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開き直りの解決方法(3)

「……」


 すごく。

 それは表現するとすれば――これ以上どうにもならないくらい、見事な、直球デッドボールだろうか。


「ねえねえ。好きなんでしょ? ホント水臭いんだから~。いつからいつから?」

「……」


 数秒耳を疑ってみてから、わたしは考え込んだ。

 今、誰にも言わないままばれないままにしておこうと思わなかったっけ。確か思った。大丈夫思った。間違いない。しかしバレている。思い返してもわからない。誰にも言ってないし。言うわけないし。そんな態度に出した覚えもないし。何で?

 授業中にかこつけてその場は勢いで無視したが、案の定放課後また捕まって、胸倉揺すられた。


「イズミーねえねえなんであいつ? ねえねえねえ」


 なんてしつこいんだろう。

 運悪く部活のない曜日で、適度な人口密度の教室から逃げ出すわけにもいかず、わたしは廊下側の壁際に追い詰められて冷や汗を流した。よりによって図星だからたちが悪い。ユイカちゃんは用事で職員室に行っているし、こうなれば逆切れくらいしかやりようがなかった。


「ちょっと待て。なんなの。それは言いがかりでしょ? ちがう? 絶対? そこまで言うなら証拠を出せ! わたしがそうだっていう。そんなのあるもんか!」

「あくまでしらばっくれる気なわけー? いいの? 証拠なんて、いくらでもつくれるんだけど」


 若干サスペンス風味になってきたやりとりの中、サトコはにやりと笑い、振り返って「星野!」と呼んだ。ぎょっとしても止める暇なんて無い。サトコはこの性格で誰とでも大体仲がいい。星野とも割とよく話している。それは、知っていたって……。

 斜め掛けの黒いバッグに荷物を詰め込んでいた彼が顔を上げてこちらを見て、頭がくらくらした。


「うん? どうかした?」

「んーいや、星野は今から部活?」

「うん。予選に向けて仕事がいっぱいあって。データつくるのはともかく、最近こう、子守してる気分になるな」

「よくやるよね。あいつらの世話って、考えるだけで大変そー。かわいくないし」

「ははっ、言えてる」


 彼は野球部のマネージャーだ。もともとは選手だったらしいから、おそらく怪我で転向したのだろう。

 サトコと自然に会話を交わす様子をぼーっと見ていたら、不意に柔らかな視線と目が合った。


「宮内さんは、今日部活休み?」

「え。あ……う、うん。休み……」


 まあ考えてもみてほしい。

 この状況で平然と受け答えしろと言われて、誰ができるだろうか。そもそもそんな鉄の心臓を完備していたのなら、最初から悩むこともなかっただろう。


「でもイズミ真面目だからねー、自主練したりもするんだよねー?」

「えらいなー。宮内さんらしい」

「そんなことも、無いけど……」


 だからそっけない言葉と声しか出なくても、このときばかりはわたしが悪いとは思えなかった。特別になるほど、好かれたいわけじゃない。でも、決して嫌われたいわけじゃないのに。思わず唇を噛んでため息を堪えた。サトコのバカ。

 心の中で罵った声が聞こえたように、サトコが慌てて取り繕うような声を出した。


「じゃ、部活がんばって! バイバイ、さようならまた明日」

「ああ、うん? じゃあ、また」


 不自然なわざとらしさに微かに首を傾げながら、星野は教室を出て行く。数秒の沈黙を経て、わたしも通学用の鞄を肩にかけた。三秒でプレッシャーに負けたらしく、サトコはがばっと腕をつかんで言いつくろってきた。


「ちょっと待ってイズミ無言はやめようよ! ねえ!?」

「……」

「ちがうの、あんたが証拠とかいうからほんの出来心で!」

「……」

「イズミ~イズミさまー? イズミさんやーい、無視しないで~お願い返事、返答を、せめて一言……」


 あんまり必死なので何事かとクラスメイト達がちらちらこちらを気にしだして、わたしはため息を吐いた。全くたちが悪いったらない。


「……ジュース」


 お詫びに。

 単語を発すると、サトコは親の気を引くことに成功した三歳児のように顔を輝かせた。




 ◆◇*─*◇◆*─*◆◇*─*◇◆*─*◆◇*─*◇◆*─*◇◆




「ふうん、それで、偶然手伝ってくれて思わず惚れてしまったと。なるほど。やるな、星野」

「まあ……要約すれば、そういうことかもね……」


 体育館脇の自販機で奢らせたリンゴジュースを飲みながら、二人で川沿いの堤防に座っていた。

 小さな川は学校の敷地のすぐ右側を流れており、ほど近い体育館からはバスケ部の練習の声が聞こえてくる。誤魔化すと余計面倒な気がして、仕方なく正直に話すことにした。事情を知ったサトコは腕を組み、難しい顔で唸っている。


「うーむ。でも、そうか。そう考えると意外でもないのか」

「どういうこと?」

「だってイズミ、ああいうタイプに弱いじゃん」

「ああいうタイプって……」

「だから、ユイカちゃんみたいな、素直清純癒し系」

「ぶっ」


 い、言われてみれば……否定できない気もする……。

 思わず噴き出した後、口元を拭いながら思った。いつもふざけているくせに、どうしてこうも観察力があるのだろう。


「しかしイズミを落としたのが星野ね。あたしだったら、あれだな、むしろ御堂君にいっちゃうなー。ほら、イズミいっつも口説かれてるじゃん?」

「やめてよ、御堂とか……あれのどこが口説いてるわけ? 八つ当たりで腹いせでしょ」

「そうかな? 怖いけどかっこいいし、強引なところとかよくない?」

「いや、ああいう傲慢な人ってなんなんだろうとしか……」


 楽しくない思い出が次々に蘇って、わたしは頑張ってそれらを頭から追い払った。


「ていうか、サトコはなんでわかったの? わたしが、その、星野君を好きだって……」

「甘いな~親友のこのあたしにわからないと思ったか! 妙に不機嫌だったり疲れてたり星野の事気にしてれば、わかるってば」

「あれ、親友だったっけ」

「そこだけは聞き返さないでほしいんだけど。マナーだと思うんだけど」


 ジュースを飲み終えて立ち上がる。平和な川の流れから目を離して、堤防を降りた。ついてくるサトコに、わたしは丁寧に真剣に言った。これだけはわかってもらわなければ困る。


「なにはともあれ、わたしはこのことについてどうするつもりもないの。告白もしないし、付き合いたいわけじゃないから。サトコもそのつもりでいてくれるかな」


 ジュースの缶がからんと音をたててゴミ箱に収まる。

 まさにそんなイメージならよかったのだが、


「はーい任せて!」


 とにこにこしながら言ったサトコからは、まったくもって、誠意の欠片も伝わってこなかった。

 

 


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