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小さな生物の時間(4)

 部活が終わって以来サトコとユイカちゃんと、放課後勉強をするようになった。人のいいクラスメイト達が一緒に交じることも多く、割と楽しく過ごして、三人で帰路につく。

 帰る途中、学校から自転車で三分ほどの近所にちょっとした商店街があり、サトコの提案でコンビニに寄っておやつを買って食べることも多い。近くの公園は休むのに最適で、今日はわたしはシュークリーム、ユイカちゃんはクレープ、サトコはプリッツを食べながらとりとめなく雑談に耽っていた。


「最近、視線を感じるんだよね」


 ちなみにこれはわたしの何気ない一言である。唐突に口に出してしまったが、ユイカちゃんは手を口に当て、サトコはあからさまな同情を顔に浮かべた。


「ええっ、そうなの……?」

「え、今更? 気づくの超遅くない? 宮内和泉といえば入学当初から地味でも眼鏡でもいつでも大注目の要注意人物なんですけど」

「いかにも危険人物みたいな言い方やめてくれる?」

「へへん。事実だざまあみろ!」


 うざい。言い返す気力すら湧かない言い草だ。クリームをなめつつ平和な町並みを眺めてみるが、予想外にストレスが溜まる。

 そんなわたしを救ってくれるのはやはりユイカちゃんしかいないわけで、心配そうな表情でこちらを見つめられて何とか持ち直した。


「確かに、海斗君のことでイズミちゃんに声を掛けようと思ってる人は多いかも……でも、それとは違う感じがするの?」

「なんとなく……うーん。だけど、海斗関連かな、やっぱり。一年生がアタックしてきそうな時期だし」

「そろそろ高校生活にも慣れた頃だもんね。いーなーあたしも海斗君に告白しよっかなー」

「なんなの? 嫌がらせなの?」

「けっ、イズミには関係ないじゃん? このあたしのちょっぴり寂しい気持ちなんて」

「寂しいって何」

「ユイカちゃんはいいとして、イズミまで青春満点に恋愛モードに突入するとかホントもう、ねえ?」


 穏やかな空の下、突然とんでもない方向に飛んだ話にシュークリームでむせそうになり、思わず咳き込んだ。


「ちょっと何言ってっ……」


 最悪だ。最低だ。どうしていつもいつも爆弾発言をさらっと言おうとするのか、心底意味が分からない。ユイカちゃんが慌てて背中をさすってくれて、お礼ついでにぎこちなく視線を合わせると、やはり何ともぎこちない笑顔を返された。

 そうなのだ。サトコには知られたがユイカちゃんにはなんとなく言えないままだった。どうしたらいいのかわからなくて、言った方がいいような、だけど口には出せないような、ずっと心の隅に引っかかってはいた。でも、この反応は、知っている。知っているということは聞いたわけだ。こんなの笑うしかない。全くなんて奴だ。


「えっと、その、ごめんね、サトコちゃんに、ちょっとだけ聞いて……星野くんの事」


 ああもう! と、木製ベンチに手をつき、ユイカちゃんを挟んで睨む。気温のせいだけでなく顔が熱かった。


「サトコ……! 何を勝手に人の事言いふらしてるわけ!?」

「えー? だってイズミ自分からは言わないくせにー。ユイカちゃんならいいじゃん」

「それでも気づかいってものがあるだろ! ユイカちゃん、その、ちがうから。別に、ね……付き合うとか告白とか恋愛とか全然ありえないし、そんなんじゃないし、わたしはユイカちゃん一筋だし」

「えっ、もちろん、私もイズミちゃんが」

「待って待って流れおかしいから」


 そんなこんなでわーわー言いながら食べ終わり、再び帰路につく。途中でユイカちゃんが本屋に寄りたいと言ったので、近くの書店に立ち寄ることになった。広い駐車場の隅に自転車を止めて、店内に足を踏み入れると、ユイカちゃんはまっしぐらに文庫コーナーに足を向ける。そして平積みにされていた一冊を手に取ると、いつにも増してきらきらした、ものすごくかわいいとしか言いようのない笑顔を披露してくれた。


「あった……! これ、発売すごく楽しみにしてたの。25巻!」

「25……?」


 武骨な表紙に珍しく不可解そうにサトコが呟いたが、わたしはぽんと手を打って同調する。


「ああ、そうだったよね。南さんの“水塞伝”。わたしも続きが気になってしょうがなくて」

「そうなのそうなの……! いよいよ禁軍が動き出して、すごく力が入っちゃうっていうか……! 読み終わったらまたイズミちゃんにも貸すから」

「ありがとう! それにしても林冲が心配だよね。結末は頭ではわかってるんだけど」

「えーっと……あたしちょっと雑誌見てくるので」


 今時の女子高生にはついていけないわー、と言い残してサトコが文庫コーナーを去っていく。

 意外と言えば意外だろうか。ユイカちゃんは読書が趣味なのだが、特に時代小説や歴史小説に目がないのである。ちなみにわたしはユイカちゃんに薦められてハマったくちだ。これが時代背景なんかも興味深いし、すごく面白い。あれやこれや二人で際限なく盛り上がっていると、


