訓練開始
【学園戦艦:第三訓練場・森林エリア】
第三訓練場....この訓練場は大きく分けて二つのエリアに分かれている。
一つは、市街戦訓練用に作られた建物が密集する市街地エリア。
市街戦とは主に都市部において行われる戦闘形態である。
狭い地形のため”dead”との戦闘時に高い攻撃能力を有するAFV(装甲戦闘車両)が出入り可能な場所が限られており、歩兵を主力とした戦略が必要になってくる。
障害物が多く、出会い頭の戦闘や待ち伏せ(アンブッシュ)の訓練には最適の場所である。
そしてもう一つのエリアはここ......森林エリアだ。
このエリアは主に森林戦を想定されている。
森林戦とは、植物が高密度に生い茂った地域における戦闘行為である。
植物で視界が確保できないため、大規模な戦闘は行うことができず、歩兵だけの戦闘を余儀なくされてしまう。
地形の性質上、罠の設置やゲリラ戦が発生しやすいためこのエリアでも、指揮官の高い戦略が必要になるエリアである。
ザザザザッ!
草を踏み分け進む、足音が三つ。
「Go!Go!」
マヤを除く、俺たち三人は木々の生い茂る森の中を走っていた。
「アスカ!敵を発見次第、攻撃してくれ!」
一番先頭を走るアスカに指示する。
サッ!
親指を立てた拳を突き出している、“了解”のサインだ。
「シズカは俺とアスカを援護!」
「了解!」
インカム(無線機)を取り出す。
「マヤ、聞こえるか?周辺の状況確認!敵を発見したら連絡してくれ」
「.....了解」
(三人とも命令に従っているな.....今のところは、だがな)
ザザー....。
そんなことを思っていると、無線機からマヤの声が聞こえた。
「.....敵を発見」
「!」
三人の足が止まる。
「本当かマヤ?敵の位置は?」
「....三人の位置から12時の方向に約500m、カズヤとレイカの二人だけ」
「?」
(おかしい....カグラが居ない?)
普通なら出会い頭の戦闘になっても、敵を制圧できるよう高火力の突撃強襲兵を先頭にする戦闘隊形にするんだが....。
「....常識は通じないってことか」
ニヤリ...思わず笑みがこぼれてしまう。
「....」
そんな俺を見つめているシズカ。
「なんだよシズカ?」
「フフフッ、ハルトくん楽しそうだなって思って」
そう言われて、この状況を.....模擬戦とはいえ、カズヤ達との“戦い”を楽しんでいる自分がいることに気づく。
「そうだな....久々に楽しくなってきたかもな」
笑みをシズカに返す。
「それで、どうするの?ハルト?」
アスカが待ちきれないとばかりに聞いてくる。
「そうだな...カグラが気になるが、この場所であいつらを待ち伏せるのが一番安全だな」
俺が言い終わると、先頭を走っていたアスカが急に立ち止まり、こちらを振り向く。
「え?何?....もう一回言ってハルト?」
明らかに、俺の作戦に不服そうな顔のアスカ。
「アスカ、ここは戦術的に考えるとだな...」
「......」
カチャッ!
無言でショットガンをこちらに向ける。
「なっ!待てアスカ!」
慌てて身を引くが、運の悪いことに木にぶつかり、逃げることができなくなる。
「.....」
俺の静止を無視して、ショットガンの引き金に掛けられた指が引かれる。
ドゴンッ!!
森林エリアにショットガンの銃音が響き渡る
(.....ん?痛くない?)
