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開き直りの解決方法(1)

「宮内先輩っ! お願いします私徹夜で差し入れ作ってきたんです一生分の気合いを込めて作ったんですせめて渡すだけでいいのでホントマジで後生ですから――!」

「だからっ! 宅配便は受け付けてないから! 兄弟だとしても不干渉、平等拒否なんで! 自分で渡す!」

「いやぁぁ! そこをなんとかぁ!」


 それどころではなくてもなんでも日常はめぐるのだが、それはあんまりといえばあんまりだ。


「ふうむ、今日のはまたファンタスティック・ボンバーだったね」

「あのさ、思うんだけどあそこまでわたしに押しかけられるなら、なんでその勢いで素直に海斗に行かない……!?」

「それが複雑な乙女心ってやつよ」

「いや字面と事象にギャップがありすぎるって」

「お、お疲れ、イズミちゃん……」

「あーもう本当に……」


 三階の窓から青空が見えて、ため息を吐く。風薫る五月はいざ知らず、わたしは気力を総動員してようやく席に着き、箸で弁当の卵焼きを突き刺した。


 ただでさえ星野のことをどうすればいいのかわからないでいるのに、弟関連の乙女たちは今日もさっぱり空気読まない。つーか今日のはなんなんだ。びっくりだ。ようやく午前の授業が終わって弁当を食べようとした瞬間、教室まで押しかけてきた。騒がしいことこの上なく、目立つことが嫌いなわたしにとっては拷問に等しかった。もうちょっと余裕を持ってもらわないと可愛らしいとか以前に傍迷惑だと気付いてほしかった。


「あ、そうだ、今日ね、お菓子持ってきたからよかったら食べて」


 そうこうしていたら気を使わせたらしい。一緒に弁当を食べていたユイカちゃんがとりなすようにタッパーを取り出す。同じく一緒に食べていたサトコが高速で釣られた。


「きゃー! おはぎ超おいしそうありがとぉ!」


 次に後ろの席にいた和菓子好きのユキトがすかさず食いついた。


「おはぎ? いいな、余ったらもらえない?」


 ユイカちゃんはとりあえずわたしに差し出してくれたのだが、そんなことは一ミリも目に入っていないみたいだった。


 ああ、もちろん優しい彼女のことだから、みんなに配ることくらいわかっている。でも、だけど、うざい。ちょっとくらい待てないのだろうか。

 せめて一番の権利はやるもんか……!

 わたしは二人が手を出す前にアルミカップで小分けにされたそれを一つ貰って、にこりと笑って見せた。


「手作りだよね……すごくおいしそう。大事に食べるから。ありがとう」

「イズミちゃん」


 ユイカちゃんが目を見開いて微かに頬を染めた。控えめだがそこが最大の美点であるかのように。

 思わず見とれた。

 荒んでいたのも忘れる。

 なぜならかわいかった。艶のあるストレートの髪とか色白で目は大きいけれど全体的に小作りな所とかちょっとした表情とか頬を触る仕草とか、とにかく全体的にめちゃくちゃかわいかった。どうしよう。かわいすぎて困る。


「あ、あの、どんどん食べてね? いっぱいあるし……イズミちゃん好きだったら、また作ってくるから……!」

「うん、ユイカちゃんの手作りなんて、絶対おいしいし、余裕で全部食べれると思う。ていうか抱きしめていい?」

「ストップストップ。二人だけの世界作るのストップ。イズミ発言おかしいんだけど」

「おはぎ……余るよね……?」


 やれ、いい感じだったのに邪魔が入ったので仕方なくおはぎを食べるだけにしておく。そっと口に運ぶと、風味も食感も優しくて、お世辞ではなくおいしい。ユイカちゃんは素敵なことに、お菓子作りも趣味の一つなのだ。和菓子に目がないユキトが手放しで褒めるくらいの腕前だ。


「あーユキト! ずりー、何自分だけ食ってんの!?」

「もらったんだよ。佐々木さんに。ユウスケにはもったいないくらいおいしい」

「お前ふざけんな、つーか佐々木さん天才じゃん? 俺も欲しいな~」

「ぁ、いいよ、もちろん……まだ余ってるし、よかったら……」

「うわマジ嬉しい、いただきます!」

「あーあ。どうせだから、マサももらったら?」

「うん、稲郷君も、どうぞ……!」

「どーも。いただきます」


 それゆえ野次馬が湧くのは仕方がないのだが、あまり面白くはなかった。

 教室の端の廊下側。

 寄ってきたのはユキトと仲がいい野球部二人で、いつも騒がしい野崎裕介(のざきゆうすけ)と、口数が少なく泰然とした稲郷正道(いなざとまさみち)である。礼儀正しい稲郷くんはともかく、野崎はちょっと馴れ馴れしいんじゃないかと思う。主にユイカちゃんに対して。


「優しすぎるよね。ユイカちゃんは。いいところだけど……」


 わたしが零すとサトコは首を傾け、


「あーユースケ? あんた怖いからあからさまに眉顰めないの。仕方ないでしょ。悪い奴じゃないし、ユイカちゃんだって別に嫌がってるわけじゃ」

「だめだめやめて知らない聞こえない」

「ガキなの?」


 サトコになに言われようが耳をふさぐ真似をして遮断した。

 

 野崎は野球部らしくやかましくて調子がよくて結構下品なことも言うが、今は日焼けした顔で嬉しそうに笑っている。けれど少し緊張しているのもわかる。ユイカちゃんもどことなく――ありえないありえない。見なかったことにしよう。

 坊主でがたいのいい稲郷くんとユキトとでのんびり幸福な味を満喫していると、また別の声がかかった。


「あ、おいしそう」


 声の方を見なくても、わかった。


「いーだろ、星野! 佐々木さんにもらったんだー」

「ちゃっかりしてんな。さすがに」

「星野くんも、よかったら……最後の一個」

「えっ、ほんと? いいの? ありがとう!」


 目に映せば、つくづく笑顔が似合う人だなぁ、と思った。

 人目を引くような華やかな顔立ちじゃないし、背も平均には届いていないはずだ。成績もそこまでいいという印象はない。

 野球部のマネージャーをしていて、野崎や稲郷と仲がいい。少しおせっかいで、授業中たまに眠っているところを見かける。穏やかで明るい雰囲気は、あまりにもさりげなくて、いつそこに包まれたのかわからないくらい自然に周囲に満ちている。


 知っていることなんてこれくらいで、気付いたら目で追っていた。

 でも、きっと、こんなのはだめなんだろう。




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