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1-4 ロストデイズ4

 全身が震え、恐怖によって定まらなくなる視点の先。

 出雲と檻の中のモノしか居ない空間に響く唸り声と、鎖を引っ張る硬質な音。

 助けを求めるように彷徨う出雲の視界に、高い位置に設置されたカメラに目が留まる。


「な、なん……何なんですかこれはっ!!!」


 悲鳴とも呼べるような大声でカメラへと声を荒げる。

 返答があるなどと期待した訳ではなかったが、目の前に置かれた恐怖と混乱で、そう叫ばずに入られなかったのだ。

 出雲の声に反応したように、微かなノイズ音が響くと同時に、どこからか取り付けられたスピーカーによって声が降って来る。


「実験だよ、68号。君は類まれなる再生力を持つ能力者だ。ただの薬品開発実験の実験動物にしておくには惜しいと思ってね。これも君達能力者の原理を究明するためだ。存分に戦うといい」


 声だけでもわかる、画面の向こうに居るであろう我部の物言いに、出雲は思わず拳を握り締めた。

 しかし、次の瞬間には握り締めた拳は、そのまま恐怖による全身の硬直へと取って代わる。



 ――ピピー。……ガチャン。



 電子錠が解除される音。次いで、重々しく硬質なナニカが外れ、檻の床の金属と激しくぶつかり合う音が響く。



 キィ……ィ゛。



 金属製の檻の扉が軋んだ音を立てながら緩やかに開き、暗がりから扉に手が掛かる。

 その手は毛深く、まるで獣のようで。爪は今にも檻を切り裂いてしまうと思わせるほどに鋭く、白い照明を照り返して煌いていた。


「ぁ、あぁ……っ」

「グル゛ル゛ルルル゛ゥ゛ッ」


 暗がりから這い出てくる、鼻先の突き出した顔は忘れようもなく出雲の脳裏にトラウマとして刻まれており、猟奇的な色を宿した野生の狩人を思わせる眼光が否応なく身を竦ませる。

 一歩も動けず、嗚咽を漏らすのみであった出雲の目と、檻から覗く獣の目が交錯する。


「ガァッ!!!」


 裂帛。

 獣の咆哮によって空気が爆発した様な錯覚に、出雲の体がビクリと跳ね、後ろへと退こうとした足が縺れて尻餅をつく。

 崩れ落ちる肩口を鋭い爪先が引き裂いて外套が血に染まる。


「ひ、ぎ……ッ」


 左肩が熱い。切れた部分に焼き鏝でもされているかのような痛みが奔り、出雲の瞳からは途端に涙が溢れる。

 それでも身体は生きるために、背後で響いた獣の着地した音を頼りに前へと走る。

 背後に追いすがる気配を感じたのも束の間。出雲の背中を強く、鋭い衝撃が襲う。


「――、」


 ごほ、ごほっ。と、身体の内側から競り上がってくるモノに押し負けて咳き込むと、自身の口からあふれ出した鮮血に出雲は目を見開く。

 そして、遅ればせながら、なぜ自身が倒れていないのかを不思議に思った。

 逃げている出雲を後ろから突き飛ばすような衝撃だったのだ。倍ほども違う体格差で、力の差であっても比べるまでもない。

 すべてにおいて格下の出雲が倒れない理由がわからなかったのだ。

 にも関わらず、未だに出雲は倒れていない。


「……え……?」


 自身の身体に視線を落とした出雲は、思わず頓狂な声を上げてしまう。

 出雲自身見慣れた薄く華奢な胸板から、太く、赤黒に染まった毛深い腕が突き出していたのだ。そのような経験があろうはずもない出雲が思わず呆けてしまうのも無理からぬことであった。


「――ぎ、あぁあああぁああぁあぁああぁあッ!!!!!!」


 一拍置いて、理解が追いついてくると同時に襲ってくる今まで感じた事もない苦痛に、喉が裂け、血が噴出そうとお構いなしに叫び声をあげる。


「(痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいイタイいたい痛いイタイイタイいたい痛いッ!!!)」


 一瞬にして思考回路がショートしたように感じられ、出雲はただ痛みから逃れるためだけに――普通の人間では到底有り得ない挙動に到る。


「いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだァ!!! 抜いて、抜いてよぉ!!!!」


 ――暴れる。

 正確に胸の中心、心臓を貫かれたまま、手当たり次第に四肢を動かして暴れた。


「あぁあぁああぁぁああぁああぁああぁあああぁあぁあぁッ!!!!!!」


 狂ったように叫び暴れる出雲に、狼男は貫いた手を引き抜いて距離を取る。

 貫いていた腕という支えを失って地面へと崩れ落ちた出雲であったが、致死へと到る傷を受け、現在もとめどなくあふれ出る血液など気にも留めず、ただ、狼男から距離を取ろうと地面を這う。

 その背中に開いた大穴が見る間に塞がって行く光景は、画面越しの研究員たちにビデオの逆再生を見ているのではと錯覚させるに十分な速度であった。


「ふ、ふふ、ふはっ、ふははははははははっ!!!」


 通常の人間であれば確実に致命傷であり、むしろ、貫かれた瞬間に命ごと動かなくなるはずの箇所。

 そこを正確に貫かれ、再生という形すら阻害されて尚暴れ続ける異常な光景に、画面越しの我部は我を失ったようにその光景を目に焼き付けていた。


「素晴らしい、本当に素晴らしいよ68号っ!! 君に目をつけた私はやはり間違っていなかった!!!」


 血生臭い光景を見慣れているはずの研究員ですら血の気と言葉を失う異常な光景の中、狂ったように哄笑を上げる我部に、誰一人として言葉を掛ける者は居なかった。

 我部の興奮が落ち着いたのは、狼男が既に出雲を研究員たちの前で4度殺害した後であった。

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