恐る恐る目を開ける......なるほど、状況を理解した。
アスカのショットガンが放った散弾は、俺の頭の少し上の位置で木に穴を開けていた。
(ワザとハズしたのか....それとも)
「....アスカ、今まで我慢してきたが....今日こそは一言わせてもらうぞ..」
そう言って立ち上がると、木の後ろから声が聞こえてきた。
「チッ...気づかれたか..」
「?」
声が聞こえた方を振り向くと、背を向けて逃げていくカグラの姿が見えた。
「まさか....カグラがいることに気がついて撃ったのか?」
「えっ?....うん、もちろん!すごいでしょ!」
(絶対に偶然だな....まぁいいか、結果的には待ち伏せを回避できたし)
「やるじゃんアスカ!まさかあの待ち伏せに気づくなんて...」
少し離れた木の後ろに回り込み、銃口をこちらに向けるカグラ。
「あはは、見たかカグラ!私に待ち伏せなんて通用しない!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
そう言うと何の躊躇いも無く、カグラが隠れている木に向かってショットガンを放つ。
パラパラ.....。
木片がカグラに降り注ぐ。
「ぐッ....アスカ~!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
木を盾にしながらカグラも応戦する。
「マズイな...銃声で俺たちの位置がバレた」
「ということは、待ち伏せは無理ね」
いつの間にか後ろにいたシズカが残念そうな顔をしている。
(...目の前で、銃撃戦が起こっていることに対してはスルーなのか?)
「しかたない....アスカ!ここは、一度引くぞ!」
大声でアスカを呼ぶが...。
「死ね!アスカー!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「あんたこそね!カグラ!」
ドゴンッ!ドン!ドン!
罵倒と散弾、空の薬莢が飛び散る。
(完全に、二人だけの世界に入ってるな....)
二人が使っているショットガンは、“ボックスマガジン”と言って散弾が弾倉の中に詰まっているので、普通のショットガンとは違い、弾の再装填時間がかなり短縮できる。
つまり....この戦いでは先に弾切れになり、ショットガンを撃つことができなくなった方が負けるだろう。
「とりあえず、カズヤ達が気がかりだ....ここはアスカに任せよう」
「そうね、アスカさんなら大丈夫よね...」
心配そうにアスカを見つめているシズカ。
ドンッ!ドンッ!
チラッ...その視線に気がついたのか、アスカがこちらを振り返る。
「ハルト、シズカ!あたしのことはいいから、先に行って!」
「アスカさん....」
「...シズカ」
シズカの腕を掴み、名前を呼ぶ。
「.....」
少し、悩んだ様子のシズカだったが...。
コクリと、大きくうなずく。
(シズカはもう大丈夫みたいだな....さて次は)
「アスカ!」
アスカの名前を叫ぶ。
「?」
「絶対に勝て!」
「....!」
一瞬、驚いたような顔をしたアスカだが....。
「了解!」
笑顔で敬礼をした。
走り去っていく二人の友の背中を見送ると、自分の倒すべき相手の方を振り向く。
「いいのアスカ?三対一なら、私に勝てたかもしれないのに?」
木の陰から出てくるカグラ。
「あははっ!何それ?....冗談でしょ?一対一でもおつりがくるよ」
不敵な笑みを返すアスカ。
「......」
カチャリ...。
お互いに、無言でショットガンを構える。
「実は私さ....あんたに少し憧れたんだよね」
不意にカグラが呟く。
「へぇー初耳だな、そうだったんだ」
驚いた顔をするアスカだが、ショットガンを構えている体からは、少しの隙も感じられない。
「そうだよ....昔からの付き合いだけど何度やっても、あんたに喧嘩で勝ったことはなかった」
「そりゃ、私強かったからね」
アスカの返事に、ムスっとした表情になるカグラ。
「でもね....今は違う」
スッ...銃口を下げるカグラ。
「?」
理解不能なカグラの行動に、さらに注意力を高くするアスカ。
「この学園に入ってから、いろんな訓練を積んできた....射撃訓練、対人格闘訓練、対“dead”戦闘訓練...」
ショットガンの銃口は下ろしたまま、視線だけをアスカに向けるカグラ。
「だから、昔のあたしとは違う.....今なら、相手があんたでも私は勝てる!」
カチャッ!
