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その6 剣など持ってどうした小僧?

 俺が目を覚ました次の日、マリース……いや魔女の家を発った。流石に丸一日半眠って起きたばかりに村まで降りていくのは厳しかったからな。

 その間に神父さまに盗賊がきたときのことを聞いた。

 教会には真っ先に盗賊が襲撃して来たそうだ。その際に神父さまは泉を守ろうとしたが、神に「生きなさい」と命令されて用水路に落とされたらしい。それでそのまま小川から山側へと這い上がり魔女の家を目指したんだそうな。

 元々、神父さまの元……というか教会に魔女は来ていたらしい。俺は一度も会ったことはなかったのだが……。シャンも同じらしい。村自体も魔女と波風立てるつもりはなく特に騒ぎ立てることはしなかったようだ。

 むしろ定期的に魔法薬を作っては村に卸に来ていたらしい。その窓口が教会だったとのこと。そのおかげで衛兵たちも魔女は見逃していたと聞いた。治安維持に従事する彼らには必須なものだしな。

 

 山道を村に向かって下りながら歩く。俺は目を瞑りながら歩いてみた。不思議と歩けるものだ。なんとなくだが歩くところの地形が分かった。神さまに力を使いこなせないと言われている身だ。小さなことでもやれることはやっておきたい。

 ふと休憩半分にシャンの方を見てみた。俺と同じように目を瞑っている。俺の真似でもしているのだろうか? ……身体がブレていない。俺はここまで安定して歩けただろうか? “風の読み手”恐るべし。

 

「二人共……危険ですから山道で目は開けてください……」

 

 前を歩いていた神父さまが、振り返りながらため息をつきそう言った。危なくない、という屁理屈をこねる訳にはいかないだろうなぁ。現にシャンが真似している。

 

「すいません神父さま」

「はーい」

 

 やることがなくなった。ただ歩くだけというのも詰まらない。というより村に近づけば近づくほど焦燥感が強くなり、何もせずにはいられない。身体がムズムズするのだ。焼かれた村には自分たちの暮らしてきたものは何もないだろ。もう話すことができない父さんと母さんと対面することになるだろう。そう考えると落ち着かない。気を紛らわせたいと思う。

 やることを考えているとシャンが神父さまに質問を始めた。

 

「神父さま、魔獣っているんですか? おとぎ話のなかでしか聞いたことなかったんですけど……」

「いますよ。ただ魔獣とは言いますが、野生動物が祝福を受けているだけです。しかし知性が低く野生が故にその使い方も分からず暴走してしまいます。そのために、魔獣と呼ばれてしまうのですよ」

 もっとも、ヒトのように教会で祝福が授けられるわけではないので、その絶対数は少ないのです、と続ける。

 

「マリースさんのところには何が居たんでしょうね?」

 

 あの家で聞いた唸り声、気になる。犬のようだったが……。そして盗賊を平らげてしまったという。……魔女の家にいる凶暴なだけの野生動物。本当にただの魔獣だったのだろうか? おとぎ話のように魔改造とかされてるんじゃないかと勘ぐってしまう。

 

「少し前にこの山に出没していたのは狼の魔獣ですね。ミカミくんのお父上でも手を焼いてました。けれども、マリース女史が来てから目撃されることがなくなったので……もしかしたら」

「狼……ワンちゃんだね」

「魔獣って言ってるだろ」

 

 ……父さんが手こずっていたほどの狼か。絶対に会いたくないと思う。そういえば子供の頃に父さんが大怪我をして帰ってきたことがある。あのときは父さんが死んじゃうって大泣きした記憶がある。数日のうちに完治させたようだったが。

 

「昔は熊の魔獣がいたという記録も残っていますね。騎士団一千が一晩かけて倒したという……」

「一千……」

「流石に尾ひれがついてませんか?」

 

 シャンが言った。俺も言おうと思った。

 

「誇張ではないと思いますね。大きな爪を村長の家で見たことありませんか?」

「うん? 小さなときに村長がそんな話をしていたような……」

「あの爪から熊の体長を逆算すると……物見櫓くらいの大きさになるらしいですね。ちょっとした伝説クラスのモンスターですよ、全く」

「ぎ、ぎゃくさん……物見櫓ってどのくらいだっけ……」

「ミカミくんが六人分くらいの大きさじゃないでしょうか?」

「六人……ミカミくん大きいねぇ!」

「俺じゃねぇよ」

 

 神父さまがこちらを生暖かそうな目で見ている。

 

「とにかく、魔獣と呼ばれる存在は危険です。見かけたらなるべく近づかないことですね」

 

 そうこうしていたら村まであと少しのところまで来た。誰かいるようだ。村人ではない。甲冑を着込んでいたり、馬に乗っている人がいる。そしてこの国の旗を掲げていた。

 騎士団……なのだろうか。

 でも違和感がある。なんだろうこの感じは。

 

「あれはまさか……」

 

 神父さまの顔が青くなり狼狽している。

 

「どうしました神父さま?」

 

 騎士団がやっているのは……穴を掘って何かを放り込んでいる。大きさ的に村人たちの死体であろう……。少し複雑で悲しい気分にはなるが神父さまが狼狽えている意味が分からない。

 

「聖職者の姿が見えません。彼らは……」

「え、それはどういう?」

「死者への祈りなしに埋葬している!?」

 

 人が亡くなれば死者へ祈りを捧げるのが普通だ。祖母が生きていた頃にこう教えられた。

『冥府のもとへ行くには案内人が必要なのさ。死者の祈りはその案内人を呼び寄せる儀式さね。それがなければ死者は現世を彷徨うことになる』

 それは誰しもが昔から守ってきたことだ。

 しかし村人たちを埋葬している騎士団はそれをやっていない……?

 すると一番偉そうな騎士がこちらに気がつくと向かってきた。それに呼応して神父さまが前に出て進んでいく。馬から降りた騎士に対して、神父さまが名乗ろうとして……。

 

「私、この村の神父をしていま――」

「貴様、盗賊団の生き残りだな!」

 

 いきなりとんでもないことを言われた。

 神父さまはごく普通の神父服を着ている。山道を駆けずり回ったせいか多少やぶけて汚れてはいるがどこから見ても聖職者にしか見えない、見えないはずがない。

 この男は何を言っているんだ? 何か危険信号を告げるかのように身体がピリピリのが分かる。

 そして騎士の男は剣を抜いた。俺も同時に剣を抜くが神父さまとの距離が開いている。

 ――間に合え!

 

「ミカミくん、早まってはいけませんよ……」

 

 無抵抗の神父さまに騎士の男は剣を振り上げ袈裟懸けに一閃。神父さまは仰向けに倒れた。

 なんで……なんで民を守るはずの騎士団が神父さまを?

 神父さまの横まで来て神父さまを見やる。傷口から血が溢れ出て地面を赤と土色が混ざった色に変えていく。まだ息はあるようだった。それでも分かる。分かってしまう。これは致命傷だと。

 そして自分より背の高い騎士を見上げた。醜悪としか言えない笑みを顔に貼り付け、その握られた剣は血で濡れている。

 

「剣など持ってどうした小僧?」

「っ!」

 

 騎士だろうがなんだろうが関係ない、殺してやる。

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