 そんな、どこにでもいそうな一般的な大学生である所の常群が溜息を吐き出す事情など、はたから見れば成績や色恋、退屈などであろうとあたりをつけるのは、そう間違った事ではない。

 だが、そんな極々普通の大学生、常群幸也の抱える悩みは、おおよそ大衆の思う一般とは激しく乖離していた。


「……教えるべきじゃ、なかったのかなぁ」


 繁華街を抜け、自宅への帰路をとぼとぼと歩く足取りは重い。

 それでも自然と足が動くのは、長年の習慣からか、罪悪感からか。

 半ば無意識に住宅街を歩く常群の足取りは揺ぎ無く、傍目には確たる目的地を持って歩いているようにしか見えないだろう。

 たしかに、目的地はある。自宅と言う名の目的地だ。

 だが、それは何も、この道(・・・)を通らなくとも幾らでも近道も、遠回りも出来る目的地だった。


「(この道を通っちまう……いや、通らざるを得ないと思っちまうのは……やっぱり、後悔なんかなぁ)」


 常群が嫌々ながらも、しかし通らざるを得ないと認識している道。

 それはかつての学友であり親友であり幼馴染であった、道敷出雲という名の少年と共に歩んだ道であった。

 4年も前、彼らが高校生の時分にその終止符が打たれたはずであった関係だが、常群は最近、大半の時間をそれに類する思考へと割いていた。

 きっかけは約2ヶ月程前だ。

 いつものように大学へ向かう途中。友人が死んだ――殺されてしまったと言うトラウマにも似た経験から、ついつい路地裏へと続く薄暗い道へと視線を向けたときだった。

 常群はそこで、かつての友人に良く似た姿の少年を見た。

 出雲少年と別れたのは4年も前の事で生きていたとするならば自分と同じく相応に歳をとっていなければおかしいと、理性では理解できるはずであった。

 にも拘らず、常群は暗がりから通りを怯えるような表情で覗き込んでいた少年を、道敷出雲だと確信した。

 直感にも近いものであったが、それでも、常群は自身が出雲の顔を見間違えるはずがないと理性をねじ伏せて断言できた。

 暗い髪色で、前髪で顔を隠しがちだが華奢で中性的な顔立ちの、鏡で自分の顔を見るのと同程度には見慣れた、親友の顔だった。

 そんな少年と目が合い、お互いに固まったあの時、常群の周囲は今までの停滞が嘘のように。坂道を転げ落ちるように急変した。

 その時一緒に居た大学で知り合った友人を置き去り、常群は路地裏へと駆け込んだ。

 だが、少年はまるで幻のようにその場から走り去ってしまっていて、どうして早く駆け出さなかったのかと、そして、日ごろの自身の運動不足を激しく恨んだ。

 その後、常群は携帯を取り出して連絡を取った。

 それは、誕生日の日に兄を亡くしたショックで塞ぎ込んでいた事をきっかけに、自身が兄代わりになれればと何かと世話を焼くようになって居た出雲の妹である、道敷穂憂(みちしきほうき)への、半ば義務の様な感情からの行為であった。

 結果的にそれが失敗であったと理解したのは、それから数日後の事だ。

 穂憂へは、あまり期待を持たせないようにと控えめに伝えたはずだが、しかし、穂憂はある意味頭の回転が速く、常群の要領を得ない電話であっても内容を正確に理解していた。

 いや、理解しすぎていたのだ。

 常群が穂憂へと教えたことは、たった一つ。出雲らしき少年を見かけた。それだけである。

 だが、それが穂憂にとってどんな意味を持つのか。気が動転していた常群には、そこまで考えが到らなかった。

 普段でこそ持ち前の頭の回転の速さは長所として周囲に理解されていたし、勉強もスポーツも、それこそ亡くなった兄の分までという勢いで精力的に活動していた穂憂であったが、その状況において、穂憂は頭の回転の速さとあわせて致命的な短所を持っていた。

 それは、自らの望む結論へと結びつける事に長けている、という事だ。

 勉強ならば良い。数学のような元々答えが単一であるものへ大してはそれは遺憾なく発揮されるし、スポーツであっても自身のモチベーションに対して常にポジティブであれるのだから、それは確かな長所である。

 だが、この時だけは別であった。

 死んだ兄と良く似た少年を目撃した。

 亡き兄の代わりになればと世話を焼いてくれた兄の親友からの一言が、今まで亡き兄へと抑えていたあらゆる感情を一気に噴出させ、自身の望む結論――すなわち、兄は生きていたという、本来ならばやはり、理性で否定すべき結論への妄信を招く。

 その結果が、道敷家の家庭崩壊。

 穂憂を通して齎された為、大幅に主観に寄った話ではあったものの、その事実だけは、明確に理解する事ができてしまった。

 その引き金を引いた自覚のある常群は、その時点で4年前に出雲を引き止められなかった以上の重荷をその身に背負う事になってしまったのだ。

 4年前の、あの時ああしていれば、こうしていればと言うような空想の罪悪感とは違う。明確に、自身が引き金を引いたのだという自覚。その事実が常群の心に暗雲を宿し続けていた。

 自らの罪を自覚した常群の足が向かう先。

 それは、罪の象徴とも言える建物であった。


「(……はぁ。バカだよなぁ……こんな事したって、出雲とばったり会えるなんて、ありえねぇのに)」


 角を曲がれば見えてくる。

 色あせたベージュの壁紙と、緩い傾斜によって作られた屋根が特徴と言えば特徴な、住宅街においてはありふれた家屋。

 既に住む者が居なくなって久しい事を示す、枯れたままで放置された家庭菜園。

 閉じられた門は硬く。既に空き家になっている事を示す下げ札の掛かった前門。

 かつての親友の生家にして、自身が崩壊させた、家庭の象徴。

 ()道敷家であった。

 自らの失態の証拠が間近に迫るにつれ、足はやはり重く、胃の底に石でも詰められたかのようなストレスによる鈍い痛みに表情が曇る。


「(出雲ん家、見たら帰ろう……。後で憂ちゃんに差し入れでも買って……って、んなもん気休めにもならねぇよな)」


 重い足取りのまま、家の前を通り過ぎて帰ろうとして、常群はふと首を傾げる。


「(……車?)」


 既にひとが居ないことは明らかな道敷家の門の前に止まった車の存在に気づき、常群は重い意識が僅かに逸れるのを感じた。

 よくよく観察してみれば、車の中は整然としているものの、どうにも自家用車の様には見えず、かといってレンタカーのような借り物感もない。

 とすれば必然的に、社用車という線が濃厚になるも、空き家に社用車で乗り付ける存在と言うのも疑問が残る。

 管理会社の人間で、入居者が見つかった為に案内をしにきたのならば、既に屋内に入っているだろうし、耳を澄ませば声だって聞こえてくるだろう。

 だが、見たところ門の前にひとり。立ち往生しているようにしか見えない男性の姿があるだけであった。

 注意深く観察しても埒が明かない。元とはいえ親友の家に何の用事だという疑問から、常群は青年へと声を掛けた。

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