緊急事態
【学園戦艦:第一体育館】
ざわざわ....。
「...見てあれ」
「へーあれが噂の....」
「四組生徒か...」
視線が痛い、体育館に入った時から他の生徒たちに見られている。
なぜ見られているのか?
その答えは....俺たちが「四組生徒」だからだ。
この学園の学年は、一年生から三年生の三つに分かれている。
20人前後で一組みになっており、それが4組まであり全学年合計で約240人ほどの生徒がいる。
組み分け自体に深い意味があるわけではないが「四組生徒」=「死の組」なんて噂がある。
この噂のせいで各学年四組の生徒は、他のクラスから白い目で見られてしまうのだ。
もちろん根も葉も無いただの噂だから、普通なら気にしない....普通なら。
だが実際に、危険人物ばかりが四組に集められてるのが現実である。
(現に俺のチームにも一人危険人物がいるしな)
「ん?なに、ハルト?」
何かを感じたのか、アスカが俺の方に視線を向ける。
「いや、なんでもない」
(こいつはエスパーか?)
平静を装ってはいるものの、心の中でそう思ってしまう。
「なんか怪しい....まぁいいや....今はこの視線の方がムカつくから...」
アスカが視線を他の生徒たちに向ける....その瞳には不機嫌そうな色が宿っていた。
(まずいな....またアスカの機嫌が悪くなっている、下手するとこの場で乱闘騒ぎになりかねない)
どうしたものか.....と考えていると。
「....二人とも無駄話はそこまで...四組との合流が優先」
そう言って、俺の袖を引っ張るマヤ。
(よく言ってくれたなマヤ、後で頭を撫でてやろう)
「?」
俺の視線に気がついたのか、マヤは不思議そうな顔で俺の顔を見つめている。
「ああ、マヤの言う通りだな、行こうか?アスカ」
「うん、わかった...」
(機嫌が悪いようだ.....しばらくそっとしておこう)
そんな会話の後、自分のクラスである二年四組の場所を探していると。
「おっ!見つけた!おーいハルト!」
俺たちに手を振りながら走ってくる男が一人。
「なんだよ、相変わらずハーレムか?お前のチームは?」
「どこがハーレムだよ?“ガズヤ”」
結城カズヤ....俺の数少ない友人で二年四組の実質的なリーダーである男だ。
誰にでも優しく仲間思いの良い奴である...ちなみにモテる。
使用武器は、旧FN社製のSCAR-Hと言うAR。
高い汎用性と狙撃からCQB(近接戦闘)にも対応できる多様性を持つ、優秀な武器である。
使用弾薬は5.56x45mmのNATO標準弾。
「全く....お前のチームだけ、四組の場所に来ないから探しに来たんだぞ?」
やれやれといったように腰に手を当てている。
「ごめんなさい、ガズヤ君」
ペコリとシズカが頭を下げる。
「いやシズカさんが謝ることはない....全てはチームリーダーであるハルトの責任だ」
俺を指差しカズヤが言った。
「そりゃ悪かったな、今から行くところだ」
「ならいい....もう始まるみたいだから行くぞ」
「ああ」
カズヤに促されて四組の場所に行く。
「さて、何が始まるんだろうな?何か知っているか?カズヤ」
急な呼び出しのため、何も知らないとは思うが、一応聞いてみる。
「さぁな、俺も校内放送しか聞いていないからな....わからん」
「でも緊急事態って言ってたよね?何かしら?」
「.......何があってもそれが命令なら了承する」
「あたし的には楽しければいいかな~?」
そんなことを話していると…。
パッ!
「!」
体育館の照明が落ちると同時に、ライトで壇上が照らされ、一人の女性が現れた。
「あーあー....マイクテスト、よしいいかな?全生徒諸君こんにちは!突然ですが質問です....私は誰でしょうか?」
その女性はマイクを掴むと、なんの前触れもなく、大声でそんなことを言った。
(いきなり大ボケをかましてきたな)
俺を含め、全生徒、全職員が予想外の行動に対応できずに、ただ呆然としてしまう。
「ん、どうしたのかな?誰もわからないのかな~?...ちょっと悲しいな」
そう言いながら、顔を手で覆い、嘘泣きをしている。
(いや、この空気の中で発言できる奴がいたら、そいつは余程勇気のある奴か、もしくはただのバカだろう)
「みんなの前だから恥ずかしいかな?...ん~では指名してみよう」
そう言うと真っ直ぐに俺を指差す。
「そこのいかにもモテなそうな顔をしている....暁ハルトくん」
(予想はしていたが、何の迷いもなく俺を指名してきたな)
全校生徒の視線が俺に集まる。
(俺はこういう、注目されるのが嫌なんだけどな)
ハァ~と、深くため息をつき質問に答える。
「ふざけるのはそこまでにして下さい....“アズサ校長”」
柊アズサ...この学園戦艦の校長にして世界連合政府の門外顧問である女性。
流れる黒髪に黒いスーツ、大人の色気がある女性だ。
その本性さえ知らなければかなりの美女であり、実際に何人もの男に好意を寄せられているとかいないとか。
