その4 勘がいいねお嬢さん……
前部削除後、加筆予定 修正終了2/7
一六年過ごしてきた家が燃えている。父さんに弓の作り方を教えてもらった小屋が燃えている。母さんと一緒に育ててきた畑が燃えている。思い出が燃えていく。この場所からはそれがよく見えた。
シャンも黙って村を見つめている。
焼かれる村を見ながら過去のことを思い出した。
夢で見た世界が別の世界の自分だなんて思い始めたのは、いつ頃からだっただろうか?
確か十才くらいだったときに「僕は他の世界では“剣神”って呼ばれてるんだ! すごいんだぞ!」とか、シャンに言ってた気がする。今思えば顔から火が出る思いだ。夢の世界の自分がすごいって、他人に言うとかないね。
兄貴(とは言っても血は繋がっていない)に“剣神ミカミ”の武勇伝語ってみたら、笑顔で「妄想するのは十才でやめときなよ」って言われてから他人に夢の話をするのをやめた。父さんよ母さんよ、止めてくれよ。
……街に行った兄貴が今の村を見たらどう思うだろう。
「歩こうかシャン」
手にした弓を見る、弦が張ってなかった。なんて間抜けなんだと無気力に思う。そういえば狩りの訓練をしないときは外しておいたっけ……。
「……叔父さまと伯母さまは待たないの?」
「多分……もう来ないよ……。意味は分かるだろ?」
父さんは強い。人なら動物を狩るように殺せるだろう。
ただどんなに強くとも個人であるのだ。多数の盗賊に勝てるわけがない。
「……私たちが何かした? ただ普通に暮らしてただけなのに、こんな……」
「……」
「ミカミくんは、平気なの?」
「……」
平気なわけない。それをわざわざ言わせる気か! 両親がいない君に「一人で暮らしていて平気かい?」と、聞くようなものだ。
「ごめん……」
「……謝らなくていいよ。とにかく歩こう。村から距離を取るんだ」
しかし、山の森の中は暗闇に包まれている。村は未だに燃え続けているために、そのおかげで方角を見失わないでいられるのは不幸中の幸いだ。
目指す場所はない。ただ山中を歩き続ける。村から一番近い街までの距離が徒歩で一日。もちろん街道を通った場合だ。父からは盗賊が街道を封鎖していたと聞いている。だから山から街道に抜けるわけにはいかない。
目的地はない。それでも歩みは止められない。父さんが文字通り命を張って逃がしてくれたのだ。なんとしてでも生き延びなければいけない。
どれくらい歩いただろうか? 道もない森の中を何度転んだかは分からない。シャンも息を切らせながら付いてくる。先程から会話はない。お互いにそんな元気がないのだ。
「少し……休もう……」
足が棒のようでありどこで切ったかは分からないが、服もところどころ破けてしまった。シャンも似たような状況だ。でも、ここまでくれば……。
その時だった、シャンがハッとして樹上へと顔を上げた。
「!! ミカミくん木の上に人がいる……!」
「っ!?」
胸が跳ね上がりそうになった。盗賊に追いつかれたのか? まさか、そんな。恐る恐る木の上を見ると二階の屋根より高い位置に、そいつはいた。一見猿のようにも見えたが違う。明らかに剣のようなものを二本背中に差している。その猿は両手足で枝に掴まりこちらを見下ろしていた。
「勘がいいねお嬢さん……」
そう呟くとそいつは地面へと落下してきた。直ぐさまここから逃げ出したい衝動に駆られるがそれはできなかった。疲労が溜まり身体の自由が効かないところまできている。盗賊だとすれば背中を見せれば確実にやられるだろう。
「うちの隊長がね……言ってましたよ。君たちが獅子の子供だって。獅子どころか子猫じゃないですか。この程度しか距離を稼げていないなんて……」
唐突に現れた猿男は、盗賊の仲間であると確信した。獅子、子猫? どういう意味だ。そして俺は、シャンを連れて逃げられるのか?
「隊長も変なことを言う。そう思わないですか?」
「……変なことを言ってるのはお前だと思うが」
「……? ああ舌足らずでしたね、申し訳ない」
猿男は軽く会釈をすると口角を釣り上げニヤニヤしながら語り始めた。
「あの狩人様は貴方のお父上ですか? 強かったですよ。我々も四人ほどやられてしまいました。あれほどの大立ち回りを見たのは久しぶりです。あ、もしかして馬を射ったのも彼でしょうか? 騎馬隊の連中が憤慨してましたよ」
早口でまくし立てられる言葉。そしてまだ続く。
「それでですね、うちの隊長が彼を獅子と呼び、貴方がたを獅子の子供と言ったのですよ。ご理解頂けましたか?」
「……」
「……」
黙ってしまった俺たちに猿男は首をかしげながらこちらを観察し、様子を伺っている。そして発言した。
「ああそうそう、彼の首を撥ねたのは私です」
彼? 話の流れから推察すると父さんのことだ。その首を撥ねた……?
