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その5 そこの窓から村が見えるんだよ

 夢を見ているようだ。

 目の前に自分がいる。よく見なくても分かる豪華な鎧を着込み、儀礼用の煌びやかな剣を腰に差している。おまけに年齢は自分より十は上に見える。剣神と呼ばれる自分だろうか?

 しかし、年をとっている自分を見せられるのは、はっきり言って不快だ。夢の中だからといってご遠慮願いたいところである。

 そして、そいつは開口一番に「お前馬鹿だろ?」と、言い放った。馬鹿……面と向かって言われるのは初めてかもしれない。更に独り言のように「お前を選んだ私も大概だがな……」と言い、続ける。

 

「気付いてるとは思うが、私の授ける祝福は他の神々のようにちょっとした能力を与えるのとは違う。私は無数にある平行世界に生きる者たちの中でお前と一番波長の合う者……即ち別世界のお前だな。その知識と経験を授けることができるのだ!」

「ややこしい!」

 

 叩いても痛くないようにジグザグに折り曲げられ衝撃が吸収されるようにできているような紙製の棒で、目の前の神を叩きたくなった。

 なんと回りくどい祝福だろうか。シャンのように風を読む力とか父さんのように目がよく見える単純な祝福でいいのになぁ。

 

「……続けるぞ? 土台を作るためにお前には夢を見させてきた、異世界のな。心当たりがあるだろう。そして一六の年を数えたあとに、お前が望んだ世界の祝福を授けた……。のだが……なんで選んだのが“剣神”なのか……」

「かっこよかった……から?」

 

 なんだか呆れたような声で目の前の神が言う。

 

「はぁ……状況が許さなかったのは分かるが、“剣神”として力を振るえばお前は確実に身を滅ぼすことになるからな」

「……え?」

「剣神ミカミは、なんの加護もなく魔法の力にも頼らずに己の肉体を鍛え上げ枷を外し、限界まで高めることで“剣神”と呼ばれるにまで至った。未熟な身体のお前が同じように剣を振るえばどうなるか……」

「ど……どうなるんですか?」

「手足が千切れ飛び、目は光を失う」

「…………え?」

「手足が千切れ飛び、目は光を失う」


大事なことなので二回言いましたってことか?


「もっとも意識的に制御できれば問題ないだろうがな。……出来る……のか、ん?」

「でも、この力があれば村の仇が……」

「私はなんとなく目に付いたお前に祝福を授けただけだ、どんな道を進もうと止めはしないさ」

 

 目の前の神は不敵に笑みを浮かべると少しずつ身体が透けていった。

 

「あ……あなた様の御名前は?」

「信仰されなくなった神々に名前などないよ」

 

 そして、目の前から神は消え去った。

 

 ◆ ◆ ◆


 意識がゆっくり戻る。

 ここは、ベッドの上か? 若干かび臭い。

 疲れたような顔のシャンが覗き込んでいるのが分かる。

 

「よかった……」

「シャン……なんで生きてるんだ?」

「しっかりしてよ、ミカミくん!」

 

 シャンは異形種にやられて死んだはず……いや記憶が混乱してる……のか?

 違うそれは別世界のことだ、俺は守れたんだな……。安堵すると同時に少し頭痛がする。まるで、水と油を混ぜたかのように記憶が分離しているような……。

 

「俺はどうして……っ!?」

 

 頭が痛い。盗賊を斬った瞬間を思い出すと突然膨大な情報量が頭の中を駆け巡った。

 それらは全て、いかに相手を斬るかという知識の奔流だった。

 

「くぁ……水」

 

 とりあえず水が飲みたい。

 部屋を見回す。部屋はさして広くはなく物置のような感じだった。少しカビ臭いが汚いというわけではない。本棚に積まれた書籍には小難しいことが背表紙に書かれていて、よくわからない。よく見ればこの国の文字でもないような気がする。