だが騙されてはいけない....世界中で門が開く前から戦場で戦っていたらしい、なので実年齢30以上のはずだ。
なぜ若く見えるのかは、学園七不思議の一つにもなっている。
「うん、大正解だよハルトくん」
よしよし、と頭をなでるように手を動かしている。
「......どうも」
(相変わらず、この人の考えていることはよく分からないな)
「さて....ふざけるのはこの辺にしてそろそろ本題に入ろうかな」
「........」
アズサ校長がそう言うと、会場全体が緊張した空気に包まれる。
「うん、みんないい顔をしているね....この学園に通っている生徒なら、大体の予想はしているだろうから、余計な説明とかは必要ないよね」
握っていたマイクを置き、体育館全体を見渡す。
そじて、少しの間を置いて“それ”は告げられた。
「狩りの時間が決まったよ」
「.....!」
瞬間、会場の空気が変わった、冷たく重い、殺気をまとった嫌な空気に。
そんな様子の俺たちを見た、アズサ校長といえば....。
「.....フフ」
笑みを浮かべていた。
(あの校長、ニヤケてるよ)
「うん、いいねこの空気....これなら大丈夫かな?」
一応説明しておくと、この学園で使われる「狩り」という言葉は「dead」との“戦闘行為”の隠語のことだ。
”dead”との戦闘は、人間同士でやる“殺し合い”ではなく“一方的な殺し”という表現になる。
故に「狩り」と称され、この学園の生徒だけに分かる隠語になっている。
「一年生諸君は初陣になるだろうから心配だけど、頼れる先輩方がいるから安心していよ!二、三年生はしっかりと後輩の面倒見ること」
「.....」
見たところ一年生の中に、恐怖しているやつはいないようだ。
(今年の一年生は優秀だな、俺が一年の時は初陣なんて怖くて仕方なかったんだが...)
「でもね、一年生諸君...これだけは覚えておいて欲しい」
一年生が並んでいる方を向くアズサ校長、その瞳には悲しみが見て取れた。
「授業でも散々言われてきたことだと思うけど、もし大事な仲間が噛まれてdeadになったら、その時は....」
「迷わずに友を撃ちなさい」
「.....」
その言葉に、会場全体が暗くなったように感じる、照明のせいではなく会場そのものが重くなったようだ。
(嫌な話だな)
ついそう考えてしまう、なぜなら....。
“deadになった者は即射殺”これがこの学園の“裏”の規則だ。
奴ら“dead”の体内にある未知のウィルス、未だに治療法ができていない最悪のウィルスだ。
このウィルスのせいで、俺たち人間は“dead”に噛まれたら確実に死ぬ。
そして今度は、生ける屍”infect”になって仲間をおそう。
そうなった者を救う手段は、たった一つ....その者を、殺すことだけだ
(せめて最後は親しい友の手で殺す....か)
くだらない....俺のチームでは絶対にそんなことはない、なぜなら俺が守るからだ....絶対に。
「.....」
シズカを見る。
「何?ハルトくん」
(だがもし....シズカやアスカ、マヤが噛まれたら?)
最悪な考えが頭をよぎる。
(その時、俺は決断できるのだろうか?)
答えは....。
ドンッ....背中を殴られた。
振り返ると、笑顔のアスカが俺の背中に拳をぶつけていた。
「まったく....何、暗い顔しての?ハルト」
「...アスカ」
俺たちの会話を聞いていたのか、シズカが俺の方を振り向く。
「ハルトくん心配しないで私たちチームでしょ?」
「...シズカ」
「.......大丈夫ハルトは私が守るから」
「...マヤ」
そうか、そうだな....つまらない事をいろいろと考えてしまったな。
普段の姿からは想像できないが、俺の仲間はは最高なんだった。
「さて、暗い話もここまでにしよう!詳しい日付と時間は、決まり次第連絡するからね....生徒諸君!その時が来るまでにやるべきことをやっておくように、以上解散!」
「了解!!」
全校生徒、揃って美しい敬礼をする....次に集まる時も出来るといいがな。
「さてハルト、この後どうする?帰るか?」
帰り際、カズヤに質問される。
「いや、俺たちはこの後はチームで訓練するつもりだ」
「そうか.....、!」
何か思いついたのか、俺の肩に手を置くカズヤ。
「なぁ?だったら俺のチームと合同で訓練しないか?」
(なるほど、そうきたか...)
「俺は別にいいが.....他のメンバーがなんて言うか...」
チラッと他の仲間を見る。
「私は賛成よハルトくん」
笑顔で答えてくれるシズカ...賛成してくれると思っていた。
「あたしも別にいいよ、面白そうだしね」
アスカもそれでいいようだ、後は...。
「.....構わない」
マヤが答えてくれた。
「よし決まったな!じゃあハルト、10分後に第三訓練場で待ち合わせでどうだ?」
「ああ、わかった」
「そうか、じゃあ訓練場でな!」
意気揚々とカズヤが去っていく。
(カズヤと戦うのも久しぶりだな)
少し楽しみな気持ちを抑えつつ俺たちは訓練場に向かった。