「~~っ!」
殺してやる。身体の倦怠感が一気に吹き飛び剣を抜く。
いや抜くことができなかった。いつの間にか剣を抜いた猿男が切っ先で、柄を押さえ込んでいる。
「せっかちですね、最後まで聞きなさい。寄り添っていた女性を斬ったのも私です」
「おあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!」
絶叫。目の前が真っ暗になるほど頭に血が上ったのが分かる。剣が抜けないなら殴ればいい。しかしそれは身体を逸らしただけで簡単に避けられた。
「二本抜いてたら今の瞬間に手首を切り落として、終わりですよ?」
「うるさい、黙れぇ!」
もはや自分の感情が分からなかった。相手の剣が離れた隙に剣を抜く。相手との差は理解できているがもう自分は抑えられなかった。目の前の男を斬らなければいけない。
「そうですねぇ、私の部下たちが追いつくまでに……私に一太刀でも傷をつけられたら見逃してあげま……しょう!」
横薙に剣を振れば垂直に跳躍して樹上へと上がる。降りてこい! と、怒りの視線を向ければそこから体を縮め一回転させならが急降下し、その刀身を俺へと叩きつけてくる。
「うあっっ」
剣を上段で斜めにし、かろうじて防御はできたが尻餅を付き完全に態勢を崩してしまった。
「ミカミくん!」
「如何ですか“猿獣の祝福”の力は?」
切っ先を俺の喉元へと向けながら言う。
「というか貴方が弱いですね。まさか剣は自己流ですか? あんなに素晴らしい父が“いた”というのに信じられない……」
「ぐううぅ……っ」
低い唸り声を上げる。それが精一杯の抵抗。
「どうしようもないですね。見逃してもよかったですが、部下たちが追いつきました。残念です」
言われてから気がついた。視線だけを猿男から外して視点を代えると、複数の灯りが見えた。急に冷静になっていく。
これが諦めなんだなと、思う。
「……ミカミくん……みんな私たちを狙ってる」
頭を垂れたシャンがか細い声でそう言った。シャンの方へ視線を向ける。また正面に戻すと喉元へと突き付けられていた剣が喉へと食い込んでいくのが分かった。死ぬんだなと思うと余計冷静になっていく。
目の前の猿だけは絶対ころしたい。つっころしたい。無に帰したい。母なる大地に還してやりたい。その口を目を抉りとってやりたい。その猿みたいに跳び回る足を引き抜いてやりたい。
いくら呪詛を吐こうとも現実は変わらない。
……。
そして気がついた。いつまで経っても死なない。いや、もう死んだのか?
違う。
切っ先は喉に食い込んだところで止まっている。
そして自分以外の時が止まっているのに気がついた。自分も動くことはできない。
走馬灯というやつだろうか。過去の記憶がフラッシュバックする。
『幼い自分は村を訪れた騎士に憧れて、剣を習い始める』
『成長した自分は幼馴染のシャンに自分の気持ちを打ち明ける』
『村が異形種の襲撃を受けて壊滅する』
『たった一人だけ生き残り自分の無力さを嘆いて力を求めるようなる』
(違うこれは俺の記憶じゃない)
『やがて傭兵として戦場を渡り歩き、死に場所を求める』
『しかし誰ひとりとしてその“ミカミ”に勝つことは叶わない』
『立てた功績、武勲、名声によりミカミは“剣神”と呼ばれるようになった』
『それに、神は『“世界を視る”ことができるのが最後』と、言っただけで祝福がなくなると言ったわけではないのです。その先に、何かあるのではないでしょうか?』
(これは神父さまの言葉か?)
自分が自分じゃなくなるような感覚。
自分の中に、もう一人誰かがいるような感覚。
少しでも気を抜けば、意識を手放してしまいそうになる。
そして、身体は動いた。
目の前の白刃を素手で掴む。手の皮は切れ血が滴る。しかし喉が掻っ切られるよりマシだ。
「へっ?」
次の瞬間には猿男の手首を斬り飛ばしていた。
「うっ!」
猿男がうめき声を上げ、信じられないといったような瞳でこちらを見る。そして落とした手首と剣には目もくれずに、残った左手でもう一本の剣を抜く。
「おせぇ!」
その瞬間に勝負は決まっていた。
「クフっ」
返しの刃で肩口から脇腹まで剣を一文字に振るう。それにより猿男は血を吐き出しながら仰向けに倒れることになった。
「クフフ……余裕を見せ過ぎましたね。ベルグ隊長ぉ……おさらばです」
「死ねぇ!」
俺は無感情に盗賊の首を撥ねた。ベルグ隊長? ……次はお前だ。
「……弓がくるよ」
座り込んだシャンが涙声でそういう。伏せているのに見えているのだろうか?
まぁいいや、負ける気はしない。全員叩き斬……る?
猛烈な目眩が俺を襲った。吐き気まで催し、空だった胃から胃液だけが吐き出される。何より目に受ける痛みが凄まじかった。まるで酸をかけられたようにゆっくりと焼かれるような痛み。
立っていることができず、地面に膝をついてしまう。
「うぁ…………やば……い」
朦朧としながら顔を上げると、シャンが涙目で何かを叫んでいるのが分かった。
(ごめんシャン。守ってあげられない……)
声も出なくなったようだ。
その時だった、誰かの声が聞こえた。
「黙って見ているつもりだったけど、いいものに立ち会えた。助けてあげるわ」
それはシャンではない、成熟した女性の声だった。はっきり聞こえたわけではなかったが、どこか安心させる声を聞き俺は意識を手放した。
あらすじに、たどり着きました