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その1 結婚はしない! 祝福を授かりに行くんだろ!?

  夢を見た。

 

『ミカミ様、敵勢およそ二百。オーク種を中心に、中型種が複数混ざっています』

 壮年の自分に女性が話しかける。見据える先に存在するのは敵。

 そして、自分の後ろにいるのは頼もしい仲間たち。

 

『ああ、分かった。でかいのは俺が倒すから小さいのは頼んだぞ』

 剣を携えながら自分の身長の倍はあろうかという異形の敵へ向かって駆け出す。

 相手は巨体を誇るがために、剣で一撃必殺を決めるには首を狙うしかない。正面からバカ正直に突撃すれば、それは簡単に相手に察知され防がれてしまうだろう。

 だが、風斬り音ひとつでオークの首が飛ぶ。

 人ではないながらも、相手もひとつの文化圏を築いた者たちだ。武器は扱えるし武術の心得も持っている。それらを抵抗させずに切り伏せる。

 それが、剣神ミカミと呼ばれた者の力だった。

 彼を中心に数百の異形は、大した時間もかけずに殲滅された。

 それが、“剣神ミカミ”と呼ばれる自分の力。俺がなりたい自分の姿だった。

 物心ついたころから、頻繁に自分の夢を見た。だが、どれもこれも記憶にない場面――というよりも、時代も世界も年齢でさえ違っていた。

 いつの頃からか、それは別の世界の自分なのだと思うようになっていた。


 ◆ ◆ ◆


 意識が覚醒する。

 外からは鶏の鳴き声が聞こえてきた。まだ日が昇ったばかりであり、外は薄暗い。この時間から俺は活動を開始する。

 井戸で顔を洗うために、水を組み上げる。水が並々と入ったオケを覗くと歪んだ顔の自分が写っていた。いつも通りの黒色の髪に黒の瞳だ。いつも通りでなかったら困るわけだが……。

 顔を洗ったら、家の裏で木剣で素振りする。これが、子供の頃からの日課だ。だがしかし、何年素振りを続けようともあの“剣神”と呼ばれる夢の中の自分とは全く重ならない。思い返せば思い返すほど、夢で見る自分は化け物じみている。それでも圧倒的な自分に憧れてしまう。どうしてもあの剣技を手に入れたいと思う。

 しかし狩人の息子が剣の鍛錬ばっかりって……どうなんだろうな? まぁ弓もやってるけどさ。

 

「こんなところか……」

 

 一汗掻いたところで素振りをやめる。他の村人たちも目を覚まし、活動する時間となったのか畑の手入れや家畜の世話をしているのが見て取れる。

 そういえば俺は今日で一六才の誕生日となった。幼馴染のシャンと教会に行く約束をしてたっけ、少し面倒くさい。

 一六才を過ぎると、教会で祝福を授けてくれる。父親も母親も村の人たちは皆祝福とやらは持っている。まだ自分は持っていないので、どんなものかははっきりと分からない。

 なんてことを考えていると、金色の髪がふわりと視界の端に映った。隣に住んでいるシャンだ。身長が平均的な男子より少し高いくらいの俺に比べ、シャンは拳二個分くらい背が低いので一瞬見逃しそうになった。そもそも性別が違うのだが。

 そしてシャンは唐突にとんでもないことを言い放った。

 

「おはよう、ミカミくん。結婚しようか!」

「おはよよっ!?」

 

 その言葉に次にシャンが口を開くまで硬直してしまう。俺は寝ぼけているのだろうか?まだ、夢の中にいるのだろうか?

 

「私たち、一六才になったんだから結婚でしょ?」

「いや、待ってください。いや、待て! 結婚ってなんだよ!?」

 

 記憶を遡る限り幼少の時ですらそんな約束をした覚えなどない。

 シャンの方を見ると、俺がおかしなことを言っているかのようにキョトンとしている。

 一六才から独り立ちすることができれば、村の決まりとして結婚は許されている。こいつはまさか……。

 

「あれ? 伯母さまが、ミカミくんが一六才になったら、婿にもらってくれないかって言ってたんだけど……」

「母さん、俺の意思はないのかよ……」

 

 全身が脱力して尻餅を付きたくなるも、踏ん張って耐える。

 ふと視線を感じ横目で畑の方を見ると、近所のおばさんが微笑みながらこちらを見ている。恥ずかしい……。

 それはなんとも平和に見える光景だった。

 

 ここライン村は辺境にある村だ。どのくらい辺境かと言うと、この国カーネリアン王国の中心に王都があってその端っこにあるらしい。らしいというのはあれだ、俺はまだここから歩いて一日距離にある隣の街程度までしか行ったことがない。つまり王都というところがどんなところで、どのような場所にあるのかすらも知らない。行商人は二週間程度で王都とこの村を往復できるらしいが、そのような距離は自分の足で歩いたことはないのでよくわからない。

 村から見える山脈の向こう側は、トラステアと呼ばれる国がある。徒歩で越えるのは困難で魔獣が出るなんて話もあったりする。

 それでも極希に山を越えてくる人もいるそうで、国境ということもありこの村には衛兵が多くいると聞いた。

 そのためか、村はぐるっと簡素な柵で囲まれていて物見櫓もいくつかあったりする。もちろん半鐘つきだ。

 

「結婚はしない! 祝福を授かりに行くんだろ!?」

「ミカミくんのいじわる」

「いじわるで結構だ」

 

 お前は何を生き急いでるんだ? 明日死ぬわけでもないだろうに。

 ……いや、早くに流行病で両親を亡くしてるせいか。

 

