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緩やかなうつろい(1)

 模試やテストに力が入る七月は、一旦星野との問題にも落ち着いて、学業に専念する日々だった。

 それでも試合は見に行った。

 ちょうど休みと重なった高校野球の夏の地方大会、星野がマネージャーを務める野球部は、同じクラスの野崎裕介や稲郷くんも所属していたから、クラスのほとんどの人は応援に行ったと思う。

 大声で応援して、一回戦目は勝って、強豪校と戦った二回戦目で負けた。勝ち続けることは困難で、負けてしまうことの方がありふれているのに、どうしてもありふれたこととは思えなかった。終わってしまうことが見ていて辛くて。なんて声をかけていいのかもわからなかったけれど、ただ見つめ続けていたら目が合って、応援ありがとうと真っ直ぐな声で伝えられて、わたしの方が感情に流されそうだった。



「試合の事、思い出してる?」



 翌週の放課後、ユキトに付き合って美術室でモデル兼勉強をしていて、不意に尋ねられる。二人だけの空間は考えに耽ることを促すものだったから、数秒黙ってしまった。まだ忘れてしまうほど日は経っていない。


「うん。そうかも。色々終わるんだなって」

「そうだよ。終わるよ。……あ、いいね、感傷的な顔と暗がり。誰もいない美術室。絶望的でそそられる」

「絶望的って……そこまではいってないでしょ。誰もいないわけでもないし。後で見せてよその絵」

「上手く描けたらね」


 堅苦しくなくて、ただ座って勉強してればいいとか、本読んでたらいいからとか、ユキトに頼まれるモデルは単純だからいつも引き受けている。ユキトの絵は好きだし。でも、そういえばわたしを描いた絵はあまり見せてもらったことがなかった。上手く描けたらね。そんな曖昧な言葉を、何度も聞いているだけだ。別に、嫌ならどうしてもってわけじゃないから、いいんだけど。

 夕日の陰影を受け、キャンバスに向かうユキトの方がよほど神聖に見えて、わたしは窓際に座る幼馴染を見つめていた。


「どうかした?」

「別に。ユキトが綺麗だなって思っただけ」

「なんじゃそりゃ。ある意味とても困るんだけど」

「困れば。人を絶望させたんだからそれくらい困れ」

「別にいいだろ、本当の事なんだから。大げさなんだよ。終わるものは終わるし、新しいことはもう始まってる。始まるんじゃなくて、始まってる。わかるかな」

「わからない」

「往生際が悪いなぁ」


 ユキトが透明なため息を吐いて、わたしは顔を逸らした。

 解っている。わかっていない。分かっている。わかっている。滲み出るように思う。

 どうせ終わるんでしょ。

 全部終わってしまうんでしょう。やっと落ち着いたのに。クラスメイト、兄弟、友達、星野、自分の中の何か。近いうちにきっと失う。終わる。絶対に。それって酷くない? 悲しくない? 怖くない? どう考えても、寂しくない?

 軟弱で後ろ向きで身勝手な思いが心を占めた。

 いい思い出とか、懐かしいとか、いらない。


「このままでいいよ」

「イズミ」


 このままがいい。

 よほどふて腐れた顔をしていたのか、ユキトは年少の子どもに言うように名前を呼んで、わたしの席まで歩いてきた。それから、何度か軽くわたしの背中を叩き、宿題教えて、と関係ないことを言って笑った。


 家に帰りつく頃には情けないことを言ったと反省したが、根本的な気持ちは残ったままだった。テスト勉強ばかりで疲れているのかもしれないけれど、機嫌よく過ごす気にはなれなくて。

 もうすぐ夏休みだという、教室の明るめの雰囲気にも浸れず、いつも以上に無愛想になった。


「イズミ先輩! あの、これ、海斗君に――」

「宅配業者じゃないので」

「海斗さんにメールアドレス渡してもらうだけ――」

「伝書鳩じゃないので」

「お願いします差し入れ海斗君に――」

「出前配達じゃないので」

「弟さんを嫁にください」

「そうですね」


 最後に茶化してきたサトコの顔は見ずに返事をして、わたしは読んでいた小説のページをめくった。集中できなかった。なんなのホント。もはや言葉では表しきれない。みぞおち狙って膝蹴りかましたい。

 

「暴力反対!」

「まだなにもしてないよ」

「だってイズミ、ドメスティックバイオレンス系の顔してたもん」

「してたもんじゃねえよ」


 勝手に人の机に肘をついて顔を覗き込んでくるサトコの、校則違反の茶髪を一房引っ張る。

 髪型が崩れたばかやろう! と大騒ぎするのを無視していると、ユイカちゃんがやってきて困ったように笑った。


「大変だね、海斗君の事も……大丈夫?」

「まあ、もう慣れてるし。面倒なのは面倒だけど」

「うん……何か手伝えそうなことがあったら、手伝わせてね」

「いっそ完全無視すればいいのに、変に律儀だからね」


 ユイカちゃんの申し出と可愛らしさに感動していたのに、立ち直ったサトコが口を挟んでくる。むっとして睨むが、相手は図太いので肩をすくめられただけだった。


「あんたは結局、いつだったら受け取ってくれるはずとかどこに置いとけばいいとか、この場所で待ってれば海斗くんの迷惑にならないとか、教えてあげるから。みんな頼りにしちゃう」


 なんだそれ。

 わかったような顔で言われて、無性に腹が立つ。


「別にそういうつもりじゃない。ただのマナーでしょ」

「いやいや。無愛想だけどイズミ先輩って実は優しいよねって地道にファンが増えてるけど。ねえ、星野」

「ばっ……」


 昼休み終盤、偶然教室に戻ってきた星野に唐突に話題を振られ、思わず変な声が出た。ドアの手前に立ち、きょとんとした顔で「ん? 何が?」と尋ね返す彼はものすごくかわいかったが、とりあえずそれは置いておき、全力でサトコを黙らせにかかった。


「イズミさんは超優しいなあってそういうむぐぐ」

「あーあーなんでもないから、気にしないでどうぞそのまま席へ」


 後ろから腕を回してサトコの口をふさぎ、無理やり笑顔を作って促した。手遅れで聞こえていた気がするけど。ホント信じられない。こういうからかわれかた大っ嫌いだ。





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