「お、宮内さんにユイカちゃん」


 数人のクラスメイトに見られてしまった。

 声をかけてきたのは副委員長の林真美さんで、他には委員長の森谷君、神田鈴音ちゃん、藤沢恵利奈ちゃんがいた。最近放課後の勉強会で割と仲良くなったメンバーだ。


「偶然だね。サトコもいるの? あ、なんか仲間外れっぽいじゃん、やるねえお二人さん」

「マミ姉さん! ちょっと聞いてよありえないんですけど。ユイカちゃんまで十代失格な空気を醸し出すし!」

「へー、それ、文庫?」

「わっ、難しそうだね~」


 レジへ寄ってから店舗の外に移動する。自販機でジュースを買い、飲む間雑談をした。


 真美さんは誰とでも気軽に話す人だが、森谷君も鈴音ちゃんも恵利奈ちゃんもやはりいい人で、自然に会話が続けられる。クラスに完全に溶け込めているかと言えばまあそういうわけにもいかないのだろうが、誰もが今までになく寛容で、ふと不思議な気分に襲われることがあった。何気なく日常を過ごしているけれど、これって、ものすごく幸運なことなんじゃないか。今だけなんじゃないか。だとしたら、どうすればいいんだろう? どうしたら少しでも長くこのままでいられるのだろう。


 ため息が出そうになる。わかってはいた。この感情は、すごく浅ましい。冷静にタイムリミットを計る自分など、誰にも見せられなかった。見せるわけにはいかない。安楽さえあれば他には何も望まないなんて、そんなことは。



「お嬢ちゃん、高校生? かわいいねえー」

「ぇっ? あ、はい、あの……?」

「いいね、若いよね、ちょっと触らせてよ、ちょっとだけ」

「きゃっ……!」

「ユイカちゃん!?」



 そんなことをぼんやり考えていたわたしの耳に、会話と真美さんの厳しい声が飛び込んできて、全部ふっとんだ。少し離れたゴミ箱まで空き缶を捨てに行っていたユイカちゃんに、不審な男が手を伸ばそうとしている。


 よく考えなくてももっといいやり方があったと後に思うのだが、そのときは一切考えなかったのだから驚く。

 頭より先に身体が動いていた。先に駈け出していたサトコを追い越し、ユイカちゃんに触れる寸前の男の正面に割り込む。酒の匂いがした。酔っているのか、と冷静な思考が一瞬理解し、後は本能に任せて相手の襟元を掴むと同時に足払いを掛ける。どよめきと、背中から地面に落ちて「ぐえっ」と声を上げた男を無視して、わたしは振り返った。


「大丈夫?」

「ぁ……」

「触られてないよね。ごめん、もっと早く気づかなくて」


 ていうか、許さない。勝手にわたしのユイカちゃんに触るとか、絶対ありえないだろ。

 ユイカちゃんの肩に手を置いて、右手で軽く綺麗な髪を梳くと、涙ぐんだ顔が紅潮し、背後からよくわからない悲鳴が上がった。


「イズミちゃん、ありがとう……!」

「きゃーーー!? 流石イズミちゃんっ!」

「やめて! かっこよすぎて惚れるわ!」

「もう最高!」

「やばい……俺男なのに……」


 唯一冷静だった真美さんは倒れた酔っ払いと後処理らしい話をした後、わたしたちの方に歩いてきた。


「お見事だったね、宮内さん。柔道でも習ってるの?」

「小さい頃兄弟で色々習わされて。護身くらいできないとって」

「ああ、なるほどね~。でも、あまり無理はしないように」


 納得顔で頷く彼女を見ながら、思いを馳せる。確かにこれに関しては両親は慧眼だったかもしれない。運動神経はいい家系で、海斗も姉の七瀬もああ見えて今でもかなり強いはずだ。過信は禁物だがどうしてもトラブルに巻き込まれやすいから、いざという時に役立つ。


「じゃあ、気を付けて」


 数分後軽く反省してひと段落ついて、今度こそ家路につく。


「ただいま……」


 玄関に入り靴を脱いでいると、珍しく家にいた母が声をかけてきた。


「お帰り~遅かったじゃない」

「そうかな?」


 首を傾げて答える。台所から夕食のいい匂いがして、今日のメニューはなんだろうと、束の間平凡な思考を楽しんだ。

 

 



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