「あれ、いきなり暗い顔してどうしたの?」

「ああ、なんでもないよ。ところで朝メシで呼びに来たんじゃないのか?」

「そうだった!」

「……」

 

 そうだったってお前……。そっちが本当の用事じゃなかったのか……。

 

 両親がいないがためにシャンがうちで朝と夕御飯を食べるのは、数年前からの日課である。

 うちは父さんが猟師として生計を立てている。肉の一部は我が家で消費し、乾燥させ日持ちできるようになった物を村内で交換する。はいだ皮はなめして定期的にくる行商人に売り払った。

 俺はというと小さな頃から父さんに、猟師のなんたるかを叩き込まれたわけだ。まだ、本格的な狩りには連れて行ってもらえていないのだが……。

 

 家に帰ると、母さんが御飯の支度を終わらせていた。父さんは、今は遠くに狩りに出かけている。俺の誕生日には帰ると行っていたので、今日あたりに帰ってくるだろうか?

 

「ただいまー」

「再びお邪魔しますー」

 

 油が切れ、丁番からキィという音を立たせながらドアを開ける。間取り自体があまり大きくない家なので、ドアを開けてすぐのテーブルに朝食は並べられていた。

 

「おかえり、ほら朝ごはんなら用意できてるわよ。シャンも手伝ったんだからちゃんと御礼を言いなさい」

 

 母さんの歳は、まだ四十手前。白髪もなく髪は黒黒しい、二十代と言っても通用しそうな感じだ。

 

「御礼って……毎日作ってもらってるじゃないか」

 

 と言いながら、シャンとそれぞれ椅子に座る。

 

「だからこそよ、シャンもお母さんも今日は気合入れて作ったんだからね」

 

 確かに、いつもの質素なパンに比べるとふっくらしている。木製の器にわけられたスープも具が多い。肉は……鹿肉か。

 

「……ありがとう」

 

「貴方たちが、これからずっと世話になる祝福を貰いに行くんだから、少しくらいいいもの食べないとね!」

「いただきます」

「ほら、シャンも遠慮しないで食べた食べた」

「いただきます!」

 

 

「そういや母さん、結婚ってなんだよ……。シャンが、いきなり言い出してきてびっくりだよ」

「断ったの? シャンがいいのなら別にいいじゃないのよ。あんたももう大人でしょ?」

「まだ、子供のつもりだよ」

 

 それに小さい頃に約束してるでしょ? と母さんが続ける。断じてしてない。

 シャンが顔を赤くして俯いている。母さんの前だと恥ずかしいのかよ!

 そして母さん、別にいいことではないぞ。それは一生ものの問題だ。十数年しか生きていない俺でも分かる。

 

「俺の人権は無視デスカ」

「農民に人権なんてないわよ」

 

 母さん、さらりと怖いこと言わないで。確かに領主様には絶対服従なわけだし……。

 

「さて、少し休んだら教会に行くとしよう」

 

「シャン、今日は洗い物手伝わなくてもいいわよ。うちの子と一緒に休んでて頂戴」

「え、でも……」

「いいのよ、今日くらい甘えなさい」

「はい、分かりました伯母さま」

「それにしても、あんなに小さかったあんたたちが、もうこんなに大きくなってねぇ……。あんたが――」

 

 母さんが、遠い目をしながら語り始めた……。こういうときは長くなるのがお決まりだ。以前は、父さんとの馴れ初めを聞かされた。

 

「ところで、伯母さまの祝福ってなんですか?」

 

 シャンが、長くなりそうだった母さんの話を止めた。ナイスだ。

 

「私のはね、“薬師の理”ってやつだね」

「「“薬師の理”?」」

 

 そういえば、俺も聞いたことがなかった。でも、薬師って……母さんは畑の世話をしているところしか見たことはない。育てているものに薬草とかもないな。

 

「そう、効果は私が作った治療薬や魔法薬の効果が少しだけ上がるのよ」

「でも母さんが薬を作ってるところは……」

「作ったことなんて、ほとんどないわよ。どんな祝福がもらえるかはほとんど運次第だからね、私にとっては全く使わないものだったのよ」

 

 祝福は神様と精霊の数だけあるらしいから、こういうこともあるのか。

 

「でもね父さんのははまり役よ。あの人のは“狩人の瞳”」

「うん、それは聞いたことがあるよ。父さんの弓が百発百中なのはそのおかげだって」

「百発百中は言い過ぎね。でも、普通の狩人が努力したくらいじゃ追いつけないものを持っているのは確かよ」

 

「私は、そこに惚れたの」とか言い始めたので、シャンにアイコンタクトを送る。また、長くなりそうだ。そろそろ教会に向かうとしよう。

 

「それじゃあ、そろそろ出かけるよ」

「伯母さま、お邪魔しました」

「うふふ、いってらっしゃい」

 

 村の教会に行くだけだから、特に準備するものはない。

 持っていくとしたら、神父さまに渡すお布施くらいのものだろう。それもきちんと用意してある。隣でうきうきしてるシャンを見ると、なんだかこっちもまで楽しみになってくる。もちろん、その感情は表には出さない。……もしかしたら、剣神と呼ばれる自分になれる祝福ってあるのかな? 少しだけ、気持ちが浮ついてくる。

 

「あれ、口が半笑いになってる? いやらしいことでも考えてた?」

「そんなこと考えてないよ……」

 しまった、表に出ていたようだ……。

「嘘だぁ!」

 断じて嘘ではない。

「…………」

 

 否定しても嘘扱いされるなら、面倒だから無視しておこう。

 

「沈黙は是也だよ?」

「なんで、難しい言葉をわざわざ使ってくる!」

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