 キョロキョロしていると、シャンが察したのか近くにあったコップを差し出してきた。

 

「ありがとう」

 

 御礼を言って口に水を含むとドアがノックされる。シャンが「どうぞー」と言うと、見知った顔が入ってきた。黒のローブ姿に首に下げた十字架。そしてメガネをかけた教会の主だった。

 

「おお、目が覚めたようで何よりです」

「たった今起きたんだよ」

「ははは、おはようございます」

「今は昼間ですけどね」 

 

 窓から外を見れば太陽が真上に来ているのが分かった。村が焼かれたときは夜だったから半日ほど寝ていたようだ。そして神父さまだ。あの状況で生きていたことを嬉しく思う。

 

「神父さまも生きていたんですね」

「はい、なんとか。しかし村は完全に……」

 

 この場にいた全員の表情が少し暗くなった。それはそうだ、簡単に吹っ切れることではない。

 

「この家の主であるマリース女史を呼んで来ます。話せますね?」

「マリースじょし?」

 

 村では聞いたことがない名前だった。いや村は焼かれてしまったのだ、ここは村の外ということだろう。

 

「はい、この山に住む魔女といえば分かりますか?」

「魔女?」

 

 聞いたことがない話だ。魔女とはあれだろうか、おとぎ話に登場して毒りんごを食わせたり子供を食べたりする老婆。ここはその人の家? 少し寒気がしてきた。

 

「もしかして失礼なこと考えてないかな? マリースさんはね、私たちを助けてくれたんだよ」

 

 シャンが屈託のない笑顔で言う。眩しいなと思うぐらいだ。

 

「えーとなんだろう、水をばら蒔いて火をつけたら燃え上がって……盗賊たちを皆ごろ」

「おっと、ではマリース女史を呼んできますね」

 

 シャンが何か物騒なことを言おうとしたところで、神父さまが言葉を遮り部屋を退室する。もしかして凄く怖い人が来るのだろうか? 最悪は想定しておこうと思う。

 

「山って聞いたけど、ここは?」

「そこの窓から村が見えるんだよ」

 

 悲しそうに言うシャンに促されて窓の外を見る。そこからは村が見渡せ、山から続く森林地帯が幻想的な光景が広がっていた。しかし俺には村しか見えなかった。いや、村は無い。完全な焦げ跡しかなかったのだ。

 あの夜の出来事が嘘であって欲しいという僅かな思いが、砕かれた瞬間であった。

 窓から村を凝視していると不意に話しかけられた。

 

「聞かせて頂戴。貴方が得たモノは何だったのぉ?」

 

 ドキリとして体を起こすと、真っ黒な格好をした女性がいた。銀髪銀眼で気配を全くさせないように整った顔立ち。ただし化粧が濃い目な気がする。頭には絵本でしか見たことがない三角帽子を被っていて、背が俺より高く見えた。もっとも俺はベッドに横になっているので確かなところはわからない。そして何より目を引いたのが胸。一六才になったばかりの俺には目の毒にしかならない果実が実っている。見ないように見ないようにすればするほど不自然になってしまう。

 シャンがそれに気がついたのか、一瞬だけ視線を下に降ろして自分のを見たようだった。シャン、すまないがお前のは絶壁だ。

 最後に年齢だが……分からない。聞いてはいけない気がする。なんというか、心でも読まれたのか『聞いたら殺す』的なオーラを感じます。老婆とか想像しててすいません。

 

「得たモノですか?」

「貴方は恐らく原初の神サレルファスの祝福を受けているわぁ」

 

 夢に出てきた神の名前だろうか?