ショットガンの銃口をアスカに向けるカグラ。
「私に勝てるんだ....なら、試して見る?」
ニヤリ...。
二人とも笑みを浮かべる。
....妖艶で残虐な笑みを。
「死ね!アスカー!」
アスクに向かって引き金を引くカグヤ。
「来な!カグラ!」
ドドンッ! 森の中に銃声が響き渡った。
「アスカさん大丈夫かしら...?」
アスカを残してきたのが心配なのか、シズカが呟く。
「あいつが任せろって言ったんだ、大丈夫だろう....今はアスカを信じよう」
「うん....そうね」
(そう、今は信じるしかない....)
「それよりも今はカズヤ達だ」
無線機を取り出す。
「マヤ、聞こえるか?カズヤ達の位置がわかるか?」
「....さっきの場所に居ない....恐らく移動した」
「そうか、ならそのまま索敵を.....」
「.....っ!」
ガチャンッ!
「おいマヤ?どうした?マヤ!」
ザザー....。
無線機から応答がない。
「どうしたのハルトくん?....マヤちゃんは?」
何かを察したのか、心配そうな顔でシズカが聞いてくる。
「分からない....急に通信が途切れた」
(....おそらく、同じ索敵狙撃兵であり、妹でもあるサクヤによる狙撃だろう....狙撃手同士の戦いか..)
狙撃とは...SRを使って遠距離の目標を狙い撃つことであり、一般の兵士が装備しているARやSMGの射撃とは違い、高度な技術を要求される射撃方法の一つである。
(普通なら、先に見つけた方が相手を一撃で仕留めるだろうが....)
これから始まるであろう、姉による妹へのお仕置きを想像してしまい、苦笑してしまう。
「俺のチームで、一番の射撃技術を持つマヤに“普通”は当てはまらないぞ?....サクヤ」
その頃サクヤは....。
「やっやりました!カズヤさん!ついにお姉ちゃんを仕留めました~!」
嬉しそうな声で、チームリーダーであるカズヤに連絡していた。
「そうか.....よくやったぞサクヤ!そのまま索敵を続けてくれ」
無線機の向こうから、喜ぶカズヤの声が聞こえてくる。
その声に自分も嬉しくなり、張り切って索敵をしようとライフルの照準器を覗き込むサクヤ。
「....?」
(私に向かって....何かが飛んでくる?)
脳がそう判断した時には、既にサクヤのスコープはピンク色に染まっていた。
「へびゅっ!!」
ベチャッ!っと何かがぶつかって弾ける音が、無線機からカズヤの耳に届いた。
「サクヤ?おいどうした?大丈夫か?」
「うっうう....すみませんやられました~...うぎゅっ!」
無線機の向こうからまた、何かがぶつかって弾ける音がした。
「おっおねいちゃ..うびゅっ!も、もう撃ってこないで...きゃひっ!わっ私の負けだから~」
無線機からサクヤの泣き声が聞こえてくる。
「..そういうことか」
(本当にあの姉は妹に厳しいな...)
今、サクヤの身に起こっていることを察したカズヤは、無線機を口に近づけ...。
「サクヤ....頑張れ!」
それくらいしか、カズヤにできることはなかった。
「うう!ひどいようお姉ちゃん....」
ペイント弾の塗料で首から上以外、全身がピンク色になったサクヤがそこに居た。
ザザー.....。
「....私を撃ったところまでは良かったけど...その後が全然ダメ」
「ひっ!」
無線機ではなく、マヤとお揃いのヘッドホンから姉マヤの声がする。
「...まず第一に..仕留めた敵の死亡を確認すること」
チュンッ!
「きゃんっ!」
右の頬をペイント弾がかすめる。
「.....狙撃は絶対に位置がバレてはダメ....撃ったら移動(ショット&ムーブ)は基本」
チュインッ!
「ひっ!」
今度は左の頬をペイント弾がかすめる。
「.....最後に一つ」
「?」
「....お姉ちゃんに向かって狙撃するなんて10年早い」
バチュンッ!
「へびゅっ!」
サクヤの顔面がピンク色に染まった。