その7 死んじゃダメです、ダメですよぉ……
「んん? 気に入らん目をしている……な!」
騎士の男は、俺へ向かって剣を突き刺すように押し出す。それを上体を逸らして躱し、間髪いれずに下から掬い上げるように剣を振り上げた。
それは最小限の動きで避けられ、騎士の男を半歩下がらせるだけに留まらせた。
剣を振るった腕が軋む。僅かながらに鈍痛を感じさせるが、まだ大丈夫だ。
「この……!」
「中々やるな小僧。だが大貴族出身たる吾輩に剣を向けたこと、後悔させてやるわ!!」
騎士の男がこちらを見下ろしながら言う。その男の背後に視線を向ければ、数名の騎士がこちらに向かってくるのが見えた。腰の剣に手を当てながら小走りでこちらに来る。見える範囲にいるのが十人前後だ。
銀白色の騎士甲冑に真紅のマント。それはこの国の騎士のもので間違いはない。
それがなんで民を傷つけるような真似をするのか……。
「し、神父さま!?」
俺が騎士の男と対峙しているとき、シャンが神父さまの元へと駆け寄り涙を零しながら膝を折った。下卑た表情を浮かべた騎士の男は一瞬だけそちらに視線を送るとニヤリと広角を釣り上げた。
「死んじゃダメです、ダメですよぉ……」
「ああシャンくん……」
「止まらない……うぅ」
シャンが神父さまの傷口を押さえようとも、止めどなく溢れ出る血は止まらない。神父さまが、ひゅうひゅうと何かを漏らしながら呼吸している音がする。
そして離れたところにいた騎士たちがここに辿りついた。彼らはそれぞれ槍やら剣を持ち偉そうな騎士を中心に、こちらを半包囲した。数は全部で五人。
シャンは守らなくちゃいけない。でも一人で逃すわけにはいかない。二人一緒に逃げても追いつかれるだろう。
だったら……この場にいる全員を倒さなければいけない。出来るのだろうか?
だが盗賊に追われた時のようにやらなければやられてしまう。この国の騎士だろうが関係ない。民を守るべき騎士が神父さまを斬ったのだ、許さない。
自分の身体のことを考えるのは後でいいかな。あの神様に本気だせば手足が千切れる言われた手前、怖いのではあるがそれを承知でやらなければいけないなと思う。
片手に持った剣を限界まで握り込む。
狙う場所は鎧の関節部。
「よく聞け、こいつらはこんな格好をしていても盗賊だ。生かしておいては国のためにならん。迷うな皆の者――」
「誰が盗賊だ、黙れぇ!」
一足飛びに騎士の男の懐に潜り込み、鼓舞のために腕を掲げて空いた脇の下へと剣を差し込みすぐさま引き抜く。僅かな反応を見せたが、それだけで偉そうだった騎士は血を吐き動かなくなった。返り血は浴びないように、後ろに跳んでおくのは忘れない。
「なっ!」
「ウェール殿っ!」
残った騎士たちに動揺が走るのが見て取れたが、槍持ちと剣持ちが直ぐに反撃に移ってきた。
「はぁぁあ!」
剣の騎士の攻撃を受け流し、突き出された槍の一撃を剣で地面へと叩きつけ前方へと跳躍。槍の騎士の首元へと刃を通すと鮮血を撒き散らしたあとに膝をついて崩れ落ちた。
取り落とした槍を空中で拾うと、近くにいた別の槍の騎士の顔へと槍を突き刺す。
絶命したのは確認せず、斬りかかってくる剣の騎士の剣を受けた。足払いを後方に跳ぶことで躱して向き直る。そこへ後ろから切りかかろうとしてきた相手に対して、身を屈めて横っ飛びし膝裏を斬り付けると立つことができなくなった。
「お前、本当に子供か?」
地面に伏せった四人を見て最後に残った騎士が呟くように言う。
「村が焼かれなければ普通でいられただろうけどな」
四人のうち三人は確実に仕留めた。元気なのは目の前にいる剣の騎士一人のみだ。
そしてそいつガラスの小瓶がぶつかったと思うと、いきなり燃え上がった。俺が何かしたわけではない。
「はぁ!? あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁ」
真っ赤な炎に包まれて転げまわる騎士。しかしその炎は転げ回った程度では衰えることを見せず、やがて騎士は動かなくなった。
「なんだ!?」
「マリースさん……?」
生きていた一人に止めを差しつつ後ろを見ると、魔女がいた。
「チェス……私も一緒に来ればよかったわねぇ」
神父さまの名前だっただろうか? 魔女が悲しそうな視線を神父さまに送っている。魔女がなにかしたのか出血が止まりがちにはなっているが、顔が青く意識があるようには見えない。
甲高い音が聞こえてそちらを見ると、遠くにいた騎士たちが集合しているのが見えた。すでにこちらに駆け出しているのは、五人どころではない。
臨戦態勢を取る。
父の剣の刀身を見るも刃こぼれが酷い。俺の身体も結構ガタガタだ。
何人相手にできる? 魔女は戦うつもりなのだろうか?
いやシャンを連れて逃げてほしい。
などと思っていると、後ろから丸いものが複数投げ込まれた。そんなに大きくはない。それに注視すると炸裂。煙を撒き散らし始めた。それは完全に騎士と俺たちの間を遮断するだけの濃さがあった。
煙幕か。
「あなた達ぃ逃げるわよぉ。チャッピー、貴方はチェスを連れてきなさい」
「ぐるるる……」
低い唸り声が聞こえてくるとそいつは森の方から現れた。俊敏な動きで直ぐさま俺たちの近くへと来る。剣は一応構えるが魔女に呼ばれて出てきたのだ、敵ではないのだろうな……。
「ひっ狼?」
「人狼……?」
狼ではない。耳がピンと立ち犬歯を覗かせた狼の頭に、人のような身体。人よりも大きな体躯で全身は毛に包まれている。その毛は灰褐色で光が反射するほど艶やかで銀色にも見えた。
この世界では御伽ばなしの中にも存在しない生物。だが俺の記憶にはあった。人狼と呼ばれた獣人。たった一匹で歩兵一小隊を壊滅させるだけの潜在能力を持った化物だ。
魔女……もしかして貴方が造ったんですか……?
「ぐるるるる……?」
神父さまを担ぎ、魔女を肩に座らせた人狼がシャンを見つめる。「乗るか?」とでも言っているのだろうか?
「わ、私は大丈夫です」
「わぅ……」
シャンがそう言うと人狼は山道へと駆け出した。どうやら本当にそう言っていたらしい。シャンが動物(?)と話せるとは知らなかった。
煙幕が張られているとは言え、いつ騎士団が突入してくるとも限らない。俺たちも人狼たちの後を追うことにした。見失いはしたが目的地は決まっているだろう。