その8 おやすみチェス
改訂による変更点
・ほとんどの場面を主人公視点に変更
・全面の描写追加
・神さまの名前を変更
・召使いメーベルの削除(その5)
・人狼チャッピーの追加(その7)
・神父さま、騎士団と交戦時点で生存(その7)
話しの大筋に変更なしです
シャンの手を引いて山へ向かって駆け出す。騎士の持っていた剣を一本ついでにもらっておこう。
来た場所を引き返して向かうところは魔女の家だ。彼女も騎士を手にかけたのだ、追い出されることはないだろう。第一、煙幕を撒いて俺たちに逃げるように言ったのも彼女である。
地面を見ると大きな犬のような足跡が遠感覚に続いている。
ふと、シャンを見ると俯いているの分かった。金の前髪が目に掛かり表情は伺えない。
「下向いてて大丈夫か? ペースが早ければ落とすぞ?」」
「……これでも村の女だもん、大丈夫だよ」
「神父さまなら、きっと魔女……じゃなくてマリースさんが助けてくれるさ」
何も根拠はない。けど、気休めにはなると思う。
というか、人狼とか従えてるくらいだし本当に助けられそうな気がする。
そういえば俺たちを追ってきた盗賊を倒したのも彼女のはずだ。捕まえられた一人はあの人狼の餌か……。
ふっ、とシャンの手を握っていた左手が引っ張られた。
見ればシャンが立ち止まっている。背中を丸めているせいか小柄な身体が更に小さく見えた。
「……違うの」
「どうした?」
違う? もしかして騎士団のことを気にしているのか。それもそうだ、民を守るべき騎士たちに盗賊扱いされて攻撃を受けたのだ、気も沈みもする。
これについてはいくつか思い当たることもあるが、魔女と会話を交えたほうがいいかもしれない。
「騎士団のことか? ああなったからには仕方がないさ……」
「違うよ。神父さまも心配。騎士さまに盗賊扱いされたのもショックだった……けど」
ひどく胸騒ぎがする。シャン、何を言おうとしてるんだ?
「ミカミくん……なんでそんな簡単に人を殺せるの?」
「っ!?」
言われて気がついた。胸が杭に打たれたような衝撃だ。
猿な盗賊も騎士たちも、敵だと思ったから殺したのだ。しかし村を焼き両親を殺した盗賊ならいざ知らず、俺は神父さまに斬り付けた騎士以外も殺している。敵だと判断したあとは迷わなかった。
きっと祝福を授けられる前だったら、騎士には抵抗しなかったんじゃないかと思う。
「ねぇ、ミカミくんはミカミくんだよね? 弓よりも剣が好きで、少しいじわるで……両親を亡くした私を慰めてくれたミカミくんだよね?」
シャンが俺を見上げるように言う。それは上目遣いなどという可愛いものではなく、射抜くような真剣な眼差しだった。
「俺は――俺だよ。“剣神”なんかじゃない」
そう言うしかなかった。
「そっか……これ以上変わらないで欲しいな」
「うん……」
約束はできないかもしれない。自分が分からないうちに変わってしまう。それは十分にありえるからだ。
憧れていた“剣神ミカミ”の力。それが怖くなってきた。
「行こうか……ごめんね」
◆ ◆ ◆
魔女の家の前で人狼が仁王立ちしている。警戒しているのか耳がピンと立たせているようだ。その耳がこちらへ向くと、人狼も視線をこちらへと向けた。
すると家のドアを開け、中へと入っていった。
付いて来いという意味だろうか?
シャンと共に「お邪魔します」と言い、中に入る。薬草の匂いが鼻につく。不快ではないが気になる匂いではある。
薄暗い廊下の奥を見ると人狼の尻尾が見えた。俺が眠っていた部屋のようだ。
そこに神父さまがいるのか……。
部屋の前までたどり着くと魔女の声がなかから聞こえた。
「チャッピー、外に穴を掘ってきてくれるかしらァ? 大きさはこのベッドくらいがいいわぁ。なるべく深くねぇ」
「がう」
廊下に出てきた人狼とすれ違う。穴……最悪の予想しか浮かばない。
部屋を覗くと魔女がベッドに腰をかけており、神父さまがベッドに寝かされていた。彼女は手に魔法薬のようなものを持ってはいるが、頭を撫でながら見つめているだけで何かしようとしている様子はない。その姿はどこか儚げだ。ウェーブのかかった銀髪がそれを引き立たている。
「神父さま……」
「チェス、悪いけどぉ貴方これ以上持たないわぁ」
「そう……でしょうね……」
どうやら悪い方に予感が当たったようだ。悟ってはいたものの悲しくなる。
「何か最後に言い残すことはあるかしらァ?」
「ふふふ……最後と言われると何を言えばいいのか……。普段人に教えを説いていた人間がこれではいけませんね……」
まるでもう目覚めないかのように少しだけ目を瞑り、また目を開く。神父さまが瞬きをするだけでもう目覚めないのではないかと思ってしまう。そして口を開いた。
「ミカミくんいますね? 君は無理をしすぎないように……」
「……はい」
騎士たちとの戦いでかなり無理な動きをした。身体中が悲鳴をあげている。しかしまだ手足はちぎれていない。加減はなんとなく掴んだ。まだ大丈夫だ、まだ。
神父さまは戦いを見ている余裕はなかったはずなのだが、的確なところをついてきた。恐ろしい人だと思う。
「シャンくん……君はミカミくんを支えてあげてください」
「はい!」
神父さまがシャンをちゃん付けで呼ぶとは……。いよいよなんだと思う。
「マリース女史……マリース、この二人をお願いできますか?」
「約束は出来かねるわァ」
神父さまの眉毛が上がるのが見えた。どうやら予想外の答えだったらしい。
「ここは約束してくださいよ……」
「……もう寝てもいいわよぉ?」
「ひどいなぁ……」
神父さまに同感だ。ここは嘘でもはいと言うべきなところだろう……。なんというかこの人に預けられるのが不安だ。
「……二人がちゃんと対価を払ってくれるなら面倒を見るわぁ」
「じゃあ……それでお願いしま……す」
「おやすみチェス」
――おやすみなさい。……ああ皆さんお揃いで……では旅立ちましょう。
最後にそう聞こえたきがする。皆さんとは村の皆だろうか? 父さんと母さんもいたのだろうか……。
そして神父さまの胸は上下することをやめた。
シャンはボロボロと泣いているが、俺の目からは涙は出なかった。それが切なく感じる。
「いい男ほど先に死んでいくものよねぇ……」
どこか哀愁を漂わせた魔女の影が少しだけ、薄くなったような気がした。この人は一体何人の死を見てきたのだろう。その中でも神父さまは特別だったかのように感じた。
そこに人狼が入ってきた。爪を見ると土が付いてる。
「がう」
「そう、じゃあ彼を埋めてきて頂戴」
この人も動物の言葉が分かるようだ。この場にいる人間で、動物の言葉が分からない方が少数派ってどうなんだろうな……。
人狼が神父さまを背負って部屋を出て行く。
「俺も行ってくるよ」
「私も」
村を一望出来るとこに穴があった。人一人が余裕で入れるくらいだ。
この人狼、短時間でこれだけ掘ったというのか。
そこに人狼が神父さまを放り込んだ。少々荒っぽかったので注意しようと思ったが、相手が相手なので言い淀んでしまった。
人狼が神父さまを埋めていくのを見る。隣でシャンが片膝を折り、祈りを捧げていた。俺も習うとしよう。
瞑想しているとやがて土をかける音が止んだ。
目を開けると人狼が何かを言いたげにこちらを見ている。野生を感じさせる瞳に見下ろされると怖い。
「こういうことかな?」
父の剣を鞘から抜いてこんもりとした地面に突き刺す。
村も見下ろせる場所だ。父さんの墓標にもなるだろう。
剣自体はさっきの騎士たちとの戦いでボロボロになっていた。関節部や首を狙ったとは言え、鉄の鎧の上を滑らせたり鎖帷子を断ち切るような真似をしたのだ。この先は使っていけないだろう。
形見の剣とは言え鉄で出来た剣なのだ、仕方がない。
「ぐぅ」
人狼が少しだけ頭を下げると家の中に入っていった。
山から村を見下ろす。この家を発つことになればきっと戻ってこれる保証はないだろう。
「もう見納めだな」
シャンも鼻をすすりながら村を見ている。泣き過ぎてしゃっくりが止まらないようすだった。