その3 逃げろ逃げるんだ!!
「起きてるか!?」
村の様子が変なために起きて支度をしていると、息を切らせた父さんが部屋に入ってきた。灯りがなく深夜に近い時間であるために、俺よりもふた回り大きい父さんに驚く。森の中で夜に会えば熊とも見間違うだろう。強面の顔がそれを引き立てている。
「父さん!?」
帰ってきたのか。それにしてもこの慌てようは……。
昼間のショックが抜けていないせいか熟睡はしていなかったがために、脳の覚醒が早い。家の外の騒がしいのは父さんの慌てようも関係あるのだろうか?
一瞬だけ俺の隠されていた祝福のせいか、と思うも首を振って直ぐさま否定した。
「直ぐに支度をしろ」
なんで? 俺が聞く前に父さんは答えた。
「盗賊の一団が街道を封鎖しているんだ。荷を奪ったら行商人を崖に突き落とすようなやばい連中だぞ」
背中に冷たいものが流れるのを感じた。村の外をほとんど知らない俺に、街や王都のことを教えてくれた行商人のおっちゃんが死んだ……?
外の方を見れば、村のあちこちで篝火が焚かれているのが見えた。父さんは手に長弓持ち背中には矢筒を背負っている。普段狩猟から帰れば手放すはずなのに……。
「まさか村ごと襲撃するとは思いたくはないが、用心に越したことはない」
木剣ではなく、父からもらった鉄製の剣を手に取り一度鞘から抜いて刀身を確認する。手入れは怠っていない。切れ味はよさそうだ。
「ちゃんと弓も持つんだ。射ることは出来るだろ?」
「うん、それでどうしたらいい?」
「そうだな――」
その時突如として半鐘の音が響き渡った。
それは村の街道側に設置された物見櫓から発せられた音だ。つまり、村に侵入者がやってきたことを意味していた。
手に汗が滲んでいくのが分かった。
「ぐっ来ちまったのか!! ミカミ、シャンを連れて村長の家に向かえ。父さんは、母さんを連れて行くから!」
緊急事態があれば村長の家に集まることになっている。そのために、村長の家は他の家に比べたら頑丈に作られているのだ。異論なんてない。
シャンとは、家の前で直ぐに会えた。
「シャン!」
「ミカミくん!」
髪が乱れて涙目のシャンが目の前にいる。怖いのだろう。
「お、伯母さまが……盗賊が来たって!!」
「分かってるよ、村長さんの家に行くぞ」
「いやダメだ!」
風上から何かが燃える臭いがしてくる。焦燥感に駆られながら父さんが指を指す方を見ると、村長の家の方角が真っ赤に燃えているのが見えた。人の叫び声も聞こえてくる。
遠目に村人と思しき人たちがこちらに走ってくるのが見えた。そして、更にその後ろからは数騎の騎馬が追いかけてくるのも見える。
火に照らされ、僅かに見えるその騎馬は明らかに村人は乗ってはいない。彼らが盗賊なのか? と、ほんの少しだけ考えた。その僅かな時間の間に騎馬に追いつかれた村人たちは、斬られ射られ踏みつけられて動かなくなった。
断末魔の声ははっきりと聞こえた。
「なんで……どうして……」
「しっかりするのよ!」
シャンが崩れ落ちて地面に膝をついた。それを母さんが肩を掴んで起こそうとする。
こちらに気づいたのか馬の頭がこちらを向いたのが分かった。
「ふ……ハァハァ」
鞘から剣を抜く。弓は扱えるが暗くては狙えない。俺が臨戦態勢を取ろうとしたとき既に父は行動に移っていた。
弓に矢を番い放つ。風きり音が真っ直ぐに暗闇から火で照らされた闇へと向かっていく。
矢が命中したのであろう。一頭の馬が暴れだし騎手を振り落とした。狭い小道を馬が倒れこみ塞ぐ。振り落とされた盗賊は哀れにも倒れて暴れる馬に覆いかぶさられた。
「父さんすごい……」
暗闇に近い状況でも矢を当ててしまう、これが“狩人の瞳”……。
「さっきの悲鳴……もしかして」
かろうじて立ち上がったシャンが、一歩後ずさりながらそう呟いた。あの断末魔のことだろうか。耳から離れない。
「とにかく逃げるぞ! 直ぐにこっちに来る!!」
「でも衛兵がなんとかしてくれ――」
「その衛兵は村の入口と村長の家にいたんだ!」
どういうことか分かるだろ? と、父さんの目が語る。
つまり村長の家が焼かれた時点で、衛兵たちの防衛は失敗ということになる。
少し冷静になって周りを見渡すと、村全体が火に包まれようとしていた。伯母さんの家があの牧場が麦畑が燃えていく。夜の闇が助長させているのかも知れないが、火が着いてないところがここしかないようにも思える。煙が周囲を取り囲み少しづつ確実に息がしづらくなっていった。
火の気がない方へと進み山へと続く山道の方にやってきた。まだ煙は流れてきてはおらず普通に息が吸うことができる。
そこには人が何人か倒れていた。背中を斬られて流血してる者、正面から射掛けられて数本の矢が胴体に刺さっている者。
母さんが駆け寄って確認する。
「……ダメ」
母さんは悲しそうに首を振った。小さな村である、顔を知らない村人の方が少ない。俺には顔を確認する勇気はなかった。
「どうして、どうして……」
シャンが俺の背中に縋り付いて、嗚咽を漏らす。動きにくいと思ったが振り払うことはできない。泣きたいのはこっちも同じだ。
突如として父さんが茂みに向かって弓を放った。
「うがっ!」と、叫び声が上がった。それと同時に、十人近い男たちが飛び出して来る。人が倒れているということはそれをやった相手がいるということである。
「ミカミ! シャンを連れて、逃げろ逃げるんだ!!」
父が叫びシャンの手を握って俺は駆け出した。後ろは見ない。見てはいけない。道のない暗闇の山道をひたすら進む。そして少し開けたところで足を止めた。
どちらからでもなく、二人で無言のままそこに座り込んだ。
あそこでどうしなければいけないか直ぐに分かった自分が、恨めしい……。
父さんと母さんがどうなったかは想像に難しくない。
『お前も、逃げてよかったんだぞ?』
盗賊たちが二人の周囲を取り囲み。
『ダリル……あなたを置いていけるわけないでしょ?』
父さんが長弓を構える。
『すまないな、ルシール』
母さんは、父さんと背中合わせにナイフを取り出し。
『心残りがあるとすれば、孫の顔が見れなかったことくらいかしら』
『あの子達が、結婚するとは限らないだろう……』
『あの二人とは言ってないわよ』
ハハハ、ウフフと、二人で笑う。どう行動しようともこの先の運命が同じであるならば、多少余裕もでてくるというものだ。
多分盗賊たちが引くくらい笑っていただろう。
『……かかってこい、ライン村一番の狩人ダリルが相手だっ』
そして名乗りを上げた父さんたちは……。