 原初の神はこの大地と大地に生きる者たちを創造したというが、アレはそんな神聖な神だっただろうか? 心底疑問である。

 

「……この祝福を受けた人間は、歴史に登場する限り一人のみ。初代トラステア帝国皇帝。何もなかった荒地に国を作った人物よぉ」

 

 神父さまが目を丸くさせたのが分かった。帝国はこの大陸で最大版図を築いているのだ。そこの初代皇帝と同じ祝福……と言ってもなぁ……。

 この祝福、多分人によって違う。

 

「俺が受けたのは――」

 

 できる限り説明する。今自分の中にあるのは、別世界の自分の知識と経験だと……。

 さっき見た夢のくだりでマリースが渋い顔をしていくのが分かった。

 

「初代皇帝は国造りの達人の祝福でも持ってたのかしらねぇ……。まぁ嘘はついていないしいいわぁ」

 

 それを聞くとマリースは興味が失せたように息を吐いた。

 きっとマリースが知りたかったものとは違ったのだろう。

 そこで疑問に思っていたことを口に出した。

 

「ところで盗賊たちはどうなったんだ? みんな始末したんですか?」

 

 全員始末をつけたとは考え難いが、聞いてみた。

 

「一人だけ捕まえましたよね? 運ぶのが大変でした……」

「おお神よ、どうか我らが所業をお許し下さい」

 

 シャン? 神父さま? 何か怖いことを聞いてしまったようだ。

 

「ああ、森の連中なら焼き払ったけど一匹だけ捕まえたわねぇ」

「そいつはどうしたんですか?」

「知ってることだけ吐かせて、魔獣に食わせたわぁ」

 

 魔女が妖艶に微笑みながら言う。その笑みで自分の身体の血が引いていくのが分かった。目の前にいる女は異常なことに自分が気がついたのだ。それはそうだ、山奥に住んでいるような魔女だ。正常である方が不思議である。

 そしてタイミングを図っていたかのように聞こえてくる低い唸り声。犬種の威嚇するような声に似ていた。この家、何が居るんだよ……。

 というか、魔獣って話に聞いたことがあるだけでまだ見たことはない。

 

「……。それで何か聞き出せましたか?」

「あの盗賊もどきたちはね、略奪が目的じゃなかったようねぇ……」

 

 盗賊もどき? あいつらが盗賊じゃなかったということだろうか。それはどういう――

 

「あのもどきってなんですか?」

 

 ベッドの端に座ったシャンが俺より先に質問した。

 

「拷問……じゃなかった洗脳じゃなくてぇ……お話し合いの結果、彼らは傭兵団だって分かったのよぉ」

「傭兵団ですか……困窮した彼らが村を襲うというなら分かりますが、それが目的じゃなかった?」

 

 神父さまが顎に手を当てて考え込む。椅子に座った魔女は机に頬杖をついている。

 

「団名は“虎牙傭兵団”。所属はセーシル連邦。隊長の名前はベルグってやつらしいわぁ。これ以外は……下っ端過ぎて、情報は持ってなかったようねぇ」

 

 虎牙傭兵団のベルグ。団名に所属国まで分かれば十分だ。ふつふつと黒い感情が湧き上がってくるのが分かる。どうやって復讐してやろうかとそういう考えばかり頭に浮かぶ。

 

「ミカミくん、怖い顔しないで……」

 

 こちらを見つめながらシャンが言う。その瞳には悲痛な感情が含まれていた。

 

「……ごめん」

 

 毒気を抜かれ素直に謝った。しかしこの感情は簡単には消えないなと思う。

 

「いいかしらぁ? 彼らは北からこの国に入ってきてまた北に戻るようだったわぁ。森にいた連中を蹴散らしただけだから、彼らはまだ全滅してはいない」

 

 魔女が俺の目を見つめる。俺が出す結論を期待するように。

 

「うふっ、追いかけるなら止めはしないわぁ」

 

 復讐したい衝動に駆られるが自分の感情を押し殺す。

 今は、優先するべきことがある。父さんと母さんの生死を確かめなくてはならない。死んでいるであろうことは追ってきた盗賊を見れば分かる。それでも――

 

「シャン一度村に帰ろう……」

「うん……」

 

 俺たちは村に帰ることを選択した。

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