表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

日常生活と罠(1)

「宮内先輩、あの、これ……」

「はい?」

「わ、渡してくれませんか? 手紙なんですが……」

「海斗?」

「はい」


 高校生活も最終学年に入り、一月ほど経とうとしている朝。登校直後、靴を履きかえたところで、目の前にすらっとしたかわいらしい少女が立ちはだかる。


「イズミー、先行っとくよ」


 友人のサトコが薄情なことを言い、わたしは「はいはい」と適当に返事をして、見知らぬ後輩に視線を戻す。学校指定のスリッパの色は深紅だから一年生だ。


「ごめん、知らないかな。ポストは受け付けてないんで。兄弟だとしても不干渉、平等拒否でお願いします」

「え、でも」

「自分で渡すべきですよ」


 朝は、三日ぶりである。夕方は昨日あった。グラフでもつければ何らかの法則が見えるのかもしれないが――何かと言えば、入学当初は宮内七瀬の妹、そして現在は宮内海斗の姉として、珍重されているのだった。

 利用法はもっぱら情報伝達手段であり、手紙とか、連絡先とか、差し入れ、予定把握、現在の交友関係その他諸々……断るのもいちいち楽ではないのだが。

 しばらく問答をした後頭を下げ、ぱたぱたと階段を上っていく見知らぬ女の子を見送りながら、やれやれとため息を吐く。

 世の中には理解できないことが多い。流行は廃れるものだし人気は衰えるものなのに、弟は相変わらずで、一年経ってもあまりファンが減らないのは一体どういうことなのだろう?

 玄関から走りこんできた同じクラスの副委員長に「宮内さん? 遅刻だよ!」言われ、ようやく階段に足をかける。


「おはようございます」


 なんだか最近焦る気もしなくなってきている。

 数段追い越されたところで、振り返った彼女、林真美(はやしまみ)さんに怒られた。


「ちょっとは焦ってよ、私まで危機感無くなるからさ」

「いや、わたしのことは気にせずどうぞ」

「はぁっ、目の前にいてんな無茶な」

「ああ、そうか。それもそうだよね。じゃあ急ごう」

「んー? 宮内さんって、イメージ以上に大物よねぇ」

「……それはちょっと、言葉の選択ミスでは……」

 

 マミさんは、今年初めて同じクラスになった人だが、ザックリした性格のおしゃれな人で好感が持てる。そんな美人に、悪目立ちするだけの自分がどう思われているのか……。

 憂いながら教室の後ろのドアからそっと入ると、ようやくなじみつつあるクラスメート達は静かに自習をしていた。

 進学校の三年だから、毎朝の見慣れた光景である。

 廊下側、後ろから三番目の席に滑り込むと、置いて行ったくせに(一応)友人のサトコが斜め前から睨んできた。


「イズミ、遅いよ!」

「何か省略されてない?」

「てへ。イズミ、早く数学のプリント見せてよ、書き写せないじゃん私書くの遅いよ?」

「あーもー……」


 省略の仕方はおかしいし、後で文句を言われるのも面倒で、しょうがなく宿題を見せてやる。一時限目が英語だったのを思い出し、自分も予習に取り掛かる。

 大勢の、緊張感の薄い緩やかな沈黙が下りてきて、ようやく気分が安定した。

 辞書をめくりながらそっと呼吸を確かめる。文字を綴る音が耳を抜ける。並ぶ背中を視界の端に意識して、溶け込んでいる、と思う。


 大丈夫。このまま。


 このままで、心の半分を眠らせた感覚のまま、過ぎ去ることだけを願い、信じていた。


 信じたものの末路は二つあるなんて、考えてもみなかった。

 救われるか、もしくは――







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛ファンタジー小説サーチ
ランキングに参加しています